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004 承諾

 時が止まっていた。

 キリっとした顔で俺を指差す七重(ななえ)。 

 その指先を、おそらく完全な『無』の表情で見つめる俺。


 何と言った?

 俺が美少女Vtuber(ブイチューバー)に?

 どうか、聞き間違いであってほしい。

 

「よく聞こえなかった。もう1回言ってもらえるか?」

佑人(ゆうと)には美少女Vtuberになってもらう」


 うん。2回聞いても分からねぇ。

 

「お前、頭おかしいんじゃないのか?」 

「ちょっと!」

「馬鹿、声がでかい!」

「あっ……」


 親御さんが起きてきたらどうするんだよ。

 気まずいなんてもんじゃないぞ。


「なんで、俺がVtuberやるのがお前の人気アップに繋がるんだよ」

「『美少女』Vtuberね。それも順を追って説明するから、もっかい座んなさい」


 七重はそう言ってやれやれと肩をすくめる。

 なんで俺が物分りの悪い生徒みたいな扱いになっているんだろうか。


 俺は座布団へと戻って腰を下ろす。

 もう縮こまっている必要はないのだし、堂々とあぐらをかいてやった。


「よいせのせ」


 俺の正面に座布団を放り投げ、七重はそこにちょこんと座る。

 女の子座りだ。

 体の外側にふわりと広がるロングスカートの見栄えはなかなかよろしい。


「まず、Vtuberって何人いると思う?」

「ん?」

「勘でいいから答えてみて」

「うーん……500?いや、1000人?」


 TuitterでもそこそこVtuberの話は見かける。

 ファンが描いたイラストもずいぶんと流れてくるし、1000人いてもおかしくはない。

 ひょっとしたら2000人ぐらいいるのかも――


「7000人」

「マジで!?」

「マジよ」


 そんなにいるのか。

 ……ってことはだ。


「その中で目立つのって、とんでもなく大変だろ」

「そういうこと。じゃあ、人気になるにはどうすればいいと思う?」

「どうって。そりゃ面白い放送をするしかないんじゃないのか」


 あまりに漠然とした回答をしてしまった。

 でも、それしかなくないか?

 どのジャンルでも、上に行くってのは大変なことだ。

 20年生きればそれぐらいのことは分かる。


「もっと生々しく、ずるく考えてみてよ。たとえば、佑人が夏休み中に人気Vtuberにならないと死ぬとしたら?」


 死ぬって。極端過すぎるだろ。

 まぁ、考えるだけ考えてみるか。

 手段を選ばずに、なんでもいいからとにかく登録者を増やさないといけないとしたら?


「アカウント作りまくって、自分のチャンネルを登録をするかな」

「うわ」


 軽く引かれた。

 でも、命がかかってたらそれぐらいするだろ。

 実際にやったら、多分運営に検知されてBANされるんだろうけど。


「命はかけなくていいから、もう少し常識的な手段でお願い」

「……友達に登録をお願いする?」

「それで何人増やせそう?」

「じゅ……20人ぐらい」


 だいぶ見栄を張った。

 10人、増やせるか? 無理かも。

 そんなに友達多いほうじゃないんだよな。


「佑人の友達が少ないのはおいといて……考えてみて分かったでしょ。正攻法じゃだいぶキツいって」

「あぁ」

「私が考えた方法は――」


 聞かせてもらおうじゃないか。

 複数アカウントで水増しするよりはまともで、友達に頭を下げて回るよりは効果的な方法とやらを。


「人気者に自分を宣伝してもらう」


 ……ふむ。

 言わんとすることは一応分かる。

 Vtuberに限らず、人気のある人間に『これオススメ!』と紹介されれば見てみようかなという気になる。

 テレビやネットの広告だってそういうものだろう。

 それは理解できる。


 が、しかし。

 その手法には満たさなければならない前提条件がある。


「お前の友達に、人気Vtuberがいるってことか?」

「いないわよ?」


 いねぇのかよ!

