第37話 そういうスタイルなんだよ
ブレンダからまさかの攻撃を受けてキリマは驚愕に目を見開く。
しかし、衝撃波自体に大した威力はなく負傷はしなかったが、彼を魔方陣の中心に吹き飛ばすには十分なものであった。
「な、何をする!う、ぐぅぅ・・・」
魔方陣の中心で急速に生命力を奪われながらキリマは信じられないといった表情で側近であったフードの女性を睨み付けた。
その視線を真っ向から受け止めてブレンダは静かに喜色に満ちた声をあげる。
「まぁ怖い。でもいけませんよキリマ様?私のような怪しい者を信用なさるなんて」
「き、きさま・・・」
「ああ、ようやく儀式が完了する。若い人間の命を吸って喚び寄せた魔の力!それがようやく私のものに!ふふふ、キリマ様には感謝しているのですよ?ここまで儀式を進めてくれたばかりでなく、最後には自身の命まで投げ出してくれるなんて!」
今にも命が尽きかけようとしている元主人に向かいブレンダは大仰にお辞儀をして見せ、そしてわざとであろう、頭を上げた勢いでフードが外れて今まで誰も見たことがなかった素顔が晒された。
整った美形と言って差し支えないブレンダであったが、その赤い目には瞳が無く、それはまるで眼窩に赤い染料が流し込まれているように錯覚してしまいそうなものであった。
「ブレンダ・・・きさ・・・ま、魔人・・・だったのか」
「その通りです。ふふ、この儀式は人間でないと出来ないので本当に助かりました。あぁ憐れなキリマ様。父や兄が優秀なばかりにこんなに歪んで。こんなに惨めに死んでいくのですから」
魔方陣の光に照らされたブレンダの笑顔は普通の者であれば竦んでしまうような凄惨のものであったが、何故かキリマにはそれが美しいものに見えた。
それは命尽きる前の錯覚であったのか、自分の欲したものに対する憧憬からだったのか。
最期までキリマには、わからなかった。
「さあ!待ち望んだ瞬間ですよ!私が魔王となるための第一歩です!」
ブレンダが叫ぶと同時に術者であるキリマの命を吸い尽くした魔法陣が鳴動しながら更に強く光り輝いた。
広間の燭台がガタガタと揺れて蝋燭が床に落ちる。
揺れはさらに強くなり、広間の床や壁に無数の亀裂が入っていく。
まるで地面が波打つかのような状態にミミは短い悲鳴を上げて転倒しそうになったところをジャスの外套を掴んでなんとか耐える。
その際にちらりと彼女が見たジャスの横顔はこんな状況にも関わらず涼し気なものであった。
カッと一層光が強くなり、次に両手を天に掲げたブレンダにその光が吸い込まれていき、やがて広間を照らす明かりは魔法陣の薄暗い残光だけとなった。
「ふ、ふふふ」
両手を掲げ天井を見上げたままのブレンダが短く吐息を漏らす。
その表情はジャス達からは見えない。
ジャスは外套を掴むミミの力が強くなるのを感じ、彼女を自分の背後に隠すことで
魔人を視界に入れないようにする。
「力が、力が溢れてきます」
ゆっくりとジャス達の方に顔を向けるブレンダの口は釣り上がるように笑みの形をとっていた。
それは笑顔と言うには醜悪極まりないものであったが。
しかし、突然ブレンダは「うーん」と腕組みをして再度天井を見上げると、
「こう暗くては生まれ変わった私の姿がよく見えないでしょう。だから、ほら!」
片腕で羽虫を払うように頭上を凪いだその瞬間、轟音が鳴り響き、室内であったはずの広間にいつの間にか陽光が降り注いでいた。
腕を振るっただけで建物の天井が跡形もなく消滅していたのだ。
するとブレンダは堪らず自らの体を抱きしめて身を折り、恍惚とした表情で甘い吐息を漏らす。
「あぁぁ・・・素晴らしい。なんという力。貴方もそう思うでしょう?人間さん」
ジャスは同意を求める上目遣いの目線を正面から受けて、呆れたように嘆息する。
「確かに恐ろしい力だ。だがアンタに取り込まれたことでもう魔法陣の力が暴走する危険性はないな」
「?・・・貴方は何を」
ジャスの言葉に疑問の声を発したブレンダは、
「言っているの・・・?」
自分の胸から刃が生えているのを「地面」に落下しながら見上げていた。
そしてゆっくりと倒れていく自分の体を見てようやく気が付いた。
ーー自分が胸を刺されて首を跳ね飛ばされたことにーー
チンと短刀を鞘に収める小気味良い音をさせながら「ふぅ」と一息つくと、ジャスは転がるブレンダの頭部に呆れたように話しかけた。
「最初に言っただろ?命が惜しかったら動くなって」
ブレンダは視線だけを動かして最初の位置から一歩も動いていないジャスを睨み、血を吹き出しながら口を開いた。
「ゴボッ!貴方・・・どうやって・・・」
「簡単に言うとアンタの背後に空間を繋いで攻撃したって感じかな」
床に転がるブレンダに歩み寄り、彼女の体の近くに落ちていた丸い石のようなものを拾い上げる。
それは普段ジャスが空間転移をする際に使用している記録石だった。
「最初、俺はアンタの結界破りのネタを自慢気に話してただろ?あれは部屋に入った時に領主の息子を切ったついでにセットしていたこの石にこっそり空間を繋いでたんだよ。そうでないとペラペラと手の内なんて晒さないよ」
こともなげに答えるジャスにブレンダは呆れたように笑った。
「今、思い切り晒してるじゃないですか。しかし、空間転移なんて見たこともないものなんて想定できません。貴方は何者なんですか?」
「ただの何でも屋だよ。さて、アンタの裏に誰がいるのか、目的は何なのか教えてもらおうか」
「目的?目的は見ての通り私の考えた儀式で強大な力を得ること。そして最終的には魔王となること。上手くいったと思ったんですけどね。まさか不意打ちでやられるとは残念極まりないです」
恨みがましい視線を送るブレンダに肩を竦めて苦笑する。
「そういうスタイルなんだよ。仕方ないだろ」
「何を言っても負け惜しみになりますからもう言いませんけどね。それと私の裏には誰もいませんよ。他の魔人は何やらコソコソしているようですが興味ないです」
「そうか」
どうやらこのブレンダという魔人は研究家タイプのようで自分のことと自分が考案した儀式以外には興味がないらしい。
しかし、今回のような危険な儀式を次々と世に出される前に討伐できた事にジャスは静かに胸をなでおろす。
「あぁ残念。もっと力を試してみたかった。もっと色々生み出したかった。本当、恨みますよ人間さん」
「ジャスだ」
「ふふ、ありがとうございます。自分を殺した者の名ぐらいは知りたいと思っておりました。では、お優しいジャスさんに魔人の呪いがあらんことを」
にこりと屈託無く笑いブレンダは灰のようなものとなり空気中に霧散していった。
その様子を見届けてジャスは眉間にシワを寄せながら頭をかいて嘆息。
「縁起でもないこと言ってくれるなぁ」
こうして人知れず起こっていたルクトウの町の若者の消失事件は終わりを告げたのであった。




