005 市場調査
意外とよく寝れた。
目が覚めると、既に日は高く昇っていた。
布団に入ったときは脳が興奮状態だったものの、想定外の展開が続いて疲れていたらしい。
スマホで時間を確認すると、11時。
「ほとんど半日寝たのかよ」
今日はバイトもないし、夏休みの大学生なんてこんなもんか。
昨夜のことは全部夢だったんじゃないかとも思ったが、それはスマホに届いていた「次の作戦会議は今夜。それまでに市場調査すること!」というRINEのメッセージに否定された。
寝ている間に受信していたらしい。
それはいいが、会議のペース早くないか?
窓は開けっ放しにしておいたので、カーテンが軽く揺れている。
とはいえ風はカーテンを強くひるがえすほど強くはないので、外は見えない。
カーテンの向こう、ベランダを越えたその先の、七重の部屋。
俺は昨夜、確かにそこにいたのだ。
「……感慨に浸るほどのことじゃないわな」
まずは寝汗を流そう。
それから何か食べて……昼過ぎには業者がエアコンを直しにくるはずだ。
修理が済んだら界隈について調べるとしよう。
そんな段取りを立てながら部屋を出ると、妹の沙都と出くわした。
「出かけるのか」
「ん~、夕飯までには帰るよ」
沙都は16歳。
高校1年生。JK。
我が家には、花のJKがいる。
俺はシスコンではないが、それでも沙都は美人だと思う。
そう。美人だ。
16歳にして『かわいい』というより『綺麗』という表現が似合う。
俺よりだいぶ背が高いし、顔立ちもどことなくハーフっぽい(うちの両親はどちらも日本人だが)。
身長が高いだけでなく、明らかに手足が長い。
白いブラウスに青いフレアスカートという清楚系ファッションがよく似合っている。
中身はけっこうギャル寄りなのだが、初見でそれを見破れる人間はなかなかいない。
大した擬態だ。
「おにぃもたまには出かけたほうがいいよ?」
「あいよ。鍵は俺が閉めとく」
「あんがと」
幸いにも我が家の兄妹関係は良好。
むしろ、沙都はもう高校生だというのに俺にベタベタし過ぎな気もする。
今のところは慕われているが、しっかり者の妹がいつ俺に愛想を尽かさないとも限らない。
兄としての威厳を見せるチャンスは巡ってこないものか……。
そんなことを考えながら、沙都に続いて階段を降りる。
ベージュのロングヘアーが綺麗になびいていた。
「そういや母さん達は?」
「買い物。夕方には帰るって」
ふむ。
ってことは、しばらくは家に俺1人か。
ゆっくり勉強できるな。
無論、大学の課題を進めるわけではない。
Vtuber界の下調べだ。
「おにぃ」
「ん?」
玄関で靴を履きながら、沙都が振り返った。
「なんかいいことあった?」
「別に?」
「うっそだぁ~」
にぃっと笑う沙都。
なんだ?
まさか昨日のことに気づいている?
いや、そもそも昨日のは別に『いいこと』ではないよな……。
「何もないって」
「そうかなぁ? まぁいいや、戸締まりよろしく」
そう言って沙都は出かけていった。
ドアを閉め、鍵をかける。
あいつ、妙に鋭いところがあるからな。
ベランダを渡るところなんか見られないように気をつけないと。
「とりあえずシャワーだな」
俺の水浴びシーンに興味がある人間はいないだろう。
割愛させてもらう。
適当にバッとシャワーを浴びて、適当なシャツと短パンに着替えた。
「涼しい……神か……?」
シャワーを浴びる前にリビングのエアコンをつけておいて正解だった。
もうここから出たくない。
沙都から外出を勧められたばかりだが、コンビニに行く気力もない。
俺は冷凍庫に入っていたピザを温め、早めの昼食にした。
『Vtuberって? 仕組みは? どうやるの?』
『このVtuberの歌唱力がやばい』
『人気のVtuberが地上波に登場! 芸人との掛け合いも要チェック!』
「色々引っかかるのな」
スマホでちょっと検索しただけで、Vtuberについての情報がいくらでも出てくる。
俺も全く見てこなかったわけじゃないけれども、こんなに流行っているとは……。
7000人超えてるんだから、少なくともネット上では日々話題にもなるか。
食後の麦茶を飲みつつ、適当に動画も再生してみる。
そうだ。
七重は配信配信って言ってたけど、生の配信じゃなくて動画を投稿するって手だってあるんだよな。
作戦会議ではそのあたりについても話し合う必要がある。
それにしても、Vtuberって凄いな。
3Dでこんな動くのか。
歩けるし、ちゃんと表情も変わるし、本当に生きているようだ。
「違うか。実際に生きてるんだもんな、この人達」
漫画・アニメ・ゲームといった文化に触れない人間――たとえば俺の両親。
そういった相手にVtuberを説明するとしたら、どうする?
俺なら配信画面を見せて「このキャラ、人がリアルタイムで動かしてるんだよ」と言う。
それがVtuberの本質などと言うつもりは毛頭ないが、分かりやすくはあるのではないだろうか。
一般人に対して初めから「中の人なんていないんです」というノリをゴリ押すよりは、一定の理解を得らえると思う。
っていうか――いいじゃん。
検索してすぐに出てくるようなVtuberは、やはり人気者なだけのことはある。
ある動画ではコミカルに動き、ある動画では流行りの曲を歌っている。
定期的に生配信を行い、視聴者のコメントを拾いながら雑談をする者も多いようだ。
「この子もいいな……今夜配信あるんだ? 見てみるか」
どんどんチェックして、気に入ったら登録していった。
30分ほどしてエアコン修理の業者が到着した頃には、俺の『登録チャンネル』の欄には7つのVtuberチャンネルが並んでいた。
「これ普通にリスナーになっちまうな」
前にも軽く触れたが、俺は一時期声優に入れ込んでいて、ラジオなんかもよく聴いていた。
たまたま触れてこなかっただけで、Vtuberにハマるだけの素養はあったようだ。
さらに1時間が過ぎ、エアコンは無事に直った。
ありがたい……!
室外機のファンを回すためのモーターが壊れていたらしい。
「すいません、時間かかってしまって」
「いえいえ。連絡して次の日に来てもらえて助かりましたよ」
動画を見てたらあっという間だったし、待ち時間は全然気にならなかった。
それより、視聴途中だった動画の続きが見たい。
はやる気持ちを抑え、業者を丁重に見送った。
そしてリビングのエアコンの電源を切ると、俺は階段を駆け上がった。
自室に入ってドアを閉め、パソコンの電源を入れる。
「って。まずはエアコンだろ」
我ながら慌てすぎだ。
エアコンもつける。
おぉ。風が……風がちゃんと出てきてる……!
大きく手を広げ、冷たい風を全身で受ける。
業者立会いの元でチェック済みではあるが、こういうのは気分だ。
空調が機能していることに大いに感謝しつつ、俺は動画視聴を再開した。
もちろん、目的は見失っていない。
あくまでも業界の分析だ。
データ収集のため、夜までに可能な限りたくさんの動画を見なくてはならないのだ。
決して、個性豊かなVtuber達にただただ夢中になっているわけではない。
もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。
活動報告もこまめにしていくつもりです。




