第38話 ただの気まぐれさ
結構長くなっちゃいました。
それから。
まずはミミを連れて領主の館から脱出。
別に何も悪いことはしていないのだが(不法侵入を除く)、建物の一つが消し飛んでいて、領主の次男が命を落とした現場に残ったとして、身の潔白を証明する自信がジャスにはなかった。
魔人ブレンダは塵になって消えてしまったし、既に起動していないとはいえ魔法陣は怪しさ満点だし、そもそも非正規の依頼でここにいるジャスは紛れもなく不審者であることに違いがなかった。
ということで彼が出した結論はトンズラであった。
一応、事件の概要を記したものを現場に置いてきてはいる。
信用してくれるかは疑問だが、魔法の専門家が見れば魔法陣の仕組みから事件解明へと役立ててくれるであろう。
といっても黒幕は二人共既にこの世にはいないのだが。
また、残念なことに今回の事件の被害者はミミを除き全員命を落としていることはキリマの最期からも明らかであった。
そのことをミミに告げると色々と我慢していた事が限界に達していまい、大声で泣き出してジャスの外套を濡らした。
しばらくして「もう大丈夫です」と全く大丈夫じゃない表情で告げる彼女をトラネコ亭へ連れて帰った。
夕方に差し掛かる比較的客足が少ない店内で、店主がミミを怒鳴りつけたときは誰もが親子喧嘩がまた始まるのかと思ったが、ミミが静かに父親の胸に抱きつき、小さな声で謝罪したことで振り上げた拳を下げる機会を失った店主の照れたような複雑な「おかえり」という言葉で無事解決。
そしてそのまま去ろうとしたジャスを親子がお礼がしたいと無理矢理店の奥の住居に引きずり込んだのが数時間前。
死んでしまうのではないかというくらいご馳走され、お腹を落ち着けるためにジャスは店の屋根の上で夜風に当たっていた。
◇ ◇ ◇
「何の用だ?」
暑さが抜けきらない夏の夜の空気が一気に冷えるような声音でジャスが正面を向いたまま尋ねると、突然彼の背後の空間が揺らいで3mを超える長身の男がクスクスと笑みを零しながら現れた。
「いやぁジャス君の真似をしてみたんだけど中々難しいね。今度どうやったら気付かれずに背後を取れるのか教えて欲しいものだよ」
「お前だろ?」
「ん〜?」
背中越しに怒気を隠すことなく短く問うジャスに、間延びした声で返答を返す元魔王軍幹部のヴァルディマ。
その明らかに神経を逆なでさせる反応を受け、無言で背後を振り返るジャスの視線はそれだけで人を射殺せそうなほど冷たく鋭いものであった。
ヴァルディマは「おぉ怖い」と大げさに自らの肩を抱いて震えると少し離れた場所に腰を下ろす。
「そう怖い顔をするものじゃあないよジャス君。獣人のお嬢さんも無事だったし万事解決じゃあないか」
「ふん、白々しい。その獣人のお嬢さんを巻き込んだのはお前だろって言ってるんだ」
今回の事件、ジャスがミミと知り合ったその日にミミが姿を消した。
偶然にしてはあまりにも出来すぎている。
万に一つぐらいの可能性でたまたまそうなったことも否定は出来ないが、このタイミングでこの魔人が姿を現したということは間違いない。
魔法で探査したときにミミが魔法をかけられた痕跡を見つけたが、その犯人は目の前にいるヴァルディマということになる。
ジャスはそう確信し、殺気を隠すことなくヴァルディマに体ごと向き直る。
「おやおやバレていたとはね。流石はジャス君と言ったところか」
ヴァルディマの拍手をする乾いた音が夜の蒸し暑い空気を震わせた。
にこやかな顔で手を叩いていたヴァルディマだったが「でもね」と話を続けた。
「お嬢さんを巻き込んだのはワタシの善意からだよジャス君。君と薄いとはいえ繋がりが出来たあの娘が行方をくらませたとなったら君は間違いなく本腰を入れて事件の調査に乗り出すとワタシは予想していたんだよ。そして実際そうなった。今回の早期解決は云わばワタシのおかげであると言っても過言ではないんじゃあないかね?」
