25話 少ない手がかり
教会に着いた私たちは、気絶した人達の介抱の手伝いをするためと言い、中に入れてもらった。
予想していた通り、阿鼻叫喚な現状に息を吞《の》んでしばらく見ていたが、棒立ちになっていても邪魔になると思い、それぞれ出来ることをした。
ゾーイは気絶している人達のおでこに水で濡らし、軽く絞ったタオルを乗せ、エヴァンは発狂して暴れている人を押さえて、気絶させている。
外にある水汲み場から運ぶ手伝いをしようとしたけど、『俺の視界から消えると守れなくなる』とエヴァンに言われ、私は教会の中でゾーイの手伝いをしつつ動き回っている。
「あおいやつが……」
「あれはひとじゃない……」
「やめろ! 近づくな!」
ある程度落ち着いてきたころ、寝ている人たちの魘されている声が聞こえてくる。本当はずっと言っていたのかもしれないけれど、忙しすぎて自分が聞こえていなかっただけだと思う。
青いだの人じゃないだのと、寝ている人達が今も言っている。
青くて人じゃないだけじゃまだ分からない。もっと情報がいる。
クトゥルフについて私はそこまで詳しくはない。ただ、知っている生物なら何をどう対処すればいいのかわかる。
もし、知らない生物が出てきたらお手上げだけど。
電波があってネットで調べられたらもっとよかったのにって、無い物ねだりになるな。
「あかり、平気か?」
「うん、大丈夫」
「……得られたものはあったか」
私の近くに寄り、顔を近づかせて小声で語り掛けるエヴァン。私が何をしようとしているかわかっているからこその発言かな。
「ちょっとだけかな」
「青く人では無い、か?」
「うん」
エヴァンも聞いていたようだ。あれだけ魘されて、大きい声で言っていたら響くよね。ここ教会だし。
「そこから導き出せるか?」
「まったく、かな」
「そうか。もう少し探ってみるか」
小声でのやり取りが終わり、エヴァンは新たな情報を集めるために、私の元から去っていく。入れ替わるようにゾーイが来た。そして、また抱きしめられた。癒し枕的な存在に私がなっているのかなって、ちょっとだけ思った。
「何を話してたのかしら?」
「今回の原因は何かってことだけだよ」
「何か情報になること言っていたかしら?」
「言ってたよ」
意識不明者の対応が忙しすぎて聞こえてなかったのかな。ゾーイを私の近くに招き寄せて、小声で先程までエヴァンと話してた内容を伝えた。秘密にすると約束して。
「よく分からないけれど、無理はしないことよ?」
「ありがとう。休みながらしてるから平気だよ」
「それなら良いわ」
私から少しだけ離れてから隣に座ると、ゾーイは周りを見渡していた。状況が落ち着いてきたとはいえ、まだ忙しいことに変わりはない。
遠くでエヴァンが見回りをしている。最初来た時は暴れている人が数人いたけれど、今はまったくいない。次々にエヴァンが処置していたからだ。
慣れているからかもしれないが、手際がいいのはゾーイも同じ。
何かのプロってすごく憧れる。自分が凡人だからこそだ。私の羨望は本人達からすれば、自らの努力により得たものなのは分かってる。それでも、何もない人からすると憧れるし、小説の中の人物だとはいえ、惚れてしまう。
だけど、世の中にはそれに嫉妬する人もいる。もちろん自分だって嫉妬はする。人間だもの。
それでも言わない。相手に嫌な思いをさせたくないから。
「あかりちゃん、どうしたの?」
「なんでもないよ。ただ、2人がかっこいいなって思ってただけ」
「ありがとう!」
隣に座っていたゾーイが、感極まって椅子を押し倒してしまいそうな勢いで私に抱きついてきた。
小さい子供が好きとは書いたけど、私はもういい大人だよ。
「抱きつくの好きだね」
「抱き心地がいいのよ」
ゾーイの顎が私の頭の上にのっている。身長差が20センチくらいあって抱きしめられた時、ちょうどいい具合にはまっている。その気持ち分かるよ。小さくて体にすっぽりはまるものって抱き心地いいからね。それがすべすべだったら尚更いい。自分は少しだけ乾燥肌だからすべすべではないけれど。
「抱き合って何してんだ」
見回りしていたエヴァンが戻ってきて、私たちを不思議そうな顔をしながら見ている。
「お疲れ様。何か分かった?」
「青く人ではない以外は出てこなかった」
肩を竦めながら首を横に動かしている。
「そっか……。ここでの用事は終わった?」
「俺はな」
「私もなさそうよ」
「じゃあ、いったんギルドに報告しに行こう」
私の腰に回していた手を離し、立ち上がって教会のドアへと向かって行く。