 そりゃ、いるならとっくに頼んでるんだろうけど。


「だったらどうやって……」


 そこまで言って気づいた。

 気づいてしまった。

 いや、待て待て。

 まさかそんな――

 

「そういうこと。佑人が人気Vtuberになればいい」

「無理だろ」


 こいつ、やっぱり馬鹿なんじゃないか?

 お前が有名になれてないのに、なんで俺なら有名になれるっていうんだ。

 配信の質を上げるための案が『コスプレをする』だったりと、問題に対しての解決策がだいぶおかしい。


「無理じゃないよ。佑人、面白いもん」

「それ、クラスでちょっとウケたやつに『お笑い芸人になれる』って言うのと同じだからな」

「それにさ、佑人って私が困ったときはいつも助けてくれてたでしょ。今回だってできる」


 お前も、昔のことを思い出してたのかよ。

 ……ひょっとして、ずっと覚えていた?

 それは図に乗りすぎか。

 

 こういう頼られ方は正直悪い気はしないのだが、買いかぶられるのは困る。

 今回の『お願い』は、子どもの頃のと比べて難易度が高すぎだ。

 客観的に見て、七重の計画は破綻している。

 破綻しているのだが。


「『任せろ』って言ってくれたのに……」


 こうして上目遣いで頼まれてしまうと、無下にはしづらい。

 幼馴染としての情けだけではない。

 はっきり言って、七重は顔がいいのだ。

 意識しないようにしていたけども、ここしばらくまともに見ようとしていなかったせいで余計に刺激が強い。

 見慣れない衣装補正もあるのかもしれないが、こいつ、普通にかわいい。 


「仮に俺が人気になれるとしてだ。なんで美少女のガワでやらなきゃならないんだよ。男でいいだろ」

「理由は3つあるけど、第一に……男性Vtuberは伸びづらい」

「へぇ」


 そりゃそうか。

 おそらくVtuberの視聴層は男性がメイン。

 必然的に女性Vtuberの需要が多くなる。

 女性なら楽なんてことはないにしろ、男性で頭角を現すのは更に難しそうだ。

 俺が美少女モデルでやって、それを女性Vtuberと言っていいのかは知らないが。


「2つ目は?」

「佑人が人気になったら、私とコラボ配信して欲しいの」

「コラボ配信ってのは、一緒に配信するってことだよな?」

「そう。今、Vtuberが成り上がるためにはほぼ必須だと思うのよ。リスナーはVtuber同士の関係性にときめくものだから」


 なるほど。

 Vtuberはある意味二次元のキャラクター的な存在。

 漫画や小説のキャラだって、複数人での絡みによって魅力が増すというのはごく自然な流れだ。

 ただただ『この子も見てね!』と宣伝するよりも、一緒に配信する方が見てくれる可能性は上がるはず。

 その分析は概ね間違っていないのだろう。


「で。コラボは、男の人より女の子とやりたいなって」

「男女コラボだと、あれか? 炎上とかするのか?」

「そんなことは滅多にないわよ。ただ、やっぱり女の子同士の方が無難でウケもいいし」


 あぁ。

 それもまぁ、そうか。

 だが――


「俺、男じゃん」

「だからバ美肉(びにく)するんじゃない」

「バ美肉?」

「『バーチャル美少女受肉(じゅにく)』の略。男性が女の子の姿で配信すること」

「……そうか」

「百合営業はオタクカルチャーでは鉄板だしね」


 俺とお前がイチャイチャしたとして、それって百合なのか?

 いや、もはや何も言うまい。

 いちいち突っ込んでいたら日が昇ってしまう。


「3つ目を聞こう」

「これがメインなんだけど、佑人にはバ美肉するうえでの強みがあるの」

「嬉しくないけど、何だ?」

「声」


 俺の声が強み?

 冗談だろ?


