025,Hunters Guild scene3
男は、つまらなそうな顔をして大男の脇を抜けて外に出る。
エアデールと呼ばれた茶髪の女は周りの者らに頭を下げたまま、大男はすれ違う男を視線で追っただけ。男が通りすぎた後は、まったく見向きもしないでギルドの中へと入っていった。
ギルドの外に出た男は苛立ちを隠せないでいた。いつもなら埋もれてしまうはずの往来で、珍しく人が避けて通るほどに怒気を発散させている。
「待ってくれ!」
背後から、女性の声が飛んでくる。それがさきほどまで諍っていた女のものだとはわかっていたが、男は歩みを止めなかった。
「待って! あ、と……、ちょっと待ってくれ!」
声が近づいてきて、男の肩に手が置かれる。振り返ると、やはり茶髪の女がそこにいた。
「さきほどはすまなかった。言い訳にもならないが、ちょっと色々あって気が立っていたんだ」
女は苦々しい表情を貼りつけて軽く頭を下げた。本当に反省もしていて、なにより自らの行いを悔いているらしい。
「もういいよ」
ぞんざいに男は言った。
容赦するという意味ではない。どうでも、という言葉が頭に隠れた投げやりな言葉だ。
そして再び歩き出そうとする男を、女はなおも引きとめた。そして手に持ったものを差し出す。
「これ、忘れていったろ」
それはギルドの床に置き去りにしてきた、例のふざけた仮面だった。
「いらん」
言うなり、男は踵を返して歩き去ろうとする。
「ちょ、待ちなさいよ」
女は男の肩をつかみ、振り返らせる。
「いるいらないは知らないけど、自分で処分しなさいよ」
ぐいっと押し付けられた件の仮面を、男は受け取った。が、女の手が離れた瞬間、男も仮面から手を離した。
仮面は当たり前に地面に向かって落下した。
「あ」
女が手渡し損ねたかと声を上げたそのとき、仮面は男の足によって叩きつけるように踏み潰され、石畳の地面の上でばらばらに砕け散った。
「な、に、を……」
恐怖に慄いているのか、怒りに歪んでいるのかよくわからないような表情をして、女は後ずさった。
「処分した」
あっさり言って、男はさっさと歩き出す。もう声がかけられることも、肩に手が置かれることもなかった。
宿に戻った男はさっさとベッドに身を投げ出した。腹の奥底ではまだ不満が熱を持って渦巻いていたが、あれ以上はどうしようもない。
ギルドの出入り口から声をかけてきた大男のことを思い返す。
自分よりも明らかに年上であり、もしかすると年齢だけでいうのならば中年の範疇かと思われた。しかし、そう呼ぶのに抵抗を覚えるくらいに、鍛え上げられた肉体は若々しさを保っており、力強さがうかがえた。
(控えめに見積もっても白金級……)
白金級。プラチナハンターともなれば、熟練者と位置づけられる金級のさらに上。実力で上り詰める位の最上位である。その上には灰銀級ことミスリルハンター、そして幻級ことオリハルコンハンターの位があるが、これらは名誉称号であり実力の物差しとしてはあまり機能していない。
さいきん出会った人間で言えば、セレネに並ぶか、上を行くほどの強者だ。かなり曖昧な算定なのだが、実際に刃を交えたわけではないのと、男の実力が及ばないためにこれ以上、正確に両者の実力を測るのは難しい。
実力を測るといえば、拳を交えた茶髪の女剣士だ。
おそらくはギルド内だから、という理由で自制していたのだろうが、本来は剣を使って戦う人間であることは、腰に差してあった剣を見れば明白だった。決して飾りで差しているのではなく、必要に迫られたときには命を預ける。そうした気概が剣の状態から読み取れた。
しかし、だからといって体術がお粗末だったとは思わない。自分と渡り合うだけの体術を剣士が修めていることは意外だった。これは自賛ではなく、言うなれば得意分野の問題。男は取り回しの良さや供給の問題から剣を使うことも多いが、自分を剣士と定めるほど剣に傾倒してはいない。もちろん、この点だけを見るのなら、たんに女が男よりも格上で、そのレベルでみればお粗末な体術が男のレベルとかみ合っただけの可能性もあるのだが。
(あの女は……金級に届くかどうかといったところか)
殴り合いの終盤、大男が声をかけてくる直前にほんのわずかに女が見せた魔力操作の兆し。その淀みのなさは強者のそれに相違なかった。
魔力操作というのは、感覚的には新たに三本目の腕を生やすようなものだ。始めはまったく思いどおりには動かなくてもどかしい思いをするが、だからといって、使ってやらなければいつまで経っても習熟しない。
加えて言うのならば、魔術を発動するのは、その第三の腕で道具を扱うようなもの。棒を握って殴りつけるくらいの単純動作ならば簡単だが、強力な魔術は楽器を演奏するがごとき複雑な操作を要求される。しかも、腕の力自体が強くなければ操作自体がおぼつかないということにもなる。
