Life 142 守り守られの関係性(娘>大人)
「お、久々に見た。Jordan Eclipse。」
「長持ちしてるでしょ?この前、クリーニング屋さんに出してきたんだ。」
「今ってスニーカーもクリーニングしてくれるんだ。」
「そうだよ。あ、オトーサン、知らなかったね?」
「知るわけない。だって基本はスーツ着ないし、ワイシャツをクリーニングに出すことないしね。」
娘の持ってるJordan Eclipse。2018年に彼女がタイムスリップしてきた時、JORDANの白いキャップとともに、未使用品の白いスニーカーとして取られたもの。真っ白いスニーカーだったけど、久々に見ると意外と黄色い。いや、黄ばむか。
「あの頃、僕のものをお守りだって、色々身につけてたよね。」
「怖かったんだよ。オトーサンはあの頃、私を守ってくれる存在だった。お守りみたいに、私を守ってくれてたんだよ。」
「心細かったんだよなぁ。あの頃はずっと一緒にいたもんね。」
「若い奥さんだと思ったでしょ?」
「まだまだ少女だった。でもさ、あの頃僕が見つけてなかったら、君はどうなってたのか、今は想像がつかない。あの時、僕の目の前に現れてくれて、僕も君も幸運だったと思ってる。」
「そうだよねぇ。あの時、私が声を掛けて、野木駅のベンチでガリガリ君を食べながら、どうしようか考えたよね。」
「そんな少女が、立派な女性になって、あと半年後には社会人なんだもんね。」
「そう。だからさ、このスニーカーもクリーニングして、また一緒に出かける時に履きたいなって。」
「......前々から思ってたんだけどさ?」
「何?」
「それって、確か26cmだったような気がするんだけど、君の足のサイズって、そんなに大きいの?」
「私の足のサイズ?う~ん、25cmだから、インソールを入れてるよ。もらったときは、靴紐をきつく縛ってたけど、インソールを100円ショップで買って、それからは普通に履いてる。」
「靴底は?」
「案外減らないね。このスニーカー、昔はどこに行くにも履いてたけど、すぐにサンダルだったり、自分専用のスニーカーを買ったりしてたから、実はとっておき。」
「そういえば、キャップは?」
「キャップはさすがにしまってるよ。黄ばんできてて、もう落ちないんだって。」
「そっか。新しいの、買う?」
「案外そういう格好、好きだったりする?」
「うん、いいと思う。僕は好きだよ。黒髪ロングヘアで、前髪ぱっつんの君が真っ白なキャップを被ってるってギャップが好き。」
「その好きっていうのは?」
「両方かな。僕の理想の恋人なんでしょ?同時に、もう一度娘って証拠にもなるかなって。君はそういうところ、意外とこだわるけど、僕はどういう立場でも好きだよ。」
「たぶらかされそうだね。うれしいよ。そういう軽い感じ。でも、ドロドロだよね。私たちの関係。」
「親子で済めばいい関係でもなくなってきてる。君はもともと僕を恋人として見てたんでしょ?」
「私の『オトーサン』って呼び方、最初はなんとなく呼んでたけど、やっぱり私は君の娘に見えないみたいだって言われてるしね。」
「...それって、君の姿勢の問題?」
「う~ん、私は父親に甘えてるって感覚なんだけど、大学の友達にはそう見えるんだって。」
「だって、そう見えるもの。二人とも、無自覚すぎるのよ。」
「あれ、いつの間に帰ってきてたの?」
「......そういう態度よ。やっぱり私とは離婚して、この娘と結婚すればいいんじゃない?そういう態度を取られちゃうと、私はあなたの妻であるより、愛人で生きてみるのも面白そうに思えてきちゃってるの。」
「...なるほど、複雑な関係な割に、シンプルな感情論だったりするね。」
「だって、あなたに愛してもらえるなら、私は特に気にしないもの。今はこの娘に寝取られる立場だけど、寝取る立場も面白いかなって。」
妙に機嫌がいい気がする。最近の妻にしては、ずいぶんと皮肉や冗談を言える気がしてる。
「なんかいいことでもあった?」
「う~ん、去年の私は、自分の仕事を理解していなかったなって思えてるの。あの子達の上司でありながら、どこかあの子達の面倒は見られなかった。」
「優秀な本当の部長がいるわけだし、君の会社での立場は僕からしたら憎むべき問題だと思ってる。けど、そうじゃなくなってる?」
「今は外回りも少なくなったし、じっくり腰を据えて、嘱託の重鎮たちと話をしながら思ったのよ。会社の指示だったとは言え、私は優秀な諸先輩方を切り捨ててしまっていないかって。」
「ふ~ん。それで、その話を聞いて、なんでいいことだったのかなって気になるけど。」
「私が相手をさせられていた外部の人間との中で、私は私の会社の立場を勝手に決めてたのかもしれないことに気づけたの。単純にその嘱託の方々に褒められて、有頂天になってると思って。」
「客寄せパンダが、実は社内の潤滑油として動いていた事実に気づけたってわけ?」
「皮肉ねぇ。でも、そんな感じかな。去年の私を見ててもらえただけでも、私は少しだけ嬉しくなった。部長補佐にいいようにスケジューリングされて社長と営業方のコマとなりながら、社内では非情な態度を取っていた人間に、責任者としての立場を全うしてるだけなのだからと気まで使ってもらって、嬉しくなった。それだけ。単純な人間なのよね。」
「おねえちゃんの立場になると、誰も褒めてくれないから嬉しかったんでしょ?なら、いいことだと思うよ。」
