+++ やすらぎの風に誘われて +++(1)
何だかんだでルピナをもう一晩泊めた翌日。
シオンはいつも通り、早朝に起きて礼拝堂の掃除から一日を始めていた。
「どうしたもんかね……。無理やり追い出すのはガキ共が文句言いそうだし。だからって、このままって訳にもいかねぇよな?」
一通り掃除を終え、最後に女神像を丹念に拭き上げながら、シオンはそんな独り言を漏らす。
当然その問いに対する答えなど、誰からも返っては来ない。のだが……。
「頼もーっ!」
「ここ道場じゃなくて教会なんだわ」
朝の静寂に満ちた礼拝堂の神聖な空気が、間抜けな漫才で一瞬にして破壊される。
扉を豪快に開け放ってアホなことを言いながら入って来たのは、ご存知ルピナさんである。
「気持ちの良い朝ですね! こんな日は外で鍛錬に限ります! と言うことで、一手お付き合い下さい!」
「一人でランニングでもしてろや」
「私のこのパーフェクトボディにダイエットは必要ありません!」
「まあ鶏ガラだしな」
「スレンダーと言いなさい! こう見えて胸やお尻はしっかりお肉が付いているのですよ!? ふふっ、もしかしたら組み手の最中に事故で触られてしまうかもしれませんねぇ?」
「神聖な教会で下品な話すんな。ぶっ殺すぞ」
「あ、これは失礼しまし……今神聖な教会でぶっ殺すって言いませんでした?」
早起きして頭が冴えているのか、無駄に軽快なテンポで漫才を繰り広げる二人に、心無しか女神像が呆れている気がしないでもない。
「大体、俺は牧師だっつってんだろうが。鍛錬で教えられる事なんて無ぇよ」
「ただの牧師が、私の豪速剣技を容易く躱し」
「へなちょこチャンバラな」
「豪・速・剣・技を! 容易く躱して、女神に祝福された宮廷魔導士級の魔法を握り潰せるとは、到底思えません」
「俺もお前のその自己肯定感に実力が伴ってるとは到底思えねぇよ」
「はぐらかさないで下さい!」
「割とマジなんだよな〜」
と、言いつつも、はぐらかそうとしているのも事実なので、シオンは頭をポリポリと掻きながら「ホント、どうしたもんかね……」と思案する。
「………別に、話したくない事は、話さなくても良いです」
「っ!」
と、そんなシオンの心理を察したのか、それまでのやかましさが嘘のように、ルピナはシュンと項垂れてポツポツと語る。
「ただ、私には他に、強くなるために頼れる人が居ないのです。だから……」
「うぇっ……」
震える声で、今にも涙を零しそうなほど必死に縋る少女に、不良牧師は心底面倒臭そうな顔をした後、ガックリと肩を落とした。
「っ………はぁぁぁぁぁ〜〜〜。……朝飯の時間までだからな」
「へ……?」
「軽い組み手くらいなら付き合ってやるって言ってんだよ。これ拭き終わったら行くから、さっさと外出て準備運動でもしてろ」
「っっっ!! あ、ありがとうございますっ!!」
パァァッ! と、分かりやすく顔を明るくしたルピナは、飛び跳ねるように出て行って勢いよく礼拝堂の扉を閉める。
「ちっ、また乱暴に閉めやがって。アイツ、絶対神のこと舐めてるよな?」
先ほど女神像を「これ」呼ばわりしたナマグサ牧師に言えた事では無いが、ホントそれな。
「にしても、俺が自称勇者の鍛錬相手とは……。女神様も、なかなか皮肉の効いた運命を持って来やがる。なあ、おい?」
綺麗に磨き終えた女神像に、シオンはあろう事か肩を組み、妙に親しげに問いかける。神職の者で無くとも、目を疑うような光景だ。
………ただ、細めたその瞳には確かな敬愛が宿っていると、彼の信じる女神だけは知っているのかもしれない。
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