+++ めぐり逢い +++(6)
明くる日の朝、と言うか昼前。
「………んっ、んぅ? 天、井?」
久方ぶりのまともなベットで目を覚ました自称勇者の少女は、よっぽど深く寝入っていたのか、見慣れない景色に寝ぼけて混乱する。
「あれ……? 私、何で………」
「おい。良い加減起きろコラ」
「はい……?」
そして、横を向くとそこには、見慣れない目つきの悪い偉そうな男が仁王立ちしていた。
「ってうわぁぁぁぁぁぁっっ!? だ、誰ですか貴方!? いえそんな事よりっ、乙女の寝室に勝手に入るとは何事ですか!? も、もしや、私を犯そうと!?」
「いやここお前の寝室じゃねぇし。あと鶏ガラに興奮するほど飢えてねぇんだわ」
「誰が鶏ガラですか!? スレンダーと訂正して下さい! このナマグサ牧師! ……ん? 牧師? ………あ、そうでした。昨日は教会のお世話になって、お風呂をお借りして……」
「しっかり飯まで食って、爆睡かましたらしいな」
「うぐっ!?」
そうだった。昨晩は悲願の風呂を心ゆくまで堪能した後、フィナの気遣いでパンとミルクスープまでしっかり頂いて、すぐに寝てしまったのだった。
……と、やっと覚醒した頭で少女は思い出し、羞恥に顔を赤らめる。
「誰かさんのせいでこっちはろくに寝れなかったってのに、呑気なことで」
「ふぐぅっ!? そ、その節は、貴方がすぐに扉を開けなかったせいとは言え、申し訳ありませんでした」
「謝るふりして微妙に責任転嫁すんな」
「ふ、普段はこんなにだらしなく長々と寝たりしないのですよ!? ただ、長旅の疲れと、久しぶりのお風呂やまともなお食事を頂いて、気が緩んでしまって……」
「いや勝手に話変えんなよ。ったく……。取り敢えず、目ぇ覚めたなら食堂に来い。ガキ共が勝手にお前の分も飯用意しやがったから、ありがたく食え」
「っ! その……良いのですか?」
「あ? 用意したのはガキ共だっつったろ。俺に聞くな」
ぶっきらぼうにそう言うと、シオンは背を向けてスタスタと階段を降りて行く。
「むぅ。あの不良牧師は、どうして私の美貌を前にしてあんな態度を取れるんでしょう? まあ、良くも悪くも下心が全く無いのは助かりますけど、それにしたって聖職者ならもっと丁寧な言葉遣いを心掛けるべきでしょうに……」
少女はぶつくさ文句を垂れながらベットを降り、掛け布団を綺麗に畳んで、壁に掛けられている小さな鏡の前に立つ。
昨日までの汚れてくたびれていた自分とは別人のようだ。
「ふむ。お風呂に入ってしっかり寝たから肌艶も良くなっていますね。寝起きとは言えこのクオリティ。流石私。やはりあの不良牧師の目は節穴です」
「誰の目が節穴だコラ」
「ひゃっ!? な、何でまだ居るんですか!?」
慌てて少女が振り返ると、先ほど出て行ったばかりの不良牧師が不機嫌そうに目を細めて彼女を睨んでいた。
鏡に映る自分をベタ褒めすると言う痛すぎる場面を見られたのは流石に恥ずかしかったのか、少女は目を白黒させて狼狽える。
「い、いきなり入って来て声をかけるなんて、もし着替え中だったらどうするんですか!?」
「扉開けっぱで脱いでたらそっちこそ痴女だろうが。そもそも、その着替えをフィナが持ってけっつうから仕方なくまた来てやったんだよ」
面倒臭そうに言うと、シオンは手に持っていた服を少女に向けて無造作に放り投げる。
「っ! そ、そうでしたか。ありがとうございます」
「ふん。チンタラしてるとお前の分も食っちまうぞ」
少女の返事を待たず、今度はきちんと扉を閉めて出ていくシオン。
「むぅ〜、解せません」
足音が遠ざかると、少女はもう一度鏡を見て首を傾げる。
「……まあでも、悪い人ではない、のでしょうね。目つきと態度以外は、ですが」
乱暴に投げ渡されたシャツとロングスカートは、質素な生地だが清潔で柔らかい。
……それに、心底面倒くさそうにしながらも、食事に間に合うようわざわざ起こしに来てくれた。
「よし! 食事を頂いたら、受けた恩の分はきっちり働きましょう!」
少女は両手の拳を握り締めて「むんっ」、と気合を入れ、借り物の服に着替える。
そうして、鏡の前で軽く一人ファッションショーをしてから、食堂がある一階へと降りた。
「皆さん、お待たせしました。おはようございます!」
既に食卓に着いていた子供達と、不機嫌そうに足を組んで座っているシオンに向けて、少女は改めて笑顔で快活に挨拶する。
「おっせーよ姉ちゃん。もう昼だぜ?」
「うんむ」
「こら二人とも! お姉さんは長旅で疲れてたんだから仕方無いでしょう! すみません。この子たち兄さんの真似してるのか、お客さんや信徒さんにも態度が大きくて……。あ、おはようございます」
「い、いえ。お気になさらず」
が、想像とはいろんな意味で違った子供達の反応に、早くも笑顔が引き攣った。
「俺は神の教えに従って、相手が誰であろうと平等に接してるだけだ」
「それは誰に対しても礼儀正しくあれと言う意味では? 等しく雑に扱えなんて言う神、普通に嫌なんですが?」
