スケルトンの襲撃
環とカレンが魔法の訓練をしているころ、城の外では慌しい雰囲気が漂っていた。斥候隊からもたらされた情報、魔女がスケルトンの軍勢を率いて城に向かっているという情報のせいだった。
「それで、避難の状況はどうだ」
エバンスが斥候を前にして落ち着いた様子で尋ねていた。
「はっ、現在全力で避難誘導をしております。魔女が到達するまでにはほとんどの避難が完了する見込みです」
「全ては無理か。バーンズ、軍の準備はどうだ?」
「第一陣はすぐに出撃できます」
「そうか。時間は稼ぎたいが、無駄な被害はできるだけ避けたいところだな」
「しかし、そうしなければ被害は大きくなります」
「そうだな」エバンスは腕を組んでロレンザに視線を移した。「ロレンザ、勇者タマキはどうしている?」
「タマキ様はカレンと魔法の習得を行っています」
「戦えると思うか」
「魔力は計り知れないものがあります。しかし、すぐに戦うのは難しいのではないでしょうか」
「だが、我らには勇者の力が必要だ。すぐにここに呼んでもらいたい」
「はい」
一方、環はカレンに見守られながら魔法の練習をしていた。
「タマキ様、だいぶ上達しましたね」
「ああ、あんまり吹っ飛ばなくて済むようになってきたよ」
そこらじゅうを穴だらけにしながら、環はさっぱりした顔をしていた。
「そろそろ他の魔法も使ってみたいんだけど」
「まずバーストとストーンスキンを使いこなせるようにしたほうがいいでしょうね」
「けっこう使えてると思うけど」
「まだまだ無駄が多いですね。いくらタマキ様の魔力が膨大とはいえ、無限ではありえませんし、有効な使い方というものがありますから」
「失礼します!」
そこに1人の騎士が駆け込んできた。
「勇者様、至急城門前までお越し願いたいと王子の仰せです」
「王子って、あのエバンスって人か」
「そうです。重要なことだと思いますので、急ぎましょう」
カレンは環の手を取って早足で歩きだした。
「ところでさ、その王子様ってのはどんな人なのかな」
「王子さえいれば次代は安泰だと言われています。さらに、武勇と智謀に優れ、民衆からも慕われています」
「大した王子様なんだな。それで、その王子様が急ぎの用っていうのはなにかな」
「それは、行けばわかります。タマキ様、少し面倒なことがあると思いますので、気を引き締めていただくのが良いかと」
「気を引き締めるって、戦争でも始まるのかい?」
「似たようなものです」
話しているうちに、2人はエバンスの元に到着した。
「よく来てくれた勇者タマキ」
「単刀直入に聞くけど、何があったんだい王子様?」
シンプルな環の問いにエバンスは楽しそうに笑った。
「エバンスと呼んでくれてかまわないよ、勇者タマキ」
「なら、俺のこともタマキでいい。勇者っていうのはいらないよエバンス」
「わかった、タマキ。さて、君に来てもらったのは、今やっかいなことが起こっているからだ」
「なんか化物でも攻めて来たとか?」
「その通りだ。我々が魔女と呼んでいる者が、スケルトンというモンスターを率いてこの城に侵攻してきている。手をこまねいているわけにはいかない」
「スケルトンっていうと骸骨の化物か。軍隊でも出すのかな」
「軍は少しなら出せるが、時間稼ぎ程度しかできないだろう。こちらの被害も大きいものになる可能性がある。動かないわけにはいかないのだが、うかつなことはできないんだ」
「そこで勇者とやらの出番ってわけになる?」
「そう、その通り」
エバンスは真面目な顔でうなずいた。そしてカレンに視線を移した。
「カレン。タマキは戦えるか?」
「今のタマキ様でも、スケルトン程度に引けをとるとは思えません」
「戦えるの? 俺が?」
「はいタマキ様。先ほどのあなたの訓練に比べたら、はるかに楽なものです。魔女には注意が必要ですが、1人で戦ったとしてもタマキ様が負けることはありません」
「カレン、それは本気で言ってるのか?」
