001 お出かけ
9月15日。
8月に比べれば暑さも和らいできたが、今日はなかなか日差しが強い。
クーラーの効いた屋内から出たくなかった。
ここが涼しい分、一歩外に足を踏み出せば熱気を強く感じることだろう。
「へぇ……グッズまで出てるんだな」
「これとか、まだこの辺でしか手に入らないはずよ。先行販売だから」
戸館佑人、20歳。
俺は、彼女と秋葉原のホビーショップに来ていた。
そう。彼女――面木七重と。
先月まで『疎遠になっていた幼馴染』だった俺と七重は、紆余曲折を経て付き合うことになった。
本当に色々あったよな……女装して配信とか。
その女装を妹に見られたりとか。七重の親に見られたりとか。
――女装ばっかりじゃねぇか。
とはいえ、今日は普通にTシャツとジーンズだ。
メイド姿で外に出たことなどない。数十秒しか。
七重も似たようなラフな服装だが、そちらはなんとなく決まって見える。
以前にもこんなことがあったが、並んで立つと格差が際立つな。
「あっ、缶バッチもう売り切れてる」
「安いからかしら?」
「コンプしようと思ったらけっこうかかりそうだけどな」
地元にもここの系列店はあるのだが、せっかくの日曜日なのでたまには出かけようということになり、電車に揺られて秋葉原の本店まで来たのだった。
これ、一応デートってことになるのか? なるよな?
俺は高校生の頃はこの手の店によく足を運んでいたが、ここ1年半ほどはご無沙汰だった。
雰囲気はあまり変わってない。
ただ、垢抜けた恰好の人間が少し増えたか……?
ライトなオタクは年々増えていると聞く。
グッズを品定めする七重の横顔を盗み見ると、真剣な表情をしていた。
今では俺と同様のインドア派なので、季節感のない白い肌だ。
陸上に打ち込んでいた高校時代ならば、この時期はだいぶ日に焼けていたはず。
それにしても……顔がいい。
綺麗というよりはかわいい系なのに、強気さが表に出ている。
何故だろう。
「ボールペンは普段使いできるからいいわよね。キーホルダーは部屋に飾ろうかな……」
「俺はとりあえず、アクリルフィギュアだな。机に並べたい」
この店には、Vtuberのコーナーがあった。
去年の冬頃にできたらしい。
そして先ほど七重が言った通り、先行販売の商品がそこそこある。
俺が最もハマっているグループであるRLのグッズもあったので、その中からいくつか買うつもりだ。
「こういうお店、入ったことなかったのよね」
「マジで!?」
「一人だと、なんか入りづらくて」
「あぁ。そういうことか」
そういえば、こいつは隠れオタクだった。
オタクもひと昔前よりは市民権を得つつあるが、それでもオープンにしないタイプの人間は多い。
人にはそれぞれの事情があるのだし、伏せることをどうこう言うつもりはない。
気恥ずかしさは理解できる。
「今は佑人がいるから……ね。他の店もいい?」
おぉ。
俺、頼られている。
付き合い始めて約10日だが、特に七重のために何かできてはいなかったので、これは地味に嬉しい。
「もちろん。わざわざ来たんだし、回れるだけ回ろうぜ」
これも買ってしまおうか、あれも捨てがたいと悩んだ末、会計を済ませて店外へと出る。
互いに購入するものは絞ったのだが、それでも七重の買った分は彼女のトートバッグに詰め込むには多かったので、まとめて俺のショルダーバッグに格納した。
「あっついわね」
「さっさと次の店に入らないとだな」
道すがらビルの電光掲示板に目をやると、Vtuberの動画が流れていた。
七重曰く、そのビル内にオープンしたエンターテインメントスペースの広告らしい。
Vtuber関連のイベントもたびたび行われているとのこと。
「なんか……思ったより浸透してるのな」
「秋葉だからってのもあるけどね」
確かに。
ここ秋葉原でアンケートをとっても、Vtuberに興味がないという層の方がまだまだ多いだろう。
tuitterのTLには自分がフォローした同族しかいないから、たまに勘違いしそうになるけども。
現に、俺だってつい1ヶ月半前まではほとんど見たことが無かった。
そういう人間を沼に引き込めるような存在になりたい……とまで言ったら傲慢過ぎるか。
それから俺達は、キャラクターグッズを扱う店をいくつかハシゴしたのち、なんとなく良さそうな佇まいのラーメン屋へと足を踏み入れていた。
七重はここの入店時にも『あんまり入ったことない』とわくわくしていた。
軽い冗談かと思ったが、マジらしい。
七重の扮する深窓の令嬢Vtuber、長月夜長のものであれば納得の台詞だが……本人は箱入り娘ってわけでもないだろうに。
まぁ、俺が洒落た喫茶店に入りづらいのと同じようなものか。
「いただきます」
「いただきます」
テーブル席で、向かい合ってラーメンに一礼する。
スタンダードな醤油ラーメンだ。
まずはスープを一口。
美味い……!