「正直言って自分の声は気に入ってないんだよな……いい年して高いし。もっと低いイケボだったら、それこそ配信者やってたかもしれない」

「その声だからいいの。ボイチェン使えば絶対いい女声になる」

「マジで全然嬉しくねぇ……」

 

 二次元の男の()は全然いけるが、別に女体化願望はない。


「っていうか、その作戦はいつから考えてたんだ?」

「え?」

「1つ目と2つ目の理由を聞いた感じ、俺じゃなくてもよかっただろ。そもそも女友達にでも頼めばいい」

「うっ」

「で、3つ目は逆に俺じゃないと成立しない」


 前々から練られていたようで、その場の思いつき感もある。

 どうにも不自然だ。

 じっと見つめてやると、七重は逃げるように視線を逸らした。


「前から、誰かに協力して欲しいとは思ってたんだけど……大学の友達はアニメとかあんまり見ないし、Vtuberなんて存在も知らないっぽいから」

「あぁ……」


 こいつ、ぱっと見ではオタク趣味してるタイプじゃないもんな。

 実際には子どもの頃から漫画やアニメを好んでいたはずだが、それを共有できる仲間には恵まれていないようだった。

 それこそ俺ぐらいだったのかもしれない。

 俺と違って友達の数自体は少なくないだろうに、ままならないものだ。


「佑人にこの格好を見られた瞬間、これしかないって閃いたの」

「他にもあると思うぞ」

「佑人しか、頼れないの」


 俯く七重。

 あっ。やばい。

 これ泣くパターンだ。

 肩が震えている。


「分かった。やる。やるよ、美少女Vtuber!」

「ホントに?」

「あぁ。だから、泣くな」


 努めて優しく声をかける。


「そう。じゃあ具体的な目標を決めましょ」


 七重はスッと顔を上げた。

 その目には、涙なんて一粒も浮かんでいない。

 

「お前、ハメたな?」

「なにが?」

「……なんでもない」


 既に『やるだけやる』と言ったあとだ。

 内容には大いに不満があるが、撤回するつもりはなかった。


「目標って、やっぱ登録者数か?」

「うん。やっぱり10000人ね。キリがいいし」

「いつまでに?」

「夏休み中。大学始まっちゃったらお互い忙しくなるでしょ」


 俺の夏休みは9月末まで。

 七重も似たようなものだとすると、期間は約2ヶ月か。

 聞いた感じだと1000人だって難しいだろう。

 キリがいいから10000人ってなぁ……常識的に考えたら無理だ。


 だったら――常識外れな手段が必要なのかもしれない。

 それこそ、バ美肉かつ超かわいい声でぶっ飛んだ配信をするとか。


「了解。じゃ、明日から定期的に作戦会議だ」

「もう『今日』だけどね。RINE交換しとこ」


 時計を見れば、時刻は0時を回っていた。

 もうそんなに経っていたのか。

 スマホの操作はあまり得意ではないので、連絡先の登録は七重にやってもらった。


「友達全然いないのね」

「人のアドレス帳を見んな!」


 放っておいてくれ。

 お前と違って、数はそんなに多くないけどオタク仲間はいるし。

 ほとんどネットで知り合った友達だけど。


「それじゃ……帰って寝るわ。疲れた」

「お疲れさま。私も寝よっかな」


 この涼しい部屋から出るのは名残惜しいが、いつまでもいるわけにはいかない。

 カーテンをよけ、窓を開ける。


「戸締まりはちゃんとしとけよ。油断してると、変質者が入ってくるかも分かんないぞ」

「佑人みたいな?」

「俺は紳士だ」

「これからは美少女だけどね」

 

 窓から一歩外に踏み出すと、むわっとした熱気に包まれる。

 きっつ。

 俺、今夜眠れるのかな。


「佑人」

「ん?」

「自分でも、やれるだけのことは頑張ってみるから。それと――」

「なんだよ」

「ありがとね」

「……おう」


 サンダルを履き、振り向かずに柵を越えた。

 緩んだ口元を見られたくなかったから。

 俺、相当チョロいんだな。

 幼馴染と久々にゆっくり話をして、妙な頼みごとを引き受けた。

 それだけで、こうも満足感を得られてしまうとは。


 背後で、雨戸がガラガラと閉じられる音がした。

もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。


活動報告もこまめにしていくつもりです。

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