「そうね。あの子達の上司としてきっちり面倒も見られるようになったし、嘱託社員の方々にも、私の立場を理解してもらったうえで、社内に残している理由を知ってもらったの。でも、お見通しだったみたいね。半分は補佐のおかげだけど、世代間の穴埋めをすることと、社員という立場ではあるけど、どこか擬似的な親子のような立場になってしまう場合ってあるじゃない。そういった目線を持って、彼女たちを可愛がって、指導してくれたことに感謝しかない。おまけに、私を立ててくれるわけだし。」
「君も娘扱いされてるような気がするけど?」
「事実、あの方たちも60代前半。社長と同じ年代。社長が人事部長だった時代を知っているから、やっぱり戦友みたいな意識があるのよね。あるいは、社長が前もって話をしていたか。どちらでも構わないけど、私たちがその中で成果を上げる手助けをしてもらっているから、娘扱いされて当然よね。きっと、社長も私をそういう目で見てると思う。そうじゃなきゃ、あの時一蓮託生となって、私のわがままを聞いてくれていないと思えるようになったのよ。」
「......君の会社の社長さんに会うことは出来ないと思うけど、面白い感覚を持っていることは理解したよ。でも、僕には憎むべき存在かな。自分の妻を自社の客寄せパンダにした事実は擁護出来ない。」
「そう思ってもらえる夫がいることが幸せなのかもね。そういうわけで、愛人になるのはやめるわ。アンタはもうしばらく愛人のままね。」
「別にどうでもいいよ。オトーサンが私の恋人なのも事実だけど、私の父親だってちゃんと言えるようになったから、私はどっちでもいい。」
「強がっちゃって。でも、アンタにも感謝してるし、私とあなたしか分からない世界も、感情もある。帰ってきて、リビングでイチャコラされてたら、そういう皮肉を言いたくもなるって知っておきなさい。」
「おねえちゃんに言われたくないもん。あ、もしかしておねえちゃんも、オトーサンからなにか貰いたいんだね?」
「私は自分の情欲に付き合ってもらってるだけで十分。それに、私はこの人より稼いでるし、逆にこれなんか、この人がいらないってくれたものよ。」
あ、まだ僕のあげたiPhoneSE2を使ってるんだ。真っ赤にデコったけど、使ってくれてるだけマシかな。
「そう言えば、最近iPhoneのフィットネスのログが、Apple Watchのデータと同期しないのよね。いい加減、寿命かしら?」
「2年ぐらい使ってるんだっけ?寿命だったら、僕らのApple Watchも同じじゃないかなって思うけど。ま、ちょっとあとで調べておくね。」
「お願い。私、なんだかんだで、やっぱりトレーニングして、無心になる時間が必要なの。ワークアウトのログぐらいはしっかり取っておきたいから、頼むわね。さ、アンタも着替えて、夜のトレーニング行くわよ。」
「夕飯は?」
「この時間に帰ってくるんだから、当然食べた後。既婚者同士で、ラーメンを食べて、少しだけ愚痴を話すだけで、次の日に出社出来るなら安いものよ。」
「ああ、後輩さんね。そう言えば、子供の話はどうなったんだろうね?」
「アイツの旦那さんも変わり者よね。若いんだから、もっとがっつけばいいのに、なんか身構えちゃってるらしいわよ。そろそろ結婚して1年だけど、相変わらずエッチしてないみたいだし。」
「おねえちゃんさ、私たちの中ならいいと思うけど、流石に別の家庭の性事情を私たちに話すのはどうかと思うよ?」
「...怒られちった。まあ、正論よね。アンタが常識的な人間で、私たちは助かってる証拠ね。」
「はいはい、んじゃ、準備しよ。おねえちゃんはどうせ2倍でしょ?」
「あったりまえよ。明日は確実に胃もたれする脂っこい食事をしたんだから、不忍池をまるっと一周してくる。アンタがいつものコースでも、私は十分追いつけると思うわよ。」
脳筋だよなぁ。この人の身体能力は落ちることがないから、余計に普通だと思えてしまうのが嫌だな。ま、それは一緒にお風呂に入って、飲み込まれる僕が言える立場じゃないか。
「お風呂、洗って沸かしておくよ。明日に残らないように、ほどほどにしてね。」
「あら、あなたがお風呂で待ってくれていてもいいわよ。それぐらい、今の私は変な充実感に満ちてる。あなたと一緒にお風呂に入れば、完璧に整うわよ。」
「僕が遠慮する。今のあなたには絶対に勝てない。弱者なりに、情けない自分を晒すのも嫌なんでね。」
「あん、お預けなんだから。ま、もっとやられたら、君に頼りっきりになっちゃうし、今日は大丈夫そう。ゆっくりとアニメでも見てなさいな。」
「......ラブコメアニメ、三人で見てて、ツッコミ入れるのが好きなんだけどなぁ。」
ちなみに、この日は定例会はなかった。でも、娘が珍しくものをおねだりしてきた。
「ねぇ、やっぱり、白いジョーダンのキャップ、買ってほしいかも。」
「え、なんで?」
「夜のランニング、いくら蛍光素材のトレーニングウェアを着てても、やっぱり頭で髪の毛をまとめるのに、キャップ必要かなって。」
「......ま、2代目を買ってあげるよ。今度、一緒に近くのナイキストア行こう。」
「デートだね。」
「誘った上に、おねだりしたのはそっちなんだけどな。」
「おねだりついでに、どこかでしたいかな。」
「親子じゃないよなぁ。僕らの関係って、やっぱり恋人なのかな?」
「理想の恋人なんでしょ?なら、恋人でいいじゃん。私はそういう時、そう思ってるよ。あ、だからパパ活っぽいんだ。」
「自己解釈で理解しないでほしいけど、恋人じゃ当然の流れかな。たまにはそういうことも必要だしね。」
「やっぱり、君は私の恋人だね。そういう無理やりな切り替え方も、大好きだよ。」
つづく




