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+++ 月の光に抱かれて +++(9)



「ルピナちゃんさ、エルと結婚しちゃいなよ」



 爽やかな笑顔でブッ込まれた爆弾に、空気が凍り付いた。



「なっ……ぬぁあああああにを抜かしとんじゃああああ!? このクソガキがぁぁっ!?」

「え? ダメ? 結構良い提案じゃない?」


 神官と言うより完全に魔王の形相で胸ぐらを掴むジニアに、ウルはキョトンと首を傾げる。 

 ※彼は国王です。


「こんなポンコツと結婚とか有り得ねぇだろ……。何言ってんだお前」

「全くです。私にも選ぶ権利という物があるのですが?」 

「あ?」

「はい?」


 その横で、不良牧師(元勇者)とポンコツ勇者(自称)が睨み合う。

 混沌ここに極まれり。


「ほら。仲も良いみたいだし」

「「良くねぇよ(ないです)!」」


「まあ相性は別にしても、割と合理的だと思うんだよね。だって、多分この国で一番安全な場所って、エルの隣じゃない?」

「「「っ!」」」


 ウルがさらりと告げた核心を突く言葉に、三人と、ついでに腰を抜かしたまま空気になっていたナルキス君も目を見張る。


「王都に居たら、嫌でも彼女を利用しようとする連中の目に付くし、辺境でエルと一緒に暮らすのが一番良いんじゃないかな?」

「で、ですが陛下! 何も結婚などと……」


「それこそ今回の教訓を活かして、だよ。最悪彼女の居場所がバレても、あの“暴虐の勇者の妻”だと知って手を出すような命知らずは、早々居ないでしょ。……それに、イキシア卿に近づこうと縁談を持ちかけて来る貴族達も、『とっくに他所に嫁いだ』って一言で一蹴出来るし、一石二鳥じゃない?」

「うっ!?」

「ぐぬぬっ……!」


 チラリとウルが狼狽えているナルキスに視線を向ければ、ジニアも反論の言葉が見つからず、唸ることしか出来なくなる。


「あの、先程から随分と私の身の安全を重視して頂いているようで恐縮ですが、自分の身は自分で守れますよ?」

「狙って来る相手が、常に暴力に頼るとは限らない。君が今ここに居るのが何よりの根拠だ」

「ぐぬぬっ……!」


 父親と似た様なリアクションを取るルピナに、ウルは呆れた半眼を向ける。


「おいちょっと待て。俺はガキ共の面倒見るので手一杯だ。ガキ以下のポンコツまで構ってらんねぇよ」

「私は立派な大人ですが?」


「ああそっか。生き残ってた子達も連れて行ったんだっけ。でも子育てなら尚更、母親代わりも居た方が情操教育的に良いと思うけど? それに、エルは魔法、教えられないでしょ?」

「っ! ………ちっ」


 ルピナをさらりと無視して話を進めたウルは、意地の悪い顔でニヤリと笑う。

 そんな彼に、シオンは苦虫を噛み潰した様な顔で舌打ちした。


「自衛の手段が必要なのは子供達だって同じ。その点、魔法の才に優れた指導者が護衛も兼ねて近くに居れば、安心じゃない?」

「相変わらず口だけは良く回りやがる……」


「論理的に事実を述べてるだけだよ。いきなり夫婦になる事に抵抗があるなら、一先ず偽の手続きで記録上だけ結婚している事にして、二人の意思が固まったら、正式に手続きするって妥協案ならどうかな? そうしておけば、少なくとも暫くの間は良い虫除けになる」

「「「………」」」


 上手い具合に逃げ道を塞がれて、シオン達は押し黙る。

 実際に、デメリットは心理的な部分のみで、現実的にはメリットの方がずっと多い提案だ。


「む、虫……?」


 遠回しに、ルピナに寄ってきた虫扱いされたナルキス君は、ヒクヒクと頬を引き攣らせながら自分を指差していた。

 哀れを誘う姿だが、この場では誰一人目を向けていないのがまた切ない。


「………非常に、非っ常〜〜に不本意ですが、その条件なら、私は構いません」


「ル、ルピナ!? い、良いのか? 偽装とは言え、結婚だぞ?」

「………」


 長い長い熟考を経て、渋々ながら先に頷いたのは、ルピナだった。

 当然のようにジニアは目を剥いて狼狽えるが、シオンは意外にも、落ち着いた様子で静観している。


「私はまだ、勇者としてシオンさんから学ぶことが沢山あります。それに正直、王都よりものんびりとしたあの田舎町の方が、私には性に合っていて居心地が良いので」

「ルピナ……」


 いつの間にか大きくなっていた娘に寂しさと嬉しさがない混ぜになった複雑な表情を見せるジニア。


 ……と、その横で馬鹿にし腐ったように鼻を慣らすシオン。


「ハッ、そりゃ無職の居候はさぞ居心地良いだろうよ」

「こ、これから役に立つのです! それよりシオンさんこそどうなのです!? ふふんっ。私みたいな空前絶後の超絶美少女と偽装とは言え結婚なんて、喜びと緊張に震えているのではないですか?」