初めて入る店だが、どうやら当たりのようだ。
続けて麺を啜ると、小麦の香りが鼻に抜けていく。
こちらも自家製麺をアピールしているだけのことはある。
癖のないこのラーメンであれば、おそらくは七重にも――
「うわ」
目線を上げると、七重がちょっと圧倒されるぐらいのペースで食べ進めていた。
ちびちび食べて小食アピールされるよりは、むしろ清々しい。
そういえば、こいつはわりと体育会系なのだった。
「美味いか?」
「……!」
口が塞がっているため無言で頷く七重。
そりゃよかった。
頬がハムスターみたいになってるけど、これはこれでかわいいからよし。
――これぐらいの惚気は許していただきたい。
「ごちそうさま」
「たまにはラーメンもいいわね。うちの近くのとこも行きましょ」
「おう」
ほぼ同時に完食。
味のわりに客の入りはそれほどでもないので、腹が落ち着くまでお茶を飲みながら雑談することにした。
「たまには遠出してみるもんだな。Vtuberとしての市場調査みたいな感じにもなったし」
「あんたの『遠出』の基準、おかしくない? 電車でせいぜい40分じゃない」
通学以外で電車に乗るのは、俺にとっては立派な遠出だ。
今どきはネット通販で何でも買えるのもあって、特に用事がなければ外出する気がしない。
早い話が出不精なのである。
「家族以外とコミュニケーションをとるってのも、配信すれば達成できるしな」
「VRトークなんてのもあるわよね」
VRトーク。
その名の通り、バーチャル空間で不特定多数の人と話すことができるツールだ。
パソコンのみでの参加も可能だが、その真価はゴーグル型のHMD等を装着してこそ発揮される――らしい。
興味はあるが、機材が高くて手が出せていなかった。
俺のような人見知りには向かないとも聞く。
「おっ」
「ん?」
「メールだ」
一昨日やったばかりのコラボ配信の話をしていると、テーブルに置いていた俺のスマホが震えた。
画面には『新着メール 1件』という通知が表示されている。
珍しいこともあるもんだ。
俺に連絡をしてくる人間なんてほとんど心当たりがない。
メールを開くと、送信者と件名が目に入った。
「誰から? かわいい女の子?」
七重は『そんなわけないけど』という表情をしている。
俺のことをよく分かってるじゃないか。
家族とお前を除いたら、フィルターを潜り抜けてきた迷惑メール以外はそうそう届かねぇよ!
だがしかし。
本日の戸館佑人は一味違った。
無言でスマホの画面を七重に向ける。
件名は『コラボの件』。
そして送信者は――
「ノームちゃん!?」
ノーム――西之森濃霧。
俺達にとっては言わずと知れた、美少女Vtuber。
『かわいい女の子』からのメールだった。
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