第56話 遠慮は無しで行きますぞ!
「全軍突撃!!」
大きな声で号令を飛ばしたチェルロッテは号令と同時にすぐ前方の平原に炎属性の広範囲魔法を繰り出す魔導師隊に目を向ける。
5人の魔導士が一組となり、魔力を合成して放った広範囲魔法数十組分を受けても目の前の森林に何の変化も現れなかった。
何も変化がない、という異常な光景に魔導師隊に動揺が走る。
どうやら想定していたよりも結界はかなり強固なものであるらしい。
「ちょっとどいてて」
魔法を撃つ手を止めて道を譲る魔導士達の前へ出てチェルロッテは愛用の杖を構える。
刹那、彼女の周辺に10個の魔法陣が出現した。
その様子を見ていた魔導士達はあまりの出来事に絶句する。
それもそのはずで、今出現した魔法陣は先程彼らが使用した炎の魔法だったからだ。
彼らが5人で発動させた広範囲魔法をたった一人で10個、しかもそれを一瞬で発動させたチェルロッテは先程魔導士達の魔法が消えた時の様子を思い出す。
(さっきの魔力の流れから見て一定以下の魔法は無条件でかき消すようになっているみたいね。魔法都市のすぐ近くにこんな高度な結界を張るなんて良い度胸じゃない)
フンと不機嫌そうに鼻を鳴らすとチェルロッテはおもむろに杖を振り下ろした。
それを合図に10個の魔法陣が光り輝き、そして。
前方の森林で大爆発が起こった。
「ば、馬鹿な。先程は数十発で何の変化もなかったというのに、何故10発の魔法で・・・」
「しかも同じ魔法だぞ。いや、一人でそれが出来ること自体が異常なのだが、それは別として何故だ?」
チェルロッテの後方に下がっていた魔導師達に動揺が走る。
自分達の行使した魔法の2割ほどの数で、先程とは全く違う結果が出たのだから無理もない。
チェルロッテはゆっくりと魔導師隊の方に振り返ると、得意気に言い放った。
「同じ魔法でも使い方によって威力や効果に大きな差が出るわ。今回私は魔法の発動タイミングを完全に合わせて、かつ、それぞれの魔法の一番威力が高くなる箇所を重ねたの。その結果がコレよ」
振り返るチェルロッテの後方、先程爆発が起きた森林だった場所には古めかしい古城がそびえ立っていた。
彼女の魔法で認識阻害の結界が跡形もなく消し去られた証明だった。
「!?そうだ!ここには打ち捨てられた古城があったのだったな!何故忘れていたのだ」
「これも結界の効果だというのか。しかし流石は賢者様だ!」
口々にチェルロッテを称える言葉が並ぶ。
しばらく無い胸をそらして満足そうにしていたチェルロッテがスっと手を上げると、訓練された軍隊のように一斉に喝采が止む。
それを確認し、彼女は身の丈よりも大きな杖を古城に向けて掲げて再び号令を放つ。
「突撃ぃぃ!!」
おおおおおおお!!!
おおよそ魔導師とは思えない野太い声を上げて隊列を組んだ魔導師隊が一斉に古城に乗り込んでいった。
その先頭を走るチェルロッテは先程の魔法を思い出していた。
(貴女の言うことを聞いたわけじゃないから!ちょっと今までより魔法を制御して撃ってみたくなっただけだから!)
