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+++ 過ぎゆく面影 +++(1)


「眠ぃ……今日はもうサボりで良いか?」


 魔族の襲撃を退けた翌日。

 体に染み付いた習慣でいつも通り早朝に目を覚ましたシオンは、ここ数日の慌ただしい日々で溜まった疲れのせいで、全てのやる気を無くしていた。……もっとも、敬虔な牧師と自分で言いながら礼拝をしょっちゅう忘れているので、普段もやる気があるのか怪しいが。


 とは言え、寝ぼけていた意識が明瞭になって来ると、やる気に関係無くやるべき事が見えて来てしまう。


「………いや、町の連中の様子は一応確認しとくか。はぁ〜、面倒くせ」


 ボソボソと頭を掻き、いつも以上に気怠げに立ち上がったシオンは、取り敢えず顔を洗おうと部屋を出た。


「おはようございます! さあ、さっさとお掃除を済ませて今日も元気に鍛錬しますよ!」

「テメェは永遠に眠ってろ」

「全く何ですか! 朝からやさぐれた顔で! ……ん? いや、それは元々でしたか」

「永遠に眠らせてやろうか?」


 気配は察していたが、予想以上に鬱陶しいテンションで声を掛けて来たルピナに、シオンは寝起きのガサついた声で自然とドスを効かせてジト目を向ける。


「いけませんねぇ〜。偽装とは言え仮にもフィアンセにそんな態度では。これだから恋愛経験が無いまま大人になった人は……」

「そうだな。豚と結婚しようとしてた強者には敵わねぇよ」

「あれは一方的に求婚されていただけです!」


 ナチュラルに豚扱いされたナルキス君は、遥か遠い王都で今日も元気(?)に扱かれている。


「じゃあ他に付き合ってた男でも居たのか? だったら悪かったな。俺の事は気にしなくて良いから、今すぐ出て行ってくれて良いぞ。二度と帰って来ないよう幸せを祈ってる」

「善人のオブラートに包んでしれっと私を捨てようとしないで下さい! そんな人居ませんよ! 見ての通り清い身体のままです!」

「知ってるわ拗らせ処女が」

「処っ!? ちょ、朝っぱらからなんて事を言うんですか!?」


「オラ。掃除手伝うつもりならさっさとしろ。昨日の事もあるし、稽古が終わったら飯食って、町の連中の様子見に行くぞ」

「あ、逃げないで下さい! もう、シオンさ〜ん!?」


 気怠げに顔を洗いに行くシオンの背中を、ルピナはギャーギャードタバタと騒がしく追いかける。


「あれ? 兄さん? もう、疲れてるんだから、今日はお昼まで寝ててって言ったでしょ? ルピーさんも、元気なのは良いですけど、あんまり兄さんにちょっかい掛けないで下さい」


 一階に下り、洗面所の方へ向かう途中で、朝食の支度をしているフィナと二人は鉢合わせる。

 二人に比べてずっと幼い少女はプンプンと栗毛を揺らしながら、まるで母親のように人差し指を立てて大人達(笑)を諭す。


「そりゃこっちの台詞だ。お前こそ昨日は無理したんだから、大人しく休んでろよ。俺は別に大丈夫だから」

「そうですよ! 家事は私に任せて、フィナさんもたまには子供らしくゴロゴロダラダラして下さい」

「はぁ……色んな意味で心配だから嫌です」

「「うぐっ」」


 スッパリと呆れ顔のフィナに断言され、大人達(哀)はぐうの音も出ない。


「私はルピーさんのお陰で何とも無いから、本当に気にしないで。それより、せっかく起きたなら皆で朝ごはん食べましょう。あ、そうそう! 今日はお客さんも来てるから、顔洗ったら二人ともちゃんと身だしなみ整えてね」

「客?」

「何と!? 朝ごはんからタカりに来るとは、とんだ食いしん坊さんですね!」

「「………」」

「ん? 何ですか二人とも? そんな家の中で魔族にでも会ったような顔をして」


 絶句するシオンとフィナに、キョトンと首を傾げるルピナさん。無駄に可愛いのがまた腹立たしい……と、二人が思ったかは分からないが、シオンの額には青筋が、フィナの顔には憐れみの儚い笑みが浮かんだ。