むしろ礼を言って欲しいものだよと言わんばかりに両手を広げてジャスを見やる。
魔人であるヴァルディマが善意で人助け。
その言葉の滑稽さにジャスは思わず鼻で笑いヴァルディマに問う。
「確かに。どんな意図があるか知らんが早期解決の一因がお前だということは間違いない。ただな、もし俺が間に合わなくてミミちゃんが犠牲になっていたらどうするつもりだったんだ?」
「これはまた妙なことを聞くねジャス君。どうするも何もどうもしないよ。ただ単にブレンダの行っていた儀式が完成してしまっていた、それだけじゃあないか」
まぁお嬢さんの命は無かっただろうけどそれが何か?と全く悪びれることなく微笑みを絶やさない。
そもそも魔人であるヴァルディマにとってミミの命など取るに足りないものである。
ソレを一つ危険に晒すだけでジャスは仕事を早期に片付ける事が出来たのだ。
なので礼を言われることがあっても責められるのは筋違いである、とそう言いたいらしい。
「わかった、もういい。魔人とまともに話をしても埒が明かん」
「おやおやおや。それは偏見というものだよジャス君。気に入ってはもらえなかったみたいだが今回の件では手を貸してあげたじゃあないか」
「どうせ気まぐれだろ?」
「ふっふっふ。なんだ人間と魔人でも通じ合えるじゃあないか。その通り!ただの気まぐれさ」
ヴァルディマは心底嬉しそうに腕を広げて弾んだ声を上げる。
その様子を苦虫を噛み潰したような表情をしながらジャスはため息をつく。
「そこまで嫌がられると傷付くじゃあないか。さて、では善意ついでにもう一つジャス君を助けてあげよう。例の魔法陣が魔王復活のもの・・・というところまでは知っているね?」
例の魔法陣とはシーマで見つけた魔人のアジト内にあった巨大魔法陣のことである。
ジャス自身は直接その魔法陣を見てはいないが、チェルロッテから詳細な話は聞いていた。
曰く魔王復活のためのものであるのは間違いないこと。
あの魔法陣だけではどう考えても出力不足であること。
ヴァルディマはジャスの沈黙を肯定と取り、先を続ける。
「正確に言うとアレの目的は魔王復活ではなく魔王召喚なのだよ。魔界から魔王級を喚び出すもの、と言ったほうがわかりやすいかね?それでここからが本題なのだけれど、世界各地でアレと同じものが複数存在している。当然巧妙に隠してはいるみたいだけれどね」
ヴァルディマの衝撃的な発言に、しかしジャスの反応は大きなものではなかった。
予想はしていた。
見つけた魔法陣一つで事足りないのであれば、数を増やせばいい。
至極単純で理にかなった解決方法である。
「既にそれを予想して小さい賢者様が対応しようとしている。直に見つけて殲滅していくだろうさ」
チェルロッテが既にルーフェンにある魔術師組合本部から各国に捜査の要請を出しており、また、シーマの結界を解析し、その結果を踏まえた魔道具もそろそろ完成すると聞いている。
魔人の強さは当然脅威だが、対策を取り組織化された人間の力は十分にソレに対抗できるとジャスは考えている。
当然、楽な戦いではないだろうが。
そして一番これが大きいが、あの魔法陣を完全に発動させるには膨大な魔力が必要となる。
それこそ10年20年という単位で魔人たちが準備をする必要があるだろう。
それまでに決着をつけることは十分に可能だ。
などとジャスが考えているとヴァルディマの笑みが急に酷薄なものへと様変わりした。
「ジャス君〜ダメじゃあないか?そんな間の抜けた回答でワタシをからかっているのかい?勘の良い君がそんな凡庸な回答をするわけがないだろう?」
