第57話 アホかお前は!
「がああ!!めんどくせぇー!!」
飛来する無数の毒矢を細切れにしながら剣聖ナルナリアは不満を爆発させる。
首都ウェルホルン近くにあった魔人のアジトは闇に覆われた洞窟だった。
洞窟を覆っていた認識阻害の結界はナルナリアの大剣の一閃によってあっという間に無効化されたが、出現した洞窟に足を踏み入れた途端、ナルナリアは誰が見てもわかるほど不機嫌になっていったのだった。
彼女の後方に控えるウェルザード軍のニシュネ大佐はイライラとした気配が漏れ出すナルナリアの背に声をかけた。
「どうかされましたか、剣聖様」
重厚な全身鎧からそれに負けないような重厚で低い声だった。
軍の若手の中にはニシュネの声を聞くだけで身が竦む者もいるのだからその威圧感は並のものではない。
しかしナルナリアは全くそのような様子も見せず、それどころか先程の言葉で更に機嫌を損ねたのか「ああん?」と鋭い眼光で振り返った。
「おいニッシュ!まさかアタシがなんで不機嫌なのかわからないとか言うんじゃねぇだろうな!?」
ズカズカと大股でニシュネに歩み寄ると彼の数々の傷跡がある顔を下から睨み上げる。
その様はまるでチンピラが因縁をつけているようにも見えるが、漏れ出す殺気がそんな生易しいものではないということを雄弁に語っていた。
「自分の名はニシュネです。未熟な自分では剣聖様のお考えを推し量ることが出来ません」
後方に配置した軍の部下達が剣聖から漏れ出る殺気を唇を噛んで耐えている中、ニシュネは淡々と返答する。
ナルナリアはチっと下らなさそうに舌打ちをすると地面に刺した大剣に寄りかかった。
「ニッシュでいいんだよ!ニッシュで!ニシュネてのはなんかこう、可愛らしいじゃねぇか。アンタの熊みたいな見た目に合わねぇよ」
なぁ!?と候補の隊員に賛同を求めるが、肯定も否定も出来ず皆冷や汗を流して硬直する。
その反応にまた不機嫌な表情を作り直立するニシュネの肩をバシっと叩く。
「部下が怖がってんじゃねぇか。もっと眉間のシワ取れよ。つーかなんか挟めるんじゃねぇかこれ?」
「挟むものを探すのはやめてください。それで先程の質問ですが、何故不機嫌になられているのですか?」
腰に止めたバッグをゴソゴソとあさり始めたナルナリアに少々呆れた声音で問う。
先程のチェルロッテの号令で他の部隊は一斉に魔人のアジト内へと突入しているはずだ。
だというのに自分達はまだ洞窟の入り口でウダウダと身もない話をしている。
ニシュネが焦燥感に駆られるのも当然の話であった。
そんな彼の心中などお構いなしにナルナリアは何かカード状の物を取り出してニシュネの眉間のシワに差し込んだ。
「あっはっはっは!本当に差し込めたぞ!!しかも落ちねぇし!!ひっひっひ!腹痛ぇ・・・!」
「ぐっ・・・むぅ」
目尻に涙を浮かべて大笑いする剣聖に更にシワを深くしてニシュネは呻いた。
ナルナリアはひとしきり笑うと額のカードを取り外して先程の質問に答える。
「あ〜笑った。今度部下の前でもやってやれよ、絶対受けるぞ。んで、アタシが不機嫌な理由はコレだよ」
不機嫌の理由を教えるためにナルナリアは機嫌よく足元の拳大の石を拾い上げると洞窟の内部へ軽く放り投げた。
そして石が地面に落ちて軽い音が響いたその瞬間。
ゴオオオと地の底から響くような轟音とともに炎の柱が石が落ちた地点を焼き尽くした。
炎が収まったのを見届けるとナルナリアはハァと一つ溜息を付いてから振り返り口を開いた。
「な?めんどくせーだろ?この先こんなトラップばっかだ」
「なるほど、罠があるのは理解できました。が、それならば早急に解除をーー」
「ああ!良いこと思いついた!!」
罠の解除に長けた部下を呼び寄せようとしたニシュネの言葉にかぶせるようにナルナリアは大きな声で叫ぶと、ぽんと手と手を打ち合わせた。
ニシュネは先程までとは打って変わってニコニコとする剣聖の笑顔に猛烈に嫌な予感を覚えつつ疑問を投げかける。
「良いこと、とはなんでしょうか?」
「良い質問じゃないかニッシュ。時間もないから手短に教えてやろう」
時間がないのがわかっているならさっきからの無駄話は何だったのだ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込みニシュネは「お願いします」と答えた。
その返答に満足そうに頷くとナルナリアは立て掛けていた大剣を引き抜くと洞窟の奥を見やった。
「トラップを解除しながらこの人数で進軍するのは時間がかかりすぎる。それに騎馬やクルマもあるしな。だからアタシが一人で突っ込んで一人でパパっと奥の連中を倒して来る!どうだ?この作戦」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
ニシュネは慌てて今にも駆け出していきそうな目の前の紫髪の女性を呼び止める。
(なんという作戦、いや作戦とも言えないものを思いつくのだ・・・!)