「穀潰しの害虫と一緒にされたら魔族も良い迷惑だろうな」

「ルピーさん。やっぱり疲れてるんですよ。ご飯は持っていきますから、今日はお部屋でゆっくり自分を見つめ直しましょう?」

「何故でしょう。シオンさんの罵倒よりもフィナさんの思いやりの方が心に深く刺さります」


 本当に刺さってんのかよ……とシオンは疑わしげにジト目を向け、フィナは微妙に口元をヒクヒクさせていた。


「君達は本当に仲良いねぇ。朝から見せつけられて、ご飯を頂く前から胸焼けしそうだよ」


「あ?」

「はい?」


 二人揃って不機嫌そうに振り返れば、そこには白雪の髪と満月の瞳を持つ、麗しい乙女が立っていた。


「シオン、ルピーちゃん。おはよ。二人とも、昨日は大変だったのに早起きで偉いね」


 ニコッとはにかんだ彼女の服装はその美貌以上に刺激的で、ダボダボのシャツ一枚……に見えるが、下には丈の短いショートパンツを履いているようだ。

 窓際に立っているせいか、柔らかな朝日に照らされる谷間が覗くほど緩い襟元と露わになった生足が眩しい。


「誰かと思えば、あのピエロ女か? 仮にも男が居る家に上がるのに、随分とまぁ気の抜けた格好だな」

「むっ……君こそ、仮にも乙女のちょっとエッチな服装を見て、最初に言う感想がそれ? 傷付くなぁ〜。て言うか、ウチには“イリス”って可愛い名前があるんだけど?」


 シオンより頭ひとつ分背が低いイリスは、グイッと彼の胸元に顔を寄せ、下から覗き込むように抗議の眼差しを向ける。一歩間違えば、シオンが下に視線を向けるだけで谷間どころか色々と見えてしまいそうな角度だ。


「スケベな格好してる自覚あるならもうちょい自重しろ。普段あんな格好してるから、男日照りで溜まってんのか? どうでも良いが、ウチにはガキも居るんだから、朝から盛るなよ」

「酷いっっ!? 訴えたら勝てるレベルの暴言だよ!?」

「シオンさん。貴方の罵倒に慣れてる私でも、流石にそれはちょっと引くんですが?」

「え? ちょっとなの?」


 流石のシオンさん。安定のヤサグレ牧師クオリティである。コンプラなんて気にしないぜ! 

 ……それはそうと、完全に調教されてしまっている、或いは元々イカれているルピナの感覚に、イリスは頭が混乱していた。正体は魔王様なのに、この場の勇者達(元&自称)よりもずっと良識がある。


「ガキどもの情操教育に悪い格好してるからだ」

「誰よりも教育に悪い不良牧師が何か言ってます」

「お前から躾けてやろうか? 物理で」

「そういうとこですよ!」


「くっ、またイチャイチャを見せつけられてるぅ……」

「「どこがだ(ですか)!?」」

「そういうとこだよ!」


 シオンとルピナのコントに、イリスは練習したのかと思うほど綺麗に混ざった。勇者と魔王の美しい共演(笑)である。

 ……だが当然の帰結として、勇者でも魔王でも無く、誰よりも良識のある普通の少女はこの状況を許さない。


「み・な・さ・ん?」

「「「(ビクゥッ!?)」」」

「朝ごはん、食べる気が無いなら外で草むしりでもしてくれます?」

「「「す、すいませんでしたぁっっ!!」」」


 可憐な笑顔の後ろから極寒の吹雪を幻視させるほど冷たい気配を発したフィナに、良い大人三人は震えながら大声で謝罪する。

 元勇者も、自称勇者も、一応現役の魔王様も、誰より早起きして朝食を用意してくれた健気な少女には敵わないのだ。


間が空いてしまいましたが、またよろしくお願いします。

今話もお読み頂き、ありがとうございました!

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