020 変身
みんな、メイド服は好きかな?
俺は好きだよ。
しかし、メイド服自体が大好きってよりは、メイド服を着たかわいい女の子が好きなだけだ。
主は女の子。メイド服は従。
その道のプロの情熱には負ける。
俺には、部屋にメイド服を飾ってみたり、作ってみるほどの熱意はない。
ましてや――着たいと思ったことなど一度たりともなかった。
俺は自分の姿を見下ろす。
メイド服デビュー、しちまったよ。
裾が……裾が短い!
スカート丈として極端に短いわけではないのだろうが、初体験の俺からすれば心穏やかでいられるものではなかった。
慣れるほど何度も着るつもりもないが。
「もういい?」
「よくはねぇよ。着たけど」
後ろを向いて俺の着替えを待っていた七重が振り向いた。
「……へぇ」
笑ってくれた方が気が楽だった。
七重は座布団から立ち上がり、俺の頭からつま先までを神妙な顔で眺める。
それだけでは飽き足らず、ボディチェックするように服の上から全身を叩いてきた。
「何か言ってくれ」
「いいじゃない。サイズもぴったりみたいね」
そう言いながら屈み、ごく自然な動作で俺のスカートをめくる七重。
「おいッ!?」
「裾の処理とか確認してるだけよ。なーに慌ててんの」
嘘ではないようだが、どこまで見えているか分かったものではない。
スカートの上から手で押さえ、なるべく中が見えないようにする。
これが……女子の気持ち……!?
ちなみに、俺はまひると違ってニーソを履いていない。
体毛が濃い方ではなくとも、絶対領域が無毛というわけではないから。
代わりに七重から貰った黒タイツを履いていた。
もちろん、未使用のものだ。
これなら脚の付け根まで隠れる。
「脚の形いいわね」
「撫でるな」
膝小僧がこそばゆい。
「じゃあお化粧しよっか。どんな感じにする?」
「世界で一番かわいくしろ」
「あら。やる気じゃない」
ちゃぶ台に多種多様な化粧道具が並べられていく。
その数に気後れするが、毒を食らわば皿までだ。
どうせやるなら、中途半端よりは行き着くところまで行きたい。
俺は大人しく正座して、七重に身を任せた。
「……まだか?」
「そんなにすぐは終わらないわよ。女の子の身支度には時間がかかるの」
女子って大変なんだな。
七重自体はそんなに化粧をしているようには見えないのだが、いわゆるナチュラルメイクというやつなのだろうか。
顔の印象は子供の頃からさほど変わっていないので、実は厚化粧ということはなさそうだが。
目をつぶってじっと待つこと10分弱。
「こんなところかしら。明日はもっとちゃんとやるけどね」
太腿に何かが置かれる感触。
目を開けると、金髪のウィッグと網のようなものだった。
ウィッグは既に短いツインテールの形になっていた。
「かぶってから結ぶんじゃないんだな」
「そういうのもあるけどね。これは最初からツインテールになってるやつ」
「この網は?」
「それに地毛を入れるの」
全然知らなかった。
七重にネットは首までかぶってから上げろだとか、ウィッグのアジャスターを調整しろだとか、色々と指示を受けながら装着する。
最後は七重の手で微調整してもらった。
「……どうだ」
「自分で確認してみたら?」
七重が部屋の隅からキャスター付きの姿見を転がしてくる。
「待て待て、心の準備する」
俺は鏡を見ないように下を向いた。
スカートと黒タイツが目に入る。
自分の脚でなければ、アリかもしれない……倒錯感がやばい。
さておき深呼吸だ。
ゆっくり吐いて、ゆっくり吸う。
そして、顔を上げて自分の顔を確認した。
「ぉ……」
呻くような声しか出なかった。
鏡には、金髪ツインテールのメイドが映っている。
これは――イケてるんじゃないか?
正直言って、想像とは比較にならないほどの出来映えだった。
「これ……結構、いいよな?」
「それでかわいくないんだったら、かわいい女の子なんてなかなかいないわよ」
いや、化粧って凄い。
怖いまである。
目のサイズ、変わりすぎじゃないか?
顔もなんか丸く見えるような……これもチークの入れ方とかで目の錯覚が起きているのだろうか。
「とても男には見えないわね。ね、外に出てみる?」
「出るか!」
これはあくまで配信の質を上げるための行為だ。
女装趣味に目覚めたわけではない。
しかし、せっかく着てみたからにはポーズぐらいとっておくか?
