007 作業分担
006と同時に投稿していますので、未読の方はそちらからお読みください。
1時間後。
「いやぁ……よかったな」
「流石はよっつちゃんだわ。雑談配信でここまでの撮れ高を生み出すとは」
雑談配信。
これほど配信者の手腕が問われるものもないんじゃないか?
こんなの、俺が今やったら10分も経たないうちにネタ切れしそうだ。
「七重」
「ん?」
「俺、やる前から自信無くしてるんだが」
「早すぎでしょ」
四つ葉うさぎ――彼女の配信は面白かった。
だからこそ、俺は充実感とともに危機感を抱いていた。
トークの面白さ。
それってつまり、そいつ自身の面白さじゃないか。
ただのオタクである俺には備わってない能力だぞ。
「フリートークって、話題ごとに自分の体験や考えを話すわけだろ。俺、だいぶ浅い人生送ってきちゃったから……」
「自虐が重い! 雑談配信だけやってくわけじゃないんだから大丈夫よ」
「そんなもんかねぇ」
「ゲーム配信とかもするんでしょ? まずはそっちで好きになってもらったりできるじゃない」
うーむ。
そういうものなのか?
初っ端に高レベルのものを見て、弱気になりすぎているのかもしれない。
「極端な話、好きな人の話だったらなんだって楽しく聞けるでしょ?」
「……なるほど」
「登録してくれた人達と話してるうちに、だんだんトークスキルも上がってくってわけ。ま、私はその登録者が少ないんだけど」
「それは正直フォローしづらい」
上手くいってないじゃねぇか。
というか、モデルがよくて絵も描けるこいつが伸び悩んでいるんだよな。
声だっていいのに。
反面教師とまで言ったら失礼だが、長月夜長の配信も1回見せてもらいたい。
そもそもの目的は、俺ではなくてそっちを人気者にすることだし。
「まぁ、いきなりよっつちゃんレベルを目指さなくていいってこと。弱気になったら負けだからね!」
「いいこと言うじゃん」
失うもの――というか、捨てるものは恥だけだ。
2ヶ月でどこまでいけるか分からないが、やってやる。
「やる気出てきた。長居しちまったけど、そろそろ帰るわ」
「オッケー。私も絵、頑張る」
七重がグーにした手を出してきたので、軽く拳を合わせて応える。
スポ根みたいなノリになってきた。
実際、多くの競争相手を相手に成り上がろうとするのだから似たようなものか。
「紅茶とクッキー、ありがとな。美味かった」
「……」
「なんだよ」
「クッキーは私の手作りだったりします」
へらっとはにかむ七重。
は?かわいいんだが?
顔の横で元気にダブルピースする姿は、幼少時となにも変わらなかった。
「あっ、作ったの昨日の朝だからね! 佑人のために作ったわけじゃないから」
「はいはい。じゃあな」
クラシカルなツンデレムーブに心が満たされた。
椅子を立ち、念のためこっそりカーテンをめくる。
……異常なし。
イレギュラーが起きる前にさっさと帰ろう。
窓を開け、ベランダに出て一息に柵を越える。
4回目ともなれば慣れたものだ。
自室の窓をくぐって振り向くと、七重がまだこちらを見ていた。
見送り感謝。
俺は軽く手を振ってからカーテンを閉めた。
「さて」
自室に戻った俺は、パソコンに向かった。
まだ22時前だ。
俺は忘れっぽいので、やることをリストアップしておきたい。
七重がモデルのラフを用意している間、俺も効率的に作業を進めたいしな。
少なくとも『え? それだけしかやってないの?』という顔をされない程度には。
表計算ソフトを開き、思いついた項目を入力していく。
女声のトレーニング。
入力していて「本当に? 本当に俺がこれやるの?」という気持ちになるが、現実から目を逸らしてはいけない。
今のところ、俺が用意できそうな武器はこれぐらいしかないのだから。
とはいえ、他にもやるべきことはいくらでもある。
配信環境の整備。
これも超重要だ。一番大事かもしれない。
俺は以前にゲーム配信をしたことがあるので、最低限の環境は満たしている。
しかしVtuberとしての配信はモデルを画面に表示させる必要がある。
七重に聞いたところ、それはパソコンにそこそこの負荷がかかるらしい。
念のため、スペックの見直しがいるな。
配信コンテンツの選定。
どんな配信を行うべきか。
ゲーム配信をするにしても、どんなゲームをプレイするべきか決めなくてはならない。
