Life EX5-3 彼女の場合 その3
栃木県宇都宮市、陽西通りに面した、定員15人ほどの小さな飲食店は、毎朝活気に満ちあふれていた。
「おはよう、お父さん。」
高校2年になった娘が、店のキッチンに立っている。その横には、店主たる彼女がトースターと格闘していた。
「おはよう。今日もトーストの焼き加減チェック?」
「うん、なんか、これをしないと、モーニングセットをうまく出せない気がする。」
カウンターで、娘と並んで朝食を取ろうとしているうちに、常連の年配の男性...と言っても、70ぐらいだろうか、紙袋に何かを持ってお店に入ってくる。
「おはようさん、さっき、鹿沼の山で取ってきた山菜、持ってきたぞ。」
「いつもありがとうございます。あ、僕と娘は、そろそろ出かけるんで、店主に渡して上げてください。今日は夕方に山菜の炊き込みご飯がでてきますよ。」
「そりゃ楽しみだ。二人とも、気をつけて行け。」
「うん、行ってくるね。おじいちゃんもゆっくりしていって。」
オープン1年、客足は上々と言ったところ。壁一面、ハシゴすら完備した巨大な本棚には過去30年近い漫画が並ぶ。カウンターの両脇には畳を敷いた上がりのスペースと、普通の喫茶店のようなテーブル席、そしてカウンターの隅には駄菓子コーナーがあり、彼女の夢が詰まったとも言える、......これ、何のお店?
営業時間は7時半から20時。保育士免許を持ったアルバイトさんを一人雇い、開店と同時に年配の常連さんが顔を出し、新聞を読みつつモーニングセットを食べている。午前中は子連れの主婦層が集って、彼女も混じって半分井戸端会議、年配の方々が孫感覚で子供の面倒を見る。そこをアルバイトさんがフォローしている。11時を過ぎればランチタイム。近くの小さな工場やオフィスから人が集まる。昼間はセルフサービスらしく、カウンターから椅子は片付けられ、相席が当たり前の大衆食堂のような様相。午後も3時を過ぎれば、近くの小学校から下校してくる小学生が、駄菓子とWiFiを目当てにやってくる。ある子はゲームをしながら、またある子は毎日漫画を読みながら、駄菓子をお店の中で頬張る。そこに娘が帰宅、同時に高校生のたまり場のようにテーブル席でガールズトーク。アルバイトさんと変わって娘がお店に立ち、看板娘のように朝から居座る年配の常連さんに可愛がられながら、友人の接客をする。そして姉のように小さい子供や小学生の態度の悪さを注意する。やがて、仕事帰りの単身者が夕食代わりに立ち寄り、彼女に人生相談を持ちかけ、彼女は親身になって答える。そんな1日。
僕が彼女に驚いたのは、その客層の絞り方だった。
オープンした時に作ったチラシは、ほぼ病院、しかも産婦人科や内科などを中心においてもらった。あとは、毎月のコミュニティ紙に広告を出しているだけ。最初は物珍しさもあって入ってきたお客さんだったが、だんだんと顔ぶれは固定され、さっきの年配の男性のように、ほぼ毎日来店しては、他の常連さんと話をしている。言うなれば、病院の待合室、老人介護施設のデイケアルームみたいなものだった。
ただ、ここでは朝食が提供される。大した額ではないとは言え、モーニングセットで600円。しかし、朝は月に20日以上来店される年配の常連さんが大半を占めていた。彼女は、東京に住んでいた時にコミュニティ紙の記者や編集、広告営業など、あらゆることをやっていたこともあってか、孤独化する年配者、希薄になる世代間、そしてキャッシュレス時代にお金の使い方を知らない子供がいることを知り、そこにターゲットを絞った。ここは喫茶店という体を成した、コミュニティセンターとなっていたのである。やがて、産婦人科を受診した子連れの主婦が立ち寄るようになり、さらに場所柄か、小さな工場や事務所の多い土地柄、ある程度の固定客が付くようになった。午後は学生が集い、娘にお小遣いという名のバイト代を払って、近くの単身者が集まってくる夕方や夜を回す。アルコールは一切出さないが、持ち込みは可、ただし、問題を起こせば出禁という厳しいルールがある。コンビニでハイボール缶を買ってきて、夕食を食べる常連も多いが、おおよそ近所の社宅などに住んでいるような人間が多い。さながら男子校の食堂だった。だからこそ、娘はちやほやされる。もっとも、娘は気に留めることすらしていないが...。
