第55話 そりゃどうも
大きく抉られた北大通りのクレーターの底からジャスは宙に浮かぶ片腕となった燕尾服の魔人を睨む。
これまでは体力も魔力も徐々に削られてジリ貧であったが、ようやく大きなダメージを与えることが出来たことに安堵する。
戦いの序盤のように切り落としたと思った腕が実は魔法による幻影だったとしたら、と不安に思っていたがヴァルディマの様子からそれは無いと判断。
「これだけ俺もダメージを負ったんだ。腕の一本くらい貰ってもバチは当たらんだろ?」
こちらを見下ろすヴァルディマに笑いかけながら足元に転がる腕を火球で焼く。
高温で一気に焼き尽くしたため、肉の焼ける嫌な匂いがすることはなかった。
無言で様子を見ていたヴァルディマが呆れたように口を開く。
「ヒトサマの腕を切り落としただけで飽き足らず灰すら残さず焼き尽くすとはね。ワタシよりもよっぽど悪逆非道だと思うのだが?」
「折角の戦利品だ。また引っ付かれでもしたら目も当てられないからな」
その返答にフンと鼻で笑うと、ヴァルディマは先が無くなった自身の左の二の腕に視線を落とす。
切断面からは夥しい赤い血が吹き出していたが、意識を集中することで一瞬にして出血が止まる。
「2つほど、油断していたよ」
油断無く身構えていたジャスが訝しげな顔をする。
それを無視してヴァルディマは続けた。
「1つ目はその短刀だ」
ジャスの両手に握られた双刀が鈍く煌めいた。
「先日アジトで戯れた時はそこまで気にしていなかったが、ワタシの腕を斬り落とせるとは予想外だったよ。見るに忌々しいトカゲが材料なのだろうね」
ヴァルディマが苛立たしげに吐き捨てる。
しかしそれにはジャスも同意見だった。
完璧に不意を打つことで会心の手応えだったことを考慮に入れても、まさか腕を切り落とす事が出来るとは。
嬉しい誤算に頬が緩みそうになるが、しかしそれ以上の後悔がジャスを襲う。
先程の交錯で致命傷を与えられなかった、ということに。
先程のような完璧な不意打ちは恐らくもう、出来ない。
背中に冷たい汗を感じるジャスにヴァルディマは続けた。
「2つ目は単純にジャス君、君が思ったより強かった。正直侮っていた、謝罪しよう。不意さえ打たれなければ。正面からやりあえば。そのような驕りがあった結果がコレだよ」
先が無くなった左腕を掲げるような動きを見せてヴァルディマは自嘲気味に笑う。
「正直に言うと先程騎士団の皆様に退場願ったときもジャス君、君からの攻撃を警戒していたんだよ。上から来るか、後ろから来るか、どの死角から来るのか、とね。でも違った。君はワタシの予想の外から来た。まさか正面からワタシの魔法を切り裂いて現れるとはね。おかげで爆発の威力は落ちるし腕は落とされるしで散々な目に会うことになった」
「俺も少なくないダメージを負ったけどな」
「ワタシは腕が無くなったじゃあないか。それくらい我慢してほしいものだよ」
表情は笑顔だが、先程までと違い声音に余裕は見えない。
そしてヴァルディマは周囲を見渡すと、ゆっくりとクレーター内のジャスから少し離れた所に降り立つ。
「騎士団が退避するまでおしゃべりするなんて優しい魔人さんだな」
二人が言葉を交わしている間に騎士達は負傷者を抱えて爆心地から離れていた。
今、このクレーター内にはジャスとヴァルディマしかいない。
「そうだろうそうだろう。ただね、魔人は与えたモノに対価を求めるんだよ」
「へぇ、悪魔みたいな奴らだな。で、今回の対価は?」
油断無く構えるジャスにヴァルディマはニコリと笑うと答えた。
「君の絶望で許してやろう」
その言葉を置き去りにヴァルディマが肉薄。
そして勢いをそのままに長い右腕をジャスの首元に放つが、それを辛うじて双刀をクロスさせて受け止めた。
しかし、あまりの勢いに地面を数メートル程後方まで削りながらようやく静止する。
「そりゃどうも」
それを合図に第2ラウンドの幕が切って落とされた。
◇ ◇ ◇
時は少し遡り、王都セドールが急襲される少し前。