他のVtuberがプレイしているゲームだけでなく、独自路線も開拓していきたいところだ。
雑談系の配信でもトークテーマがあった方がいいかもしれない。
何かしらトピックを用意しておかないと、すぐに無言タイムにはいってしまいそうだから。
Tuitterアカウントの開設。
これはモデルが完成したらすぐに行うべきだろう。
モデルの立ち絵完成、名前と設定の決定、Tuitter開設の順だよな。
一般的には、Tuitterを作って少ししてから初めての配信に挑むそうだ。
そりゃ、Yowtubeチャンネルだけ作って即配信したって誰も見に来ない。
どうやって見つけてもらうんだって話だ。
コミュ力が試されそうで気が重いが、気になったVtuber界隈の人はどんどんフォローしてみよう。
「こんなとこか」
七重は数日かけて複数のラフを描くと言っていた。
Vtuberについての勉強と並行して、俺もやれることから手を付けていくとしよう。
ファイルを閉じてパソコンの電源を切り、部屋の電気も消してベッドに転がる。
眠くなるまで、四つ葉うさぎの過去の配信アーカイブでも見よう。
これも勉強。
暗い中で液晶を見るのは目には良くないが、トークメインだから画面を注視しなくてもいい。
あっ。
こうしてラジオ的な楽しみ方ができるのも、雑談配信の利点なのか。
「……2ヶ月どころか、2年あっても足元にも及ぶ気がしねぇ」
面白ぇもん。
四つ葉うさぎは2Dと3D両方のモデルを持っている企業系のVtuberだ。
所属はRainbow Live。
普段の配信では2Dがメインで、企業案件などでは3Dを使っているらしい。
どちらを使った配信も、清純な容姿とエキセントリックな内面のギャップが魅力的だ。
軽快なトークを子守唄に、俺は眠りに落ちていった。
___
朝7時に目が覚めた。
夏休みの大学生としては健康的な時間の起床と言っていいだろう。
何時頃に寝たのか定かではないが、よく寝れた。
珍しく頭を使っているからか、ここ数日は眠りが深い。
変な夢を見た気がする。
見目麗しい黒髪の学級委員長が、食べられる野草について熱く語っていたような――
それは寝落ちする前に聞いていた配信の内容だったか。
窓を開けて換気する。
8月とはいえこの時間なら暑さもまだマシだ。
七重の部屋はまだ雨戸が閉まっていた。
まだ寝てんのかな。
1階に降りると、沙都がトーストを食べていた。
この妹、何をしていても絵になる。
「おはよ、おにぃ。パン焼く?」
「俺はいいや。夜に……」
「ん?」
「なんでもない」
あっぶね。
『夜にクッキー食べたし』と言いそうになった。
現在、我が家にクッキーの買い置きはない。
夜の諸々は最悪両親にさえバレなければいいが、妹にも弱味は握られたくない。
こいつのおねだりも大概やばいのだ。
「ほっぺに食べかすついてるよ」
「えっ!?」
思わず頬に手をやる。
「うっそで~す」
「……お兄ちゃん、そういうの嫌いだな」
「夜中にお菓子でも食べてたんでしょ? 歯は磨かないとダメだよ~」
怖ぇ~!
たまにエスパーなんじゃないかと思う。
七重の部屋で手作りクッキーを食べたとまでは、流石に看破されているはずもないが。
沙都の追及から逃れるように、台所で麦茶を入れる。
「今日も家から出ないの?」
「俺を引きこもりみたいに言うな。夏休みだからいいんだよ」
「ずっと家にいたってやることないっしょ」
「いくらでもあるだろ」
ゲームをするとかアニメを見るとか。
漫画や小説を読むとか。
あとは――配信をしたり。
「お前こそ、外で遊ぶだけじゃなくて宿題もやれよ」
「分かってるよぉ」
俺なんかが言わなくても、こいつはやることはちゃんとやる。
兄と違って優秀だから。
俺も自分にしてはそこそこいい大学に合格できたが、沙都は今の調子なら推薦で一流の大学にいける。
両親が兄妹を比較するようなことをしないのが救いだ。
その両親はというと、2人ともまだ寝ているらしい。
「俺も今日から課題を頑張るから」
「偉いじゃん」
「偉いだろ」
そう。
Vtuberとして活動を始めるにあたって、こなさなければならない課題は山積みだ。
麦茶を一気に喉に流し込み、俺は自室へと戻った。
妹の言いつけを守り、歯をよく磨いてから。
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活動報告もこまめにしていくつもりです。