その断言に、エバンスは内心驚いていた。だがカレンが本気で言っているのは間違いなかった。
「タマキ様、恐れ入りますが、バーストを一発撃ってみてください。周りを巻き込まないように」
「バーストね、そんじゃ軽く、バースト!」
あたりに爆音が響き、環は魔法の反動で数メートル後方に飛ばされた。そこにいた者は皆、唖然としていた。とても基本魔法と言われるバーストの威力ではなかったからだ。
「こんなもんかな」
「次はストーンスキンを使ってみてください」
「はいはい、ストーンスキン!」
「どなたかタマキ様を斬っていただけますか?」
カレンの言葉にその場は騒然としたが、エバンスが一歩踏み出してすぐに静かになった。
「いいのだな? タマキ、カレン」
「いや、いいのかな?」
「はい、問題ありません」
環は首をかしげていたが、カレンは自信を持って言い切った。エバンスは腰の剣を抜いて、一気に間合いをつめると、環に袈裟切りに切りかかった、が、硬い音と共に、エバンスの剣は環の体に弾き返された。
「これは、信じられない。まるで岩山に斬りつけたようだ」
エバンスが剣を振るった結果と言葉に、周囲の者達は畏敬の念をこめて環を見つめた。
「確かにこれなら負けることはない。タマキ、第一陣と共に出撃してくれるか?」
「出撃ね、そうすればこの町を守れるのかな」
「君の力があれば必ず守れる」
「わかった。それじゃ、さっさと行こうじゃないか」
「武器は必要ないのか?」
「使ったことないしいらないよ。魔法があるんだからなんとかなりそうだし。なあカレン」
「そうですね、行きましょう」
カレンの一言に環は不思議そうな顔をした。
「カレンも来るのか?」
「ええ、タマキ様のお世話役ですから」
スケルトン軍団が見えるところまで到着した環は、その軍団の数に驚いていた。
「これはすごいな、見渡す限り骸骨って感じだ」
「スケルトンはそれほど強くないモンスターですが、これだけ数が集まると厄介です」
「こいつらの攻撃はストーンスキンを使ってれば大丈夫なのかな」
「普通はそうはいきませんが、タマキ様ならスケルトンの攻撃は問題になりません」
「わかった。それじゃあ、ちょっと行ってくるか」
環は兵士達に向き直った。
「ちょっと行ってくるけど、みんなはここにいてくれ。怪我とかしてほしくないからね」
そう言って、環は腰を落として走り出すように構えた。
「タマキ様、スケルトンを操っている魔女がいるはずです。その魔女を倒せばスケルトンは自然に消滅します」
「わかったよ、それじゃ行ってくる。ストーンスキン! バースト!」
爆発と共に環は砲弾のようにスケルトン軍団の中に飛び出していった。その突撃だけで数十体のスケルトンがばらばらになった。環はゆっくりと立ち上がって辺りを見まわした。
「こんだけ骸骨ばっかりっていうのも壮観だな」
周囲のスケルトンが一斉に切りかかってきたが、防ぐこともせずにそのまま剣を体で受け止めた。一太刀たりとも環の体を傷つけることはなかった。
「この程度なら1人でどうにでもできそうだ」
そうつぶやいた環にスケルトンは次々に襲いかかってきた。
「バァァァァァァァストォ!」
全身に魔力をみなぎらせての凄まじい爆発がおこった。半径5メートルのスケルトンは跡形もなかった。
兵士達はその光景を見て呆然としていた。ただ1人カレンだけは特に驚いた様子もなかった。
「本当に非常識な人ですね。あれはもうバーストではない新しい魔法ですよ」
「確かにそうですね」
兵を率いていたバーンズはやっと驚きから開放されて、カレンに声をかけた。
「これは勇者様だけで何とかなってしまいそうな様子ですが」
「そうですね。タマキ様はまだ加減というものがおわかりになっていないので、下手に動いたら巻きこまれてしまいます。危なくなる様子があるまではじっとしているのがいいでしょうね」
「危なくなると思いますか?」
「なりませんよ」
カレンの視線の先には、次々とスケルトンを撃破していく環がいた。