「その根拠の無ぇ不屈の自己肯定感には確かに震えるわ」


 照れ隠しなのか本気なのか、ドヤ顔で胸を張るルピナに、シオンはジト目を向ける。

 だが、いつの間にかそんな彼の背後にヒョコッと現れ、愉快げに耳打ちする王が一人。


「(そんな必死に誤魔化さなくても、エルが本気で嫌がらないのは最初から分かってたよ)」

「っっ!? なっ、テメッ!?」


「そもそも僕が割り込まなかったら、エルが結婚式をぶち壊してルピナちゃんを連れ去るつもりだったんでしょ? だったら、結果は同じだよ」

「っ………」


 確かに、『俺の女』宣言をしたのはルピナに伸びる魔の手を牽制するのが目的だったし、当初の予定はウルの言った通りの為、反論などあろう筈も無い。

 ……ついでに言えば、後始末はジニアに丸投げしようと思っていたので、国王も公認で一枚噛んでくれると言うなら願ったり叶ったりである。


 だが、それはそれ、これはこれだ。


 たとえ、結果的に全て丸く収まるとしても、気に入らない物は気に入らない。

 こんなポンコツ娘を自分が素直に受け入れる未来など、有り得ないのだ。


「………はぁぁぁぁぁ〜〜〜。悪魔で、他に良い策が出るまでの仮の契約って形なら、この穀潰しを連れ帰ってやらんでも無い」


 なので、このような言い方でしか頷くことが出来ない。


「シオンさん」


 と、クソデカため息を吐きながらその場に行儀悪くしゃがみ込んだシオンの襟を、不意にルピナがクイクイと引っ張った。


「あ? んだよ?」

「名前」


「は?」

「私の名前は、『穀潰し』ではありません。仮とは言え、これから伴侶になろうと言う相手を一度も名前で呼ばないのは、とても失礼だと思いませんか?」


「あのなぁ、テメェに礼を説かれる筋合いは……」

「誤魔化さない」

「っ…………」


 珍しく真剣な(本人はいつも真剣)表情でグイッと迫って来るルピナの圧に、シオンは思わず言葉を飲み込む。


「ああそっか。何気にエルって今まで身近に居たのが年上か子供ばっかで、同年代の異性とは付き合い無かったもんね。いよっ! 遅れて来た思春期! 青春童貞!」

「やかましいわ!」


「くっ、まさかルピナがシオンの元に嫁ぐことになるとは……確かに息子の様には思っていたが、義理の息子になるとは想定外だっ!」

「おいそこのバカ親! 何早まって泣いてんだ!? 悪魔で偽装だからな!?」


「シオンさん。コントしてないで、ちゃんと私の名前を呼んで下さい」

「っっっっっっ!? くっ!」


 騒がしいウルや父親には構わず、ズズイッ! と迫って来るルピナに、シオンは堪らず背を向けた。


「あ、ちょっと!?」

「うるせぇ! ガキ共が待ってんだ! 話は纏まったんだからとっとと行くぞ!」


 そして、問答無用と言わんばかりに出口へと大股で向かって行く。


「むぅぅ……はぁ。まったく、仕方の無い人ですね。それでは、お父様、国王陛下。またそのうち顔を出しますので、それまでお元気で!」


「うぅ……ルピナぁぁぁ……」

「は〜い。またね」


 ルピナは真っ白なヒールを脱ぎ捨てると、快活に笑ってシオンの背中を追う。


 その羽のように軽い足取りは、俯いて大聖堂に入って来た時とは雲泥の差だ。


「おい、置いてくぞ! っ……ルピナ」

「もう、待って下さいよ〜! ……およ? あれ? 今何て!?」


 顔半分だけ振り返ったシオンが、僅かに躊躇うような間を開けてボソりと零した呟きを、ルピナは耳聡く拾う。

 だが、追い付いてその横顔を覗き込んでも、いつもの不機嫌そうな顰め面が見えるだけだ。


「腹減ったな。馬に乗る前に露店で何か買うか」

「良いですね! 私は串焼きが……じゃなくて! もう一回! もう一回ちゃんと呼んで下さいよ!」

「お前は飯の前にその格好どうにかしろよ」

「もう〜〜っ!!」


 などと、やいのやいの言い合いをしながら、二人の背中は遠ざかって行った。


「……ふふっ。偽装なんて言い訳、いらないと思うんだけどなぁ」

「私のルピナが嫁に……うううっっ……」

「(チーン……)」


 後に残された男達は、そんな彼らを笑ったり泣いたり灰になったりしながら、ただただ見送った。







「いやあ、それにしても、こんなに上手く行くなんてね……。おまけに良いお目付役まで側に置けた。それなりにコストはかかったけど、十分お釣りが来るほどの成果だ」


「陛下?」


 二人の姿が見えなくなると、不意に、ウルが顎をさすりながら呟く。

 その声音は相変わらず胡散臭いほどに爽やかでありながら、どこか仄暗さも滲んでいた。


「新たな勇者が現れない今、エルは貴重な王国の戦力だ。いざとなれば、イキシア卿を脅迫してでも居場所を教えて貰うつもりだったけど、無事に繋がりが持てて良かったよ」

