002 許可
西之森濃霧は、YowTubeチャンネル登録者が40000人を超えている人気のVtuberだ。
ただ、俺と七重からするとそれだけの存在ではない。
彼女は、俺のtuitter登録者10000人記念配信の告知をRTしてくれたことがあった。
気になって普段のツイートを追ってみたら、たびたび俺達――長月夜長と多々良まひるについて『絶対流行る!』とか『よなまひてぇてぇ』などと発言しているのも分かった。
我々のチャンネル登録者が順調に伸びていることと無関係ではないはずだ。
これはもう、恩人と言ってもいい。
『魂』が俺より年長者かは分からないが、濃霧さんと呼ぶべきだろう。
「なんでノームちゃんからメールきてるの!? 私、超ファンなんだけど!!」
「そりゃ知ってるけど、落ち着けって。お茶でも飲め」
身を乗り出す七重をなんとか鎮め、俺は経緯を説明する。
事の始まりは数日前だった。
俺と七重の初回コラボ配信が成功を収めてから、tuitter上でVtuberやそのファンからのリプライが一気に増えた。
『コラボしましょう』といった誘いも複数あった。
だが『いいですね、機会があればぜひ!』と返したところで、それで実際にコラボが成立するかと言えば、そんなことはない。
社交辞令というやつだ。
もちろんそこから本当に実現することもあるが、だいたいは具体的な話がまとまらずに流れていってしまうものだ。
信頼度は、現実における『そのうち遊ぼう』や『行けたら行く』とほぼ同じ。
そんな中で、唯一グイグイきていたのが濃霧さん。
数回目のリプライから『いつやる~?』といったフランクさだった。
俺としては女性とのコラボとなると色々思うところもあったのだが、彼女はこれまでにも男女問わず多数の相手とのコラボ配信を行っていた。
ならば問題なさそうだとVtuber活動用に作ったアドレスを教えたところ、今回のメールが届いたのだ。
「そんな感じだ。とりあえず読むか」
俺と七重のどちらからも見える位置にスマホを置き、メールの文面をスクロールしていく。
【初めてメールさせていただきます。
西之森濃霧です。
なんちゃって。
もうtuitterでわりと絡んでるからタメ口でいい? いいよね???
うちだよ! ノームちゃんだよ!!!!
コラボのことなんだけど、マジでやるよね??
今日が日曜日じゃん??? 次の平日中にやろ????
まひるちゃんとなら絶対面白い配信になると思う!!
うちが使ってるスタジオが千葉と東京の間あたりにあるんだけど、来れる?
オンラインでもいいけど、できたらデスうさぎスイカ割り配信やりたいわけ!!
プレイしてるよね????????
あれチーム組むのはオフラインじゃないとできないじゃん!!!
チーム配信需要は絶対にめっちゃある!!!!!!
オンラインチームマッチ実装前にやったら勝ち確!!!!!!!!!
もしよかったら夜長ちゃんも一緒にどう???????????
お返事待ってる!!!!!!!】
全体的にうるさいメールだった。
『!』と『?』の数が多すぎる。
っていうか、距離の縮め方が半端ないな……。
さん付けはいらない気がしてきた。
「だってさ。どうするかな」
「いや受けるでしょ!!」
食い気味に反応された。
どうやら、相当濃霧に入れこんでいるらしい。
「単純に得だし、勉強にもなるでしょ」
「お前も来るよな?」
「もちろ――あっ」
急に七重の勢いが止まった。
スッと椅子に座りなおすと、自分のスマホを触り始める。
予定をチェックしているようだ。
「どうだ」
「ゼミ合宿だった……」
ジェットコースターばりのテンションの落差だった。
そういや、以前から何度かそんな話をしていたっけか。
俺の大学でも先月後半にやっていた。
しかし、うちのゼミ合宿は参加しない人間も多いようだったので、俺は迷うことなく不参加を選んだ。
大学のゼミ仲間、別に仲良くないし。
と言うか、大学に友達ほとんどいないし。
「水曜に行って金曜に帰ってくるから、流石にちょっとね」
「そりゃ無理だ」
物理的には月曜か火曜なら不可能ではないが、先方の都合だってあるし、強行軍が過ぎる。
2泊3日の合宿準備にも手間がかかるはずだ。
むしろ、直前なのにこうしてデートに付き合ってもらってるんだよな……なんだか申し訳ない。
「コラボを延期してもらうって手もあるけども」
「駄目よ。早くやった方がいいゲームなんでしょ?」
「それは……まぁ」
濃霧がコラボでプレイしたがっている『デスうさぎスイカ割り』。
略称は『デスうさ』。
流行のバトロワ系のアクションゲームだが、特徴はそのカジュアルさだ。
各プレイヤーはうさぎとなり、頭の上に乗せたスイカを割られたら敗退となる。
最後までスイカを守り抜いたウサギが優勝だ。
何を言っているのかと思われそうだが、実際そういうゲームなのだから仕方ない。
操作も比較的簡単であり、次の覇権ゲームになるとの呼び声も高い。
俺も軽く遊んでみたが、なかなか面白かった。
ただ、唯一にして最大の問題点がある。
1人での出撃の他、4人までのチームでのプレイも可能となっているのだが……現在はまだβテスト版であり、任意の相手と2人以上でチームを組むにはオフラインで集まらなくてはならないのだ。
オンラインでの複数人プレイは、自動的にランダムな相手とマッチングさせられてしまう。
もちろん、正式版ではオンラインで自由に4人までのチームを組めるようになるとのこと。
「正式版はわりとすぐ出るってさ。早ければ今週かもしれないけど、遅かったら来月頭って噂もある」
「いつか分からないんだったら、なおさら急がなきゃでしょ」
その通りだ。
正式版がリリースされれば、チームプレイの配信が珍しくなくなってしまう。
確かに今しかないチャンスではある。
あるのだが。
「いいのか?」
「なにが?」
「俺が、女性とオフコラボするの」
「別にいいわよ。そりゃ、ちょっとは気にするけど、信じてるし」
「……サンキュな」
そんな言われ方をして、裏切れるわけがないだろう。
そもそも浮気をする気なんて全く無いし、できるような強靭なメンタルも持っていない。
「それに、ノームちゃんって気に入った相手とは何度もコラボするのよ。佑人が上手くいったら、2回目で私も混ぜてもらえばいいじゃない。みなもちゃんもいたら4人で遊べるかも」
急に責任重大になってきた。
『気に入った相手とは何度もコラボする』ということは、逆もまた然り。
ちゃんと成功させてこないといけないわけだ。
ちなみに、七重が名前を上げた『みなも』とは、濃霧の相方的な女性Vtuberの名前だ。
フルネームは水下みなも。
長月夜長にとっての多々良まひるのような存在である。
そういえば、彼女は俺と濃霧とのコラボには出席しないのだろうか?