とはいえ、実際に剣や魔力を用いた戦いを演じたわけではないのだから、断定はできない。体術も何か事情があって修めていただけという可能性だってある。それでも、男にとっては癪なことだが、おそらくは剣や魔力を用いた全力戦闘でも、相応に習熟した戦闘技術を見せるのだろう。だとすれば、やはり金級は堅い。
見たところまだ若く、セレネよりも年下。もしかするとまだ十代かもしれない。ラビとは比べるまでもなく、ソルの隣にいた、まだ少女らしさを残した藍色の髪の少女に比べれば大人に思える。
実に腹立たしい。
ソルとどちらが腹立たしいかと言えば、どちらも思わず吐き気を催すほどに腹立たしい。
心底身勝手だとは自覚しているが、だからといって感情が湧いてくることはどうしようもない。それを理性的に抑えて生きるのが人間であるなどと教会の連中は嘯いているが、男は教会の教えなどというものはまったく信用していない。
たまらず、男は自分の両頬に平手を叩きつけた。
結局は自分なのだ。自分が弱いから、年下の子供などに嫉妬して苛立つ羽目になる。
男はベッドから起き上がり、部屋を出た。頭の片隅で、あんな子供に振り回されて恥ずかしくないのか、などという声が木霊する。どうせ才能が違うのだ。お前などがいくらやっても追い抜かされて置いていかれるだけだ。そんな言葉も追従する。
男はもう一度、自分の頬を平手で打った。室内に乾いた音が響いた。
街中で戦闘訓練のようなことができる場所といえば、領主の私兵の練兵場かギルドの関連施設くらいのものだ。もっとも、ギルドの施設に関してはこの町に存在するのかどうか、男は知らなかったが。
ギルドでの出来事でイラついていたのに、そこに顔を出そうと思うほど無神経でもなかった男は、町の外に出て魔物を狩った。といっても、昨今、町の周辺部に現れる魔物など程度が知れていて、とてもではないが気が晴れたとは言い難かった。
男の感性からしてあり得ないことだが、もしもエアデールと訓練でもしていれば、それはさぞ有意義なものになったことだろう。セレネや大男のような上位者に教えを請うのとはまた違う、近しい実力者同士で競い合う充実が得られたはずだ。
そのことは男自身もわかってはいる。強くなることだけを追い求めるのなら、もっと違う道がある。これは今回のことに限らず折に触れて考えてきたことだ。
しかし常に選んできたのは違う道。ちっぽけなプライドや拘りを優先する道だった。何故ならば、どうして強くなりたいのかと考えたとき、男は自分が純粋に強さを追い求めているのではなく、気に入らないものを捻じ伏せたいがために強さを求めているのだと知ったからだ。気に入らないものに媚びへつらってまで強さを求めることは本末転倒なのだ。
と、理屈ではこう考えていても、腹の底で煮えたぎる思いがあるとき、やはりあのとき……と、過去を思い起こさずにはいられない。
益体のないことに思いを巡らせながら、馬鹿の考え休むに似たり、という、いつかどこかで聞かされた言葉が脳裏に浮かび、殺した魔物を足蹴にしながら男は薄く嗤った。
結局、ろくに気晴らしもできないまま男は宿に戻った。ぎしぎしとうるさい安宿のベッドに身を預ける。
散々な一日だった。
そもそも、最近ろくなことがない。
なんとなく、盗賊稼業をやっていたときのことを思い返す。
自分が殺してきた人間たちはいったいどんなふうだったか。
あえて記憶には残さないよう努めていた。恐れるわけではなく、ただの命として日々の糧と同類に扱うため。
ふと、また酒でも飲みに出ようかと思った。しかし、いつか目にした、酒に呑まれて潰れたハンターの姿が脳裏にちらつき、身を起こすことは取りやめにして寝返りを打った。連日飲んでしまったら、駄目になってしまうような気がした。
◇
翌日、昼近くになってから男は目を覚ました。案の定、なかなか寝付けなかったせいで目覚めるのが遅くなった。そのうえ気分も優れない。
部屋の様子を見るかぎり、今日もラビは戻っていないようだった。
昨日の事があり、さっさと町を出たいと思っていた男はがしがしと頭を掻いた。
宿の一階で簡素な昼食をだしてもらう。食事を取りながら、本格的にやることがないと頭を悩ませた。
昨日の今日でギルドに顔を出そうとは思わない。町の外に出たところで時間の無駄。
ラビの小憎らしい顔が脳裏に浮かび、朝食を突くフォークに思わず勢いが乗る。本当ならば二日も顔を見なくてせいせいできそうなものなのに、どうしてこんな無意味な足止めを食わねばならないのか。
考えれば考えるほど、男の目が据わっていく。ふと気がついたときには、すでに料理はなくなっていた。
これ以上は待てない。男は決意した。
今日一日を使って、もしラビを発見できなければ逃走も闘争も辞さない。
セレネを伴って追ってくるというのなら追ってくればいい。返り討ちにしてやる。
男は、脳内で「無理! 無理!」と警鐘を鳴らす声には無視を決めこんだ。うだうだと考えこんだ反動の自暴自棄。やけくそ状態の心理が働いていた。




