第1話
私の名は真央 真人
その名から連想されるように昔から私のあだ名は魔王様で、これまで小学生、中学生、高校生時代にこの名前でイジメに合わなかったのは奇跡としか言いようがない。
高校卒業後は料理人を目指して調理師専門学校に通い、卒業後は古くからあるホテルチェーンの調理場に就職する事が出来た。
職場においてもこの名前でイジメに合う事はなかったが、折しも今は〇〇ハラスメントという言葉が蔓延している世の中なので、コック長や先輩達からは少しイジられる事はあったが、あからさまなイジメに合うような事はなかった。
ちなみに何故私が料理人を目指したのかと言うと、近年AIが目覚ましく進歩しており、ニュースを見ればどこもかしこもAI関連ばかりで、就職活動世代の間では「ギュられる」という言葉が使われるようになり、これはAIの特異点的な進化によって、仕事やスキルや役割が奪われたり代替されたりすることを意味し、この先数十年で世の中に必要とされる職業はガラリと代わるので、AIやロボットが登場してもまだ当分の間生き残る職業として、手に職を付けるのが良いというのをネット動画で見たからだった。
おまけに小学生の頃から結構料理をするのが好きで、自分で作って食べるのも、自分が作った料理を食べた人が喜んでくれるのも好きだった。
ともあれ私の個性的な名前でイジメに合う事はなかったが、病院や役所などの呼び出しで魔王様と呼ばれたときは結構注目の的になるので、その時はなかなかに恥ずかしいものがあった。
そんな事を思い出しながら、私は今まさに異世界で本物の魔王への道を歩んでいた。
どうしてこうなった?
さかのぼる事半年前、私はほぼ毎日悪天候じゃない限り原付二種のスクーターに乗って老舗ホテルのレストランの厨房へと通っていた。
我が国日本は恐らく世界で最も治安が良く、コンビニ、自販機、ウォシュレット等、生活環境においても世界で最も住みやすい国だと思うが、どうにも最近はせちがらい世の中のようで、若干偏向報道気味ではあるが、日々のニュースはあまり気分の良くない嫌なニュースばかりが報道されており、そのうちの一つに煽り運転による事件や、高齢者ドライバーによる逆走やアクセルとブレーキの踏み間違い等による交通事故多発などというのも連日のように報道されていた。
しかしそんなニュースが多いおかげで、私の方でも運転には慎重になり、しっかり周りに注意しながら今日まで事故に合わずになんとか朝晩のバイク通勤を続けられていた。
もちろんヒヤッとした事は何度もあり、バイク死亡事故ナンバーワン理由の右直事故に遭いそうになった事はあるし、オラオラ顔のミニバンに何度も煽られて嫌な気分になった事もあった。
それでも毎日同じ道を同じ時間にずっと走っていると徐々に感覚はマヒしていき、1秒たりとも油断しないで走るという事はなくなっていた。
そんなある日の事、いつものように最後のディナー客の帰りを見送った後で、店内清掃をして余った食材で消費期限が近い物を持って帰って、今日は何を作って食べようかと考えながら、愛車の原付二種スクーターを流していたところで、私はニュースで報道される側になった。
迂闊だった。
私は流れの良い片側二車線の道路の左側を法定速度プラスアルファで走っていて、隣の車線では今日も法定速度を遥かにオーバーした80キロ近い速度で何台も車が走っていた。
もう今では慣れているので特に怖いとは思わず私は控えめに左車線を走っていたのだが、この通りはファミレスやファーストフード店やラーメンチェーン店など多種多様な飲食店やコンビニなどが多く建っていて、駐車場から出ようとしている車も多かった。
当然ほぼ全員しっかり確認してから車道に出てくるのだが、たまに確認が甘く見切り発車で強引に出てくる車もあるので注意が必要だった。
しかしこの日はしっかり注意していたにも関わらず、まさかの事態で事故が起きてしまった。
地元で人気のローカルチェーンのファミレスの駐車場から一台の普通乗用車が駐車場から出ようとして一時停止線で止まっており、私はしっかりドライバーの顔を見てアイコンタクトを送っていて、ドライバーの方でも私の方を見ている……ように見えた。
それでも一応私は少し減速しながら通過しようとしたのだが、私が駐車場の出入り口を通過しようとしたまさにその時にその車は駐車場から勢いよく飛び出して来て、私の側面に直撃し、私は右車線まで吹き飛ばされ、時速80キロ近い速度で流れている右車線の車に次々と跳ね飛ばされ、踏みつけられ、引きずられた。
不思議な事に痛みを感じる前に、まるで時が止まったかのように目の前の風景がそれはもうこれまで生きてきた人生で見た事もない映像になっているのを見て、様々なライトが流れ星のように流れていくのを見て、その後すぐに全てが真っ赤に染まっていくのを見て、最後に真っ暗な画面になったのを見た。
そうして私はこの世からいなくなった。
……
……
……
「くやしいのう……、くやしいのう……」
「おのれ人間め、おのれ英雄め」
「ああ、魔王様……、魔王様ぁ~」
「……、えっ? あっ、はい、何でしょう?」
「ひえッ!?」
「なんと!?」
「魔王様!?」
「はい、私は真央ですが……、ってうわっ!? なんだコレ!? 怖ァッ!!」
私の目の前には異形な姿の者が3人、いや3匹? いた。
「魔王様! 魔王様がお目覚めになられた!」
「よくぞお目覚めになられました魔王様!」
「魔王様! ああ良かった! 魔王様!」
「しかしさすが魔王様、まさかこれ程までにお早く復活なされるとは思いませんでしたぞ」
「ウム! さすが我等の魔王様だ」
「さすが魔王様! 魔王様万歳!!」
どう見ても人間には見えない、というよりも、地球上に存在しない目の前の異形の者達は日本語を話していた。
一人は全身緑色の皮膚で手足が極端に細く、胸はあばら骨が浮き出ていて、腹だけが異様に膨れていて、耳は上部が長く尖っていて、目も釣りあがっていて、鼻は鋭く前方に長く、口も大きくて犬歯の部分が牙のように大きかった。
もう一人は身長が2メートルを優に超えるトカゲ男で、当然筋骨隆々で太くてたくましい尻尾が生えていた。
残る一人はズタボロのフード付きマントに身を包んだ小人で、顔を含めた肌を一切隠していて目の部分だけが赤く光っていた。
そして全員が私の名を呼び、何故かその目には希望の光が灯っているように見えた。
「えーと……、すいませんがどなたか鏡とか持っていたりしませんか?」
私はなるべく見ないようにしていたが、それでもさっきから私の視界内に映る自分の手足が明らかに尋常じゃない事に気が付いていた。
私は目を覚ます前に時速80キロで流れる車の列に次々と轢かれた事を覚えていて、私の身体も顔もそれはもうさぞや酷い事になっているだろうと思っていた。
正直どういう状況か見たくはないが、それでもどういう状況なのか確認しない訳にはいかなかった……