勇者リオンはゼカン国の首都マネルから南へ馬で1時間ほどの場所に来ていた。
世界4箇所で同時に魔人のアジトを襲撃する、その準備は万端であった。
後は魔導具を通じた合図を待つばかりなのだが。
「ん〜気持ち悪いなぁ」
眉をハの字にして空色の髪の青年は不愉快そうに呟いた。
彼の視線の先には特にコレといった特徴のない平原が広がっている。
しかし、報告によればそこに魔人のアジトがあるとのことであった。
「確かに。勇者殿の仰るとおり不快な空気が流れている気がしますね」
黒髪を後ろで結い上げた凛とした雰囲気の女性がリオンの横に並び立つ。
油断無く正面を見据えるこの女性が、セドラル王国騎士団長のミヨノである。
東国アズアノクニの血が流れている彼女は、一見して華奢な雰囲気ではあるが実態はその逆と言ってもいい。
数年前の魔王軍との戦闘で鬼神のごとく魔獣を討伐した出来事は未だに騎士団内で語種となっている。
リオンは隣に立つ団長の方を一瞥してまた正面に視線を戻す。
その眉は相変わらずハの字のままだ。
「う〜ん、それもあるんだけど何かモヤっとした感じがするんだよね。悪い予感というか・・・」
「それについては私には分かりかねます」
殲滅部隊全体は作戦決行直前のピリピリとした針を刺すような空気の中、相変わらず気の抜けた声を上げながらリオンは腕を組む。
先程からずっと喉の奥に小骨が刺さったような気持ち悪さが晴れない。
「ジャスさんとの連絡は?」
「未だに応答がないようです」
「そっか」
この気持ち悪さについて相談しようと先程から王都に居るはずのジャスに魔導具で連絡を取ろうとしているが一向に連絡がつかない。
魔導具は何でも屋のカウンターに置いているはずなので店に居る限り気が付かないことはないだろう。
(まだ早い時間だから寝てるのかな。まさかもう既に仕事で店を空けてる・・・ってそれはないかな。そこまで真面目な人じゃないしね)
そんな心にもないことを思って一人笑おうとするが、しかし上手くいかない。
ジャスと連絡が取れないと聞くたびに胸騒ぎが大きくなる。
うぅ・・・と唸りながら蹲るリオンに討伐隊の魔導士が一人魔導具を手に近づく。
「失礼します勇者様。魔導具から連絡がありーー」
「もしもしジャスさん!?」
魔導具を引ったくるようにして奪うと相手を確認すること無くリオンは呼びかけた。
『ひ!?な、何!?』
魔導具から聞こえてくる動揺した声は、低い男性の声ではなくその全く逆の可愛らしい少女の声だった。
それを聞いて満面の笑みから一瞬にして落胆した顔になり、その表情のどおりの声音でリオンは返答する。
「なぁんだチェルか。どうかしたの?」
『な、何だって何よ?それにどうかしたじゃないでしょ!準備はちゃんと出来てるの?』
一瞬泣きそうな声を出したチェルロッテだったが、すぐに今の状況を思い出して感情を立て直す。
「準備ならだいぶ前に出来てるよ。いつでもオッケーさ」
ちらっとミヨノ団長に視線を向けると彼女は黙ってうなずくことでそれを肯定した。
『そう、それを聞いて安心したわ。じゃあ後の二人も聞いてるわね?』
『御託は良いから早くやろうぜ』
『こちらはいつでも』
チェルロッテの問いかけにウズウズした様子のナルナリアと落ち着いた声のキルトが対照的に答えた。
その返答に満足そうに『よし』と頷く気配が伝わってくる。
『では、魔人討伐作戦を開始するわよ!合図をしたら一斉に攻め込んで!』
気合の入った友人の声にリオンは気持ちを切り替えることにする。
王都のジャスに何かしらの良くないことが起こっている、もしくは起こることは間違いないだろう。
そんな確信めいた予感を胸にチェルロッテの号令を待つ。
『全軍突撃!!』
世界四箇所同時の魔人殲滅作戦が開始された。
(早く終わらせて王都に向かおう。後先考えず全力で移動したら半日もあれば帰れるかな)
考え事をしながら放ったリオンの一撃は魔人のアジトを覆っていた認識阻害の結界を一撃で吹き飛ばしたのであった。