そのあたりも打合せして確認しないといけない。
「それじゃ、コラボは行ってくるわ。せっかくならデスうさやりたいし、スタジオってのがあんま遠くないといいけど」
「ちゃんと撮れ高稼いできなさいよ」
理解のある彼女を持ったものだ。
本人も言っている通り、まるっきり気にしていないというわけではないだろうに。
俺は店をぐるりと見渡す。
12時を過ぎたが、相変わらずさほど席は埋まっていなかった。
「なぁ」
「なに?」
「まだデザートぐらいは食えるか?」
「食べられるけど」
よし。
俺の意図を図りかねている七重には応じず、店員を呼ぶ。
「ほら。奢るから1つ選べ」
「えっ! なんで!?」
「いいから」
「えぇ~……じゃあこれ」
店員が『杏仁豆腐1つですね~』と注文を受けて厨房へとさがると、七重は訝しげにこちらを見る。
「急に奢るとか言い出すの、怪しいんだけど? やましいことでもあるわけ?」
「ただの礼だよ。逆の立場だったら、素直に送り出せなかったかもだから」
それどころか、結構ゴネていたかもしれない。
俺の返事を聞くと、七重は一瞬だけ呆けたような顔をしたあと、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「佑人さぁ、意外と独占欲強いんだ?」
「うるせぇ」
「あたしがどっか行っちゃわないか心配なんだ?」
「は? 意味分かんないんですけど?」
心配するに決まってるだろ。
お前はかわいいんだよ!
七重自身にはその気がなくとも、よからぬことを考えて近づいてくる男がいないとも限らない。
正直なところ、大学でイケメンに言い寄られたりするんじゃないかという不安すらあったりする。
あれ……もしかして俺、信用されてるってより『こいつになびく女なんていないでしょw』と安心されているだけなんじゃないだろうか。
自分のスペックを鑑みるに、大いにありえることだった。
「杏仁豆腐で~す」
「あ、はい」
「あざっす」
俺は七重に先んじて店員のトレイから杏仁豆腐を受け取り、自分の前に置いた。
「ちょっと。それ私のなんでしょ?」
「そうだよ」
これは、軽い意趣返し。
俺はスプーンで杏仁豆腐をひと掬いすると、七重に向かって差し出す。
「ほら。あーん」
「えっ」
やられっぱなしの俺ではない。
イニシアチブを握るのはこちらだ。
恥じらう顔のひとつでも見せてもらおう。
「あぁ、そういうことね。いただきます」
なんの躊躇いもなく、スプーンをくわえこむ七重。
杏仁豆腐がちゅるんと口の中に消えていく。
――照れないんかい!
逆のとき、俺がどれだけ周囲を警戒したと思ってんだよ!!
「美味しいじゃない。こういうとこのデザートってけっこういいのね」
「そりゃよかった」
「ほら。手が止まってるわよ」
こいつ、前世は女王か?
だとしたら、言われるがままにふた口目を運んでいる俺は召使いか。
いや。せめて執事とかそのへんであってほしい。
少し見方を変えると、雛に餌をやる親鳥っぽくもある。
「満足か?」
「うん。あっ、待って待って」
最後のひと口になると、七重は俺からスプーンを奪った。
そして半回転させて、逆にこちらの口元に差し出してくる。
「はい、あ~ん」
「……いただきます」
圧倒的敗北だった。
スプーンにあまり口が触れないよう、吸い込むようにして食べる。
二十歳にもなって間接キスを意識してしまう俺だった。
「美味しいでしょ」
「あぁ」
「じゃ、行きましょっか。デザートひとつで私の機嫌を取ろうだなんて甘いわよ」
「デザートだけに?」
「は?」
「なんでもないです」
言葉とは裏腹に上機嫌に見えるが、まだまだ電気街の散策は続くようだった。
会計を済ませながら、俺は翌日の筋肉痛を覚悟した。
もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。
活動報告もこまめにしていくつもりです。