当然、客単価は低い。むしろ、回転率の高いランチタイムや、夕食時のほうが客単価は上がるが、そこをメインにはしなかった。だから、ランチは鶏の唐揚げ定食と豚の生姜焼き定食、それをカレーライスに載せたものという4種類。夕食時には、先程のように常連さんが持ってきた食材などを織り交ぜつつ、僕らの夕飯と同じものしか出さない。店主のおまかせディナーというやつらしい。駄菓子の販売まで計画していたとは思わなかったが、これもドンキで買ってきたものを定価で売っているだけ。正直、ガソリン代を考えれば赤字だ。店内WiFiだって、自宅の回線をそのまま使い、ネットワーク分離はしている。僕の趣味の延長線上にある。子供達の自宅よりも速いという子供の声を聞くが、それは僕のこだわりでもある。小学生にはお店側から門限があり、18時には帰宅を促した。あくまで託児所ではないという意思表示とともに、ここは店であるという意識の植え付けだった。昔は地域の公民館や個人商店が担っていた役割を自分のお店に植え付ける。あらためて20年近いコミュニティ紙の記者目線でしっかり分析していたのだと思う。
個人商店ゆえ、彼女に休みというものはない。本人はもう生活の一部として、お盆休みと正月休みを除けば、ほぼ毎日店に立ち続けている。僕や娘が休みを取っても、彼女だけはお店のカウンターキッチンで、時には椅子に座って談笑し、お客さんが少ない時間帯にはウトウトしていることもあるらしい。しかし、この店には、そういった空気を許容出来るお客さんが来ている。不思議なもので、彼女=お店というイメージが出来ている。加えて、18まで宇都宮で暮らしていたから、土地柄もよく分かっている。結果、店は短時間で地域に馴染むことが出来た。
「あれ、今日は旦那さんが夕食係?」
「あ、うん。敵城視察らしいよ。大したものを作れるわけじゃないけど、食べていく?」
「旦那さんの作る料理、奥さんよりも男飯って感じで、俺達は好きですよ。ご飯も大盛りだし。」
「...お母さんに言っておく。明日はお金を払っても、料理が出てこないかもね。」
「店長には黙っててよ。看板娘にそう言われちゃうと、俺達は近くのスーパーでお惣菜なんだから。」
「お父さん、この人たちには、お惣菜でいいんじゃないの?私、30%オフのお惣菜買ってくるよ。」
「......身も蓋もないな。でも、あの子はそういう子だから、みんなも気をつけたほうがいい。下手すれば出禁になりかねないからね。」
「せめて庇ってくださいよ。旦那さん。」
「残念ながら、長男が一人暮らしを始めてから、僕の立場はだんだんと弱くなってるから。で、今日は......チキンソテーにでもするけど、それでいい?」
工場の技師をやりながら、ときにはこのお店で夕食作りをしている。僕の人生にはなかった世界だったが、目の前で美味しそうに食べてくれる人をみると、彼女がこのお店を作りたかった理由も分かった気がする。
「今日も閉店っと。お疲れ様。仕事で疲れてるのに、ごめんね。ちょっとだけ、繁盛している近くのお店の時間帯が見てみたかったの。」
「気にしなくていいよ。しかし、まさかこんなに流行るとは思わなかった。固定客とはいえ、お金を落としてくれれば何も文句を言えない。」
「ふふふ、やっぱり、あなたがしっかりと運営計画を絞ってくれたからだよ。私一人じゃ、このお店は潰れてたと思う。」
「そう言われてもさ、駄菓子を売って、座敷のスペースに小学生が溜まるなんて世界は浮かばなかったからさ。」