確かに彼女の言う通り、結界を破る前はただの平原であったためにウェルザードの軍勢は騎馬や大型弓や魔導砲台を乗せたクルマが多くある。
これらは例え罠がなかったとしても洞窟の内部に入っていくことは不可能であった。
しかし、だからといって単騎で魔人のアジトへ突撃するなど自殺行為以外の何者でもない。
ニシュネが止めるのは当然のことであった。
「なんだよ!?」
首から上だけ振り返り睨みつけてくるナルナリアに思いとどまってもらうように説得しようとする。
「あまりに危険です!この先には何体の魔人が居るかわからない上に剣聖様の言うように罠が無数にあります!単独行動など見過ごすわけにはいきません!それにそれでは我々はーー」
「我々は何のために存在するのか〜てか?・・・アホかお前は!」
「っ!?」
今度は体ごと振り返ったナルナリアは不機嫌というよりも何処か呆れたような顔で目の前の熊のような男を怒鳴りつけた。
そして腰に手を当てるとフッと口元を緩めた。
「奴らが何匹いやがるかはわからんけどな、アタシが奥に行くと逃げようとする奴やウェルホルンの街を襲おうとする奴が必ず出てくる。流石のアタシでもそいつらを逃さずにこの中を進むことなんて出来ないんだよ。だからここでそいつらを殲滅する部隊が必要になってくるってわけだ」
「それが我々であると」
「自信がねぇのか?」
「むしろ逆です。そんな簡単なことしか我らは出来ないのかと」
「はぁ?バッカかアンタは?魔人複数体を相手に立ち回れる部隊がこの世界にどれだけあるんだよ?簡単なわけねぇだろ」
そこで一旦言葉を切るとナルナリアはニヤっと笑みを作る。
「でもな、アンタらなら出来るとアタシは思ってんだよ。何匹逃しちまうかわからんが頼りにさせてもらうぜ!それにアタシなら大丈夫だ。一人の方が自由に動けるし、そもそも魔王城に比べたら昼寝が出来るくらい危険度は低い」
ニシュネはその言葉に目を見開くと、向き合う女性と同じ笑みを浮かべる。
「そういうことでしたら謹んでその大役お受けしましょう。剣聖様も危険だと思われましたら全ての魔人をこちらに回して頂いて結構ですよ?年若い麗しき女性なのですからね」
「けっ!気持ち悪ぃ!鳥肌がたったじゃねぇか!」
バリバリと自らの腕をかきむしりながら悪態をつく。
そんな自分の半分ほどの年嵩の女性にニシュネは最敬礼をして声を張り上げる。
「剣聖ナルナリア様!背後の事は我々にお任せ下さい!ご武運を!!」
「ふん!じゃあちょっと行ってくらぁ!!」
照れくさそうに叫ぶとナルナリアは洞窟の奥に向かって大剣を一閃。
無数の罠が発動して轟音が鳴り響くその中にナルナリアの姿は消えていった。
「・・・洞窟が崩落しなければよいが・・・」
ニシュネの言葉は洞窟内から響く轟音にかき消されて誰の耳にも届くことはなかった。
次回から話は再び王都に戻ります。
活動報告にも書かせて頂きましたが、ふたばのスマホの調子が悪く、修理に出そうと考えております。
従って、更新がお昼ではなくなる可能性がありますが、夜には何とか更新するつもりなので見捨てないであげて下さい。
一応毎日更新は続ける予定ですのでよろしくお願いします。
ついでに評価など頂けますとありがたいです。
ではでは。