言い訳がましく心中で叫ぶチェルロッテの脳裏にはニマニマと意地悪げに笑うお団子頭の美女の姿が浮かんで消えていった。
◇ ◇ ◇
「まぁそうなりますよね」
深い緑の瞳を細めながら大神官キルトは眼前の平原に立ち並ぶゴーレムの集団を見て溜息をつく。
魔人達の狙いはこうだろう。
聖地イルメジ付近に作られたこの拠点、仮に人間共に存在が露見したとしたら攻めてくるのはきっと聖職者達である。
少数の戦士や魔法使いはいるだろうが、そのほとんどが攻撃手段が他に比べて劣る連中だ。
それならば、有事の際に備えて防御力、耐久力の高いゴーレム達を配置しよう、と。
「やれやれ、ここまで想定どおりですと逆に罠を疑いますな」
豊かな顎髭をなでながらやたらと体格の良い老人がキルトの横に並ぶ。
優しげな表情に毛髪のないツルツルの頭に立派な顎髭、そして筋肉質な肉体で有名な大神官スゴーダである。
健全な魂は健全な肉体に宿るをモットーに日々肉体を鍛えている彼の元にはその思想に心を打たれたマッチョな神官や信者が多数集まっている。
そのうち筋肉教とかいった名前の新興宗教を立ち上げるのではないかという噂が笑い話として流れてくるくらいだった。
「スゴーダ様はどう見ますか?」
「キルト様。同じ大神官という立場とはいえ貴方は世界を救った英雄ですぞ。私のような者に敬称などつけなさるな」
髭を撫でる手を止めずにスゴーダは「ほっほっほ」と優しく微笑む。
その様子にキルトはやれやれと首を振るとそれを否定した。
「例え世界を救ったとしても私がスゴーダ様にお世話になった過去はなくなりませんよ。なのでこれからも今までのように接することをお許し下さい」
その言葉にスゴーダは相好を崩す。
「わっはっは!相変わらずキルト坊は真面目じゃな!して、目前の状況をどう思うかじゃったな。まぁ間違いなく罠はあるじゃろうが、例え槍が来ようが矢が来ようが毒霧が来ようが我らの神聖魔法によってすぐ回復じゃ」
食らった時は痛いがな、とまた快活に笑う。
「ゴーレム達の事ならもっと簡単ですじゃ。この肉体と神聖なる気の力で粉砕してみせましょう。のう!皆のもの!」
スゴーダは途中から後方に控える神官達に聞こえるように声を張り上げてキルトの質問に答える。
その声にやたらと身体の体積が大きい一部の神官達が「応っ!!」と声を上げた。
明らかに他の神官や信者達は雰囲気どころか見た目からして違う彼らだが、同じ七神教徒からもその真面目な態度や深い信心は尊敬されていた。
筋トレに対するストイックさだけは理解されていなかったが。
『ギ・・・ギギギ・・・』
結界を破り目前で騒ぐキルト達に離れた箇所にいたゴーレム達が反応する。
体調10メートル程の巨体が意外と俊敏な動きで先頭にいるキルトに近付くと、空気を切り裂くような甲高いを立てながら、人の身長ほどある拳を彼に向かって振り下ろした。
迫りくる巨大な拳をいつものように細めた目で見つめると、キルトは優雅とも言える静かな動作で左手をゴーレムの拳に向かって差し出した。
そして拳と手のひらが衝突したその瞬間。
ゴーレムの腕は遥か彼方に砕け散りながら飛んでいった。
その様子にキルトはニコリと笑うと、
「私はリオン君やナルナリアさんみたいに強くありません。チェルロッテさんのように強力な魔法も使えません。しかしそれでも、ちょっとは強いですよ?」
腕の無くなったゴーレムの胸部分を持っていた杖で軽く小突いた。
ゴーレムに触れる瞬間杖の先が光を放っていたのを七神教徒達は見逃さなかった。
『ギ・・・ギギ?』
キルトが杖で小突いた数瞬後、ゴーレムは先程までの頑強さが嘘のようにボロボロと崩れ去っていった。
そしてキルトは振り返ると彼の動きに目を奪われていた教徒達に声をかけた。
「さて、皆さん!油断せずにいきましょう!」
「「おおおお!!!」」
気合十分にゴーレム達に向かっていく教徒達に支援魔法をかけ、自らも最前線に向かおうとしたキルトにスゴーダが声をかける。
「お待ちをキルト様。ゴーレム兵は彼らに任せて我らは魔人を討つ方に注力したほうが良いと思いますぞ」
見るとスゴーダの他に聖騎士や高位の神官達がキルトの周りに集まっていた。
周囲に人の目があるところではスゴーダの口調もまたそれに適したものに変わる。それに少し寂しさを覚えながらもキルトは答えた。
「そうですね。魔人に逃げられたりしたらかないません。ここは彼らに任せて私達は先を急ぎましょうか」
ここに居るのは全員七新教の中でも高位の者たちである。
魔人達の弱点である光属性に特化したものが多い。
結界を破ったことで魔人達に気付かれていることは間違いない。
それならば何かしらの動きを見せる前に叩くのは良策だ。
「それならば先頭はこの爺にお任せくだされ!」
そう言うが早いか、スゴーダは罠だらけの平原を駆けていった。
そして先程の宣言通り罠を食らった先から自らに回復魔法をかけて進んでいこうとする。
「ちょ、ちょっと!スゴーダ様いくらなんでも無理矢理過ぎます!」
慌ててスゴーダを追いかけて傷だらけの老体を回復して更に防御力や異常耐性をあげる支援魔法を全員にかけるキルト。
間近で見る大神官キルトの魔法にスゴーダ以外の全員が感激する。
「相変わらずの奇跡ですな。よし、これならばこの爺、遠慮は無しで行きますぞ!」
「あ、だから危険ですって!」
叫びながら走っていく老人をキルトは回復魔法を絶やすくこと無く追いかけた。
このような方法で罠を突破できるのは、スゴーダの強靭な肉体とキルトの奇跡の魔法が揃って初めて出来る芸当であることをここに記しておく。