「っっ!? ……陛下。シオンを使って何をするおつもりか? 事と次第によっては“我々”も、黙ってはおりませんぞ」


 唐突に物騒な言葉を並べたウルに、ジニアは眼光を鋭くして半身を引く。


「嫌だなぁ。使うなんて人聞きの悪い事言わないでよ。言ったでしょ? 『いざとなれば』、だよ。魔族領とは事実上の休戦状態だけど、未来は何があるか分からない。身内にも不穏分子が居るくらいだしね。それに、今回の事でも分かったみたいに、『暴虐の勇者エリュシオン』の存在はそれだけで牽制になる。心配しなくても、エル……いや、『シオン』の平穏な暮らしを壊してまで、無理やり戦場に駆り出したりはしないよ。悪魔で保険さ」

「………」


 ジニアは見定めるように目を眇めるが、小揺るぎもしないウル……国王の笑顔からは、その真意まで読み取る事が出来ない。


「そんな怖い顔しないで。いくら僕が謀略家でも、『元勇者パーティー』に反旗を翻されたたら、手も足も出ないんだから。……ん? そう言えば、後の二人はどうしたの?」


 ヒラヒラと両手を上げて降参のポーズを取ったウルは、そこでふと思い出したように目を丸くする。


「……はぁ。戦士ローダンは暫く魔族領に滞在するそうです。魔導士カトレアは、『星が呼んでる』から先に帰ると言って、一足先に王国へ帰還しました。行き先は聞いておりません」

「皆自由だなぁ……。もうちょっと自分達が“王国の最高戦力”って自覚を持って欲しい所だけど、まあそんな気がしてたから、こっちも保険掛けといて良かったよ」


 そう言って肩を竦めたウルは、未だ腰を抜かしたままのナルキスにニコッと微笑む。


「へ……?」

「と言うことで、ナルキス君には巡礼の名目で、定期的にシオンとの連絡係をして貰います」

「は………はいいいいっっ!? お、お待ち下さい! 何故私がそのような役目を!?」


 唐突に『連絡係』などというおよそ高位神官が務めるような仕事とは思えない雑用を命じられ、ナルキスは困惑に目を白黒させる。

 だが、国王はそんな彼にどこか悪戯っぽい微笑みを向けて、こう続けた。


「あれ? 嬉しくないの? だって君、勇者パーティーへの憧れを拗らせに拗らせた結果、強引にルピナちゃんと結婚して、“イキシア卿の身内になろうとした”んでしょ?」

「っっっっっっっっ!!??」

「ほう……?」


 途端、沸騰したように顔を赤らめたナルキスに、ジニアは目を丸くする。

 てっきりルピナの美貌に目が眩んであのような強行に出たのだと思っていたので、意外感を禁じ得ないのだ。


「その似合ってない眼鏡とかサラサラセンター分けの髪も、イキシア卿のコスプレだよね?」

「ち、違っっ!? そそそっ、そういう訳では……!」


 ナルキスはあわあわと震えながら、国王とジニアの顔色を交互に伺うように高速で首を振る。


「ふむ……」


 するとジニアは何事か考え込むように唸り、ジッとナルキスを見返した。


「あ、あの……?」

「……なるほど。まあ、素質はありそうだ。傍系とは言え、王族の血も引いている。叩き直せば物になるやもしれん」

「ひぃっ!?」


 自分を見るジニアの瞳に何やら鋭い光が過った気がして、ナルキスは思わず身を竦ませる。


「陛下。もしや、彼にも『人造勇者計画』の話を聞かせたのは、初めからこちら側に引き込むおつもりで?」

「うん。ナルキス君は年齢も僕やエルと同じくらいだし、教会の黒い部分には染まって無いからね。まあ、ちょっと性格は捻じ曲がっちゃってるけど。そこはほら、“歴代最強の聖女と勇者を育てた名教師”が、ここに居るし」


 悪戯っぽく微笑む国王に、ジニアはため息を一つ吐き出して肩を竦めた。


「はぁ……。全くおだてられている気はしませんが、良いでしょう。彼の面倒は私が見ます。シオンに任せておけばルピナの身の安全は問題無いでしょうが、親として近況は知っておきたい。私は王都を離れる訳にもいきませんし、使いの者が居てくれるのは助かります」


 と、二人の間で話が纏まった所で、改めて視線を向けられたナルキス君はと言うと。



「…………(チーン……)」



 あまりの急展開と感情の飽和に、再び灰になっていた。


「……先が思いやられるな」

「ははっ。まあ、なるようになるさ」


 疲れたように眉間を押さえるジニアの肩に、ウルはどもこまでも愉快げに笑いながらポンと手を置くのだった。


お読み頂きありがとうございます。

何とか説明回(?)が終わりましたが、一応この章と言うか、一区切りまでもう少しありますので、お付き合い頂けると幸いです。

ご意見、ご感想等、良ければ頂けると嬉しいです。

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