台詞とは違いヴァルディマの笑みはより深くなっていた。
その瞬間、ジャスの脳裏にある可能性が過ぎった。
魔力が足りないのであれば何かで補えばいい。
その何かにジャスは心当たりがあった。
というよりもつい先程それに触れたばかりであった。
その何かとは。
(人の命・・・)
そう、人を生贄にすれば膨大な魔力を呼び出せることは先程証明されている。
それを複数箇所で、更に規模を大きくすることが出来れば・・・。
魔王を召喚という馬鹿げたことも現実になってしまうかもしれない。
「しかし驚愕したよ。ブレンダはかなり巧妙に慎重に儀式を進めていたはずなのだけれど、よく人間の命を利用した魔法陣の存在に気が付いたね?しかもそれを魔王復活につなげると推理して。いやはや、相変わらず頭の切れる人間だよジャス君は」
「いや・・・」
ジャスは気が付いてしまった。
目の前で手放しに自分のことを称賛する魔人が盛大に勘違いをしていることに。
この町に来て事件を調査しようとした事と、シーマの島にあった魔王復活の魔法陣の事とはジャスの中では全く繋がっていなかった。
しかしヴァルディマの立場から物事を見てみると勘違いするのも無理はない。
魔王復活の件を知っている者が、たまたま今回の事件に首を突っ込むなど、そんな偶然は普通はありえない。
小説などの物語にそんな話が出てきたらご都合主義だと鼻で笑ってしまいそうだ。
(恐るべきはブルーノさんの勘だな)
ここには居ない大臣の洞察に震える。
しかし、ヴァルディマの話が本当なら状況はかなり良くない事になっている。
後10年以上猶予があると思っていた魔王の復活だったが、もしかしたら既に目前にまで迫っている可能性が出てきた。
とりあえずジャスはヴァルディマの勘違いに乗っかることにした。
「まぁ色々な偶然からここが怪しいと思ったんだ」
噓は言っていない。
色々あったのは本当だし、魔王関連だとは露ほども思っていなかったが怪しいとは思っていたし。
「ふーむ。何故か少し心が乱れたように見えたがまぁいい。ジャス君の疑念は正解だ。元部下たちは魔王を召喚するために大量の人間の命を奪う気でいるようだよ。今回の物とは比べ物にならない程のね」
べらべらと魔人サイドの情報を漏らすヴァルディマに不審の目を向けるジャス。
これではまるで人類に味方しているようではないか。
ジャスの視線に込められた感情を正確に察知したのかヴァルディマは薄く笑った。
「当たり前だが疑っているね?こちらにも色々あるのだが、正直に話そう。ワタシはね、勇者たちに討たれた魔王様以外に仕える気がないのだよ。だから新しい上司が来るのを阻止したい、しかし表立って魔人に敵対するのも世間体がねぇ?というわけで人間の皆さんには頑張ってもらいたいというわけさ」
簡単な話だろ?と笑う魔人を見てジャスは思案する。
(奴の話はほぼ本当の話だろう。ただ、確実に全てを話していない。当然、人類の戦力を罠にハメて一網打尽にしようとしている線も考えられる。しかしそれにしては回りくどい。俺がこの話を無視するだけでその罠は成り立たなくなる。しかし、もし本当に人類を生贄にする準備を魔人側がしていた場合・・・)
大量虐殺が行われてしまう。
しかも魔王復活という最悪のオマケ付きで、だ。
それは絶対に避けなければならない。
しばらく沈黙していたジャスだがやがて諦めたように首を振るとヴァルディマに目を向ける。
「信用は出来ないが一つの可能性として話を聞こう。その忌々しい魔法陣は何処にあるんだ?」
「信じてもらえないのは悲しいねぇ。まぁそこは仕方ないと諦めるとしよう」
言葉とは裏腹に笑みを深くしてヴァルディマはジャスに近付く。
そして思わず身構えるジャスにだけ聞こえるような小さな声でそっと告げた。
「魔法陣の場所はねーーーー」