「神に歯向かうとは不信心な奴だな。罰として食事は抜きだ」
「神を汚しているのは貴方でしょう! どんな新解釈ですか! あと食事を抜くのは別の宗教です!」
「あはは……。昨日も思ったけど、この兄さんに正面からツッコむなんて、お姉さん結構度胸ありますよね。それじゃあ、冷める前に頂きましょうか」
「うっ、は、はい。すみません」
苦笑しながら生温かい目で自分を見るフィナと、朝っぱら(もう昼)からギャーギャー騒ぐ自分を比べて恥ずかしくなった少女は、顔を赤くして大人しく空いている席に座る。
「え、えっと、お祈りは彼が?」
「何で疑問形なんだよ。牧師なんだから当然だろうが」
遠慮がちな割に明らかに疑わしげな視線を向ける少女にシオンはイラっとしつつも、食事が冷めるのは不本意な為、大人しく手を合わせて瞑目する。
そうすれば、彼に続いて子供達も祈りの準備を整え、少女も慌てて追従した。
「えー、主よ。今日も大地の恵みを与えて下さる事に感謝致します」
「「「「感謝致します」」」」
「命に敬意を、愛に誠意を捧げ、頂きます」
「「「「頂きます」」」」
そうして全員で数秒瞑目した後、賑やかな昼食が始まった。
「驚きました。こんなにも『敬意』とか『誠意』と言う言葉が似合わない牧師が居るなんて」
「喧嘩売ってんのか? と言うか、テメェは敬意だの誠意だのに関して、人様のこと言えねぇだろ」
「?? 王都でも屈指の淑女と名の通っていた、この私が?」
「その化物みてぇな自己肯定感どうなってんだ? はぁ……。王都でどうだったかなんて知らんが、その『名』って奴を、まだ聞いてねぇんだが?」
「あ」
「そう言えば、バタバタしてて聞き忘れてましたね。私たちも自己紹介がまだでした」
「っっ、私としたことが! 失礼しました!」
半眼を向けるシオンと苦笑するフィナに、少女は恥入るようにバッと頭を下げる。
「ま、覚える気も無ぇから別に良いけどな」
「覚えて下さい! う、ううんっ……コホン。申し遅れました。私は、ルピナ・フランネル。勇者です。気軽にルピーと愛称で呼んで下さい」
「サラッと経歴詐称すんな。今んとこ無職の穀潰しだろ」
「い、いずれ勇者になるから良いんです! あと、お世話になった分はきちんと働いて返します!」
「いや別に返さんで良いからさっさと王都に帰れよ」
「もう、兄さん。お客さんをいじめないの。ルピーさんですね。私はフィナです。フィナ・ルドベキア。性はこの教会から頂いた物なので、皆同じです」
「俺はレンな。町のことなら大体知ってるから、暇な時なら教えてやっても良いぜ」
「リーン。よきにはからえ」
「だからその王ムーブはどこで覚えてくんだよ………ああ、シオンだ」
食事をしながら、思い思いに自己紹介する面々を、少女……ルピナは不思議そうに見回す。
「やっぱり、皆さんあまり似ていませんね?」
「私たち、孤児なんです。この教会に引き取られてからは家族として暮らしてますけど、血は繋がっていません」
「あ……ご、ごめんなさい」
「いえいえ。知らない人にはよく言われることですから、気にしないで下さい」
気不味げに頭を下げるルピナに、フィナは屈託なく微笑む。その笑顔からは、孤児であることに対するマイナスな感情は見て取れない。
「お前は王都に親が居るんだろ? ポンコツ娘が一人旅なんて、心配してんじゃねぇのか?」
「誰がポンコツですか! ……父は仕事第一の忙しい人なので、多分気にしてませんよ。お母さんが生きていたら心配してくれたかもしれませんが、私が小さい頃に亡くなったので」
「へぇ。あっそ」
「聞いといてそのリアクションは何ですか!? もっと興味持って下さい!」
「いや別に家庭の事情まで話せとは言ってねぇし」
「むぐっ」
確かにそこまでは聞かれていないので、ルピナは言葉に詰まる。
「ごめんなさい、ルピーさん。兄さんは不器用だから、こういう話し方しか出来ないんです」
「いえ、フィナさんに謝って頂く事では……。シオンさんは私のような美少女とは話し慣れて無いでしょうし、仕方ありません」
「おいコラやめろその腹立つ顔。ぶん殴るぞ?」
どこか憐れむような目で微笑んで来るルピナに、シオンは青筋を立てて拳を握り締める。
「あ、あはは……。ま、まあ、確かにルピーさんはとっても綺麗ですよね。もしかして、お貴族様なんですか?」
微妙に引き攣った笑顔でフォローの意味も込めてそう質問するフィナに、ルピナはどこか誇らしげに胸を張る。
「ええ。自慢する訳ではありませんが、それなりに由緒ある家柄です。母の方は下級貴族の出身だったようですが、とても上品で綺麗な人でしたよ」
「へぇ。そりゃ残念だな。性格も似てれば、こんな酷い有様にならなかったろうに」
「?? 私は外見も性格も母にそっくりですよ?」
「………それは残念だな」
「どうしてしみじみ言い直したのですか!?」
意味は分からないが何だかとても失礼なことを言われた気がして(正解)、食事中であるにもかかわらずルピナは絶叫する。上品とは?