「お店というより、ランドマークみたいなものになってきてるのかもね。お母さんたちもここなら大丈夫だって思ってくれてる。流石に託児所ではないけど、そういう感覚でここにいてもらえると嬉しいね。」
「なんか、昔ってさ、子供もお年寄りも、街全体で世話を焼きながら生きてたような気がするよね。あなたがこの発想に至ったのって、やっぱりそういう経験?」
「私にはそんな経験はないの。でも、三世代で生活している家族が、昔からうらやましく見えてた。不思議と支え合ってるように見えたの。」
「僕は父方の実家に住んでたけど、祖父と父親の仲が悪かったし、家はギスギスしてた。でも、祖父は妹を可愛がってたんだよね。僕は、まあ、あんまりいい思い出がないか。」
「......辛いことを思い出させちゃったね。」
「昔は、子供は国の宝ともてはやされ、今はロクに両親にご飯すら与えられない子もいるという。そんな世界も変だと思うけどね。」
「そういう子達がいないようになる世の中がいいけど、少しはそういう体験をここでしてほしいと思う。お年寄りを敬う気持ちを持ってほしいし、両親も色々な人たちが自分の子供に愛情を注いでもらってるってことを知ってほしい。」
「......楽しそう。」
「楽しいよ。好きなことが出来てるんだもん。」
「...あのさ、二人にはちょっと悪いんだけど、思春期の娘に聞かせるような会話?」
「そうかな?私は、あなたに聞かせてもいいと思ってるけど。私と同じ思いをしてほしい。私と同じ思いを持ってほしい。」
「う~ん、お父さん。お母さんって、こんなに不思議ちゃんだったっけ?」
「昔からこんな感じだよ。その分、...(娘)がしっかりしてくれてるから、僕はホッとしてる。」
「お兄ちゃんもこんな感じで不思議な感覚だったのかな?」
「あいつはどこか抜けてるところも多いし、妄想で物事を言う感じはあるよね。...(娘)が僕みたいになっていくのも、仕方がない気がするよ。」
「そうなのかな?う~ん。」
「でも、ハキハキとものを言うところは誰に似たのか分からないな。もしかして、過去の彼氏とかに言われた?」
「彼氏いません。なんなら、ここにいるほうがちやほやされるよ。同級生に好みの人がいればって思うけど、好みと好きって違うかなって思って。」
「分かる。この人も、私の好みってわけじゃないもん。」
「そりゃ、僕はかっこよくもないし、超人じみた能力もないよ。ゴムゴムの実も食べてないし、飛伝御剣流も使えない。有馬家のように医者の家系でもないしね。」
「だから好きなの。お父さんは自慢の父親だと思わない?」
「自慢していいほどのお父さんじゃない気がする。でも、私のお父さんは、やっぱりお父さんだけだと思う。お母さんも、そう思って結婚したんでしょ?」
「ふふふ、昔はもう少しスラっとしてて、かっこよかったんだよ。それに、いまでもいたずらしてくるしね。」
「なにそれ、ただのセクハラオヤジじゃん。...なんか、私がしっかりしなきゃって思った。」
「あれ、がっかりさせちゃった?」
「違う、彼氏が出来たりしても、お店で仕事をしながら付き合おうって思っただけ。お母さんだけに任せたら心配だもん。」
「言われてるよ。ま、でもその通りになっちゃいそうだね。そのときは、僕もお店だけに絞ろうかな。」
「いやいや、お父さんまでお母さんの趣味に付き合う必要はないと思うよ。」
「ま、...(娘)が大学生になった時に考えようか。その後でも遅くはない。」
「そうだね。...(娘)も16歳か。あ、なんかドラクエみたい。起きたら王様に挨拶に行く?」
「......そういうところだよね。お母さんの変なところ。それ、何の話?」
「気にしなくていいよ。しかし、ゲームやってる時間とか、よくあるよね。」
「今はSwitchって魔法のゲーム機があるんだよ。スマホより触れてる時間が長いかも。」
...息抜きをうまくやってるのか。案外、小学生に混じってゲームをやってたりするのかもな。しかも、今更ドラクエ3をやってたのか...。
つづく