「ご馳走さん。じゃあフィナ、俺は仕事に行って来るから、その間に上手いことこのポンコツを追い出しといてくれよ」
「もうちょっと言い方あるでしょう? 兄さんたら……」
「あの、フィナさん? 出来れば否定して欲しいんですが? 主にポンコツの所を」
ルピナの抗議がまるで聞こえなかったかのように、シオンはそのまま食器を片付けて出て行ってしまう。
「まったく。せっかく自己紹介したと言うのにポンコツ呼ばわりとは、失礼な人ですね」
「シオンは大体あんな感じだから気にすんなよ」
「うんむ」
ぼやくルピナに、自己紹介以降は食事に夢中だったレンとリーンが反応する。
「そう言えば、彼は一応牧師なのですよね? 教会に居なくて良いんですか?」
「普段はそうなんですけど、今日は週に一度の『町回り』の日なので」
「『町回り』? 教会にそんなお仕事ありましたっけ?」
首を傾げるルピナに、フィナは「あっ」と何かに気付いたように口を開け、丁寧に説明し始めた。
「『町回り』というのは、体調やお仕事の都合で教会まで礼拝に来れない人達の家に行って、お祈りして回ることなんです。殆どは足の悪いお年寄りの家とかで、後は一人でお店を切り盛りしている人の所なんかにも行きますね」
「ほう。顔に似合わずちゃんと牧師らしいお仕事もしていたんですね……。でも、それ結構大変じゃないですか? と言うか、王都ではそこまでしている牧師は居なかったような……」
「そうですね。でも、この町は王都と違って小さいですから。夕方までには何とか終わるみたいですよ。あと多分、他の教会ではやっていないと思います。シスター……先代のこの教会の守人がやり始めた仕事を、兄さんが引き継いだ形なので」
そこで、フィナの笑顔に微かに寂しげな影が差したが、話に感心しているルピナは気付かなかった。
「ははぁ〜。そのシスターさんはとてもご立派な方だったのですね。あの不良牧師に言うことを聞かせるとは」
「そこかよ……」
「い、いえ! もちろん素晴らしい善行にも感心していますよ!?」
シオンばりのジト目でツッコむレンに、ルピナは慌てて訂正する。ちょっと手遅れかもしれない。
「あ、あはは……。でも、『余計な仕事残しやがって』とか文句言いながらも、一応兄さんは自主的に『町回り』を続けてるんですよ。町の人達は、私達子供三人の面倒を見ながらじゃ大変だから無理しなくて良いよ、って言ってくれてるんですけどね」
「おにぃ、がんこ」
フィナとリーンの言葉に、ルピナは目を丸くする。
「それに、シオンが『町回り』してれば、調子に乗った流れの冒険者とかも大人しくなるしな」
「……言われてみれば、この町では不埒な輩に絡まれませんでしたね。旅の道中では、しょっちゅう下心丸出しの男に迫られたりしたものですが。……あ、でも、見た目だけイカつい親切なお兄さん達は居ましたよ? その方達に、この教会の場所を聞いたのです」
「ああ、その人達は兄さんの舎て……町の『自警団』の人達です」
「今、舎弟って言いかけませんでした?」
ルピナのツッコみをまたもや華麗にスルーして、フィナは話を続ける。
「以前はちょっとヤンチャな人達だったみたいですけど、兄さんにボコボ……お説教されて心を入れ替えたみたいで、今は町の治安を守ってくれてるんです」
「舎弟じゃないですか」
残念ながら、その声はフィナの耳には届かなかった。
「良い奴らだぞ。農家出身の奴なんかはたまに野菜とかくれるし、狩に行く奴は大物が取れたら肉分けてくれんだ」
「上納金では?」
「おうまさんしてくれる」
「おかしい。微笑ましいお話のはずなのに上下関係を表しているようにしか聞こえません」
テンポ良くツッコむものの、やはりルピナの言葉は子供達には届かなかった。
「さて。食べ終わったら兄さんが帰って来るまでにお洗濯と外のお掃除済ませちゃいましょう。ルピーさんも、暫くうちに泊まるなら、兄さんが文句言えないようにお手伝いお願いします」
「何だか今のお話を聞いた後だと舎弟に加わるようで癪ですが……。このルピナ・フランネル。勇者の名にかけて約束は守ります」
「そこは貴族の誇りとかじゃないんですね……」
「無職じゃねーの?」
「あわれなり」
「勇者です!!」
余計な事はしっかり聞こえている子供達のツッコみに、ルピナは再び絶叫するのだった。
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