こんな感じに、上目遣いで……。
カシャッ。
「媚びポーズ、感謝」
「何撮ってんだよ! 消せアホ!」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。あんまり動くとスカート危ないわよ」
スマホを奪おうとするも、身体能力の差はいかんともしがたい。
おまけに七重の言う通り、この丈のスカートであまり激しく動き回るのは危険だ。
更につけ加えるならば、あまりドタバタしていると七重の両親が不審に思うかもしれない。
さっきのタックルの時点で様子を見にきてもおかしくなかったし。
結果的に、七重のスマホに大量の俺の写真が保存されることになった。
「これだけ撮っておけば逃げないかな。明日、配信1時間前になったらちゃんと来ること」
「悪魔め……!」
「メイドが主人の命令を聞くのは当然」
勝ち誇った顔でスマホを操作する七重。
何をしているのかと思っていると、俺のスマホが振動した。
おい。まさか。
通知欄から受信したメッセージを開くと、撮りたての俺のメイド姿が数枚添付されていた。
もし俺が明日ばっくれでもしたら、七重は容赦無くインターネットの海にこれを放流する。
悪魔どころじゃねぇ。
やはり生きた人間こそが一番怖いのだと思い知らされた。
っていうか、もう23時かよ。
部屋に来てから2時間も経っていた。
「帰る」
「はーい。着たまま?」
「家族会議になるわ!」
七重に再び後ろを向かせ、さっさと着替えた。
乱れた髪を手で適当に元に戻す。
化粧は……帰ってから顔を洗うしかないか。
「タイツはあげる」
「いくらだ?」
「この写真代でチャラってことで」
そこはやや承服しかねるが、今は財布が無いしな。
とりあえず今日のところは受け取っておくか。
「じゃあな。絶対に人に見せるなよ!」
「それはフリ?」
「んなわけあるか! マジのやつだぞ!!」
俺は再三念押ししてから、ビニール袋に入ったタイツを手にベランダを越え、部屋に戻った。
配信と同じぐらいに疲れた。
部屋のドアを開け、廊下の様子を伺う。
誰もいないのを確認して、小走りでトイレ前の洗面台へ向かった。
「ふぅ……」
廊下の暑さもあって、冷たい水が顔に心地よい。
鏡を見ると、いつもの俺がいた。
なんか安心するな。
顔を拭いて部屋に戻った。
「ん?」
タイツの袋と一緒にベッドに投げておいたスマホの画面が光っていた。
おいおい。
これはアレだろ。追撃の写真送付攻撃だろ。
俺はもうその程度では動じないぞ。
全然平気。なんなら部屋着にできるし。
自分に暗示をかけながら通知欄を開く。
『tuitterフォロワー1000人おめでとう』
そんなメッセージに画像が添えられていた。
姿見を使って撮られた、七重の自撮り写真だった。
濃紺のロリータ服を身に纏い、すました顔で鏡にスマホを向けている。
今まさに撮ったばかりのものだろう。
「……こんなんで機嫌が直ると思うなよ!」
俺は七重を調子に乗らせないよう『おう』とだけ返し、写真を待受画像に設定した。
家宝にしよう。
___
何事にもタイミングというものがある。
8月30日、金曜日。
今日はいい偶然がいくつも重なっていた。
ちょうど正午に起きて1階に降りると、両親が出かけるところだった。
2人で親戚の集まりに行くらしい。
帰宅は深夜になるとのこと。
それから居間で沙都と話していると、
「私も友達んとこ泊まりに行くよ」
と言われた。
泊まりということは、帰りはもちろん明日になる。
夕方には出かけるらしい。
つまり、今夜は家に俺1人だ。
女装配信が家族にバレる心配はない!
よかった……女装を強制されている時点でよくはないか。
テーブル越しに向かい合って、兄妹仲良く昼食の焼きそばを食べる。
作ったのは俺だ。
「七重さん連れ込んだりするの?」
「しねぇよ」
むしろ、俺が七重の部屋に何度も行ってるわ。
「あんなに仲良さそうだったのに」
「ねぇよ。お前こそ、泊まりの相手って……」
「女の子だよぉ」
ばーか、とテーブルの下で脚を蹴られた。
脛はやめろ。
弁慶の泣き所だぞ。
「うちにも来たことあるよ。わーちゃん、覚えてない?」
「覚えて……ないな」
わーちゃん。
苗字か名前の頭文字が『わ』なんだろうか。
記憶になかった。
焼きそばを食べ終えると、沙都が2人分の皿を持って流しに向かう。
「洗っとくよ。作ってもらったし」
「任せた。それじゃ、俺はもうちょっと寝るから」
「はーい。夕方になったら自分で鍵閉めて出るね」
歯を磨いてから、自室のベッドの上に戻った。
女装の余韻と七重の自撮り写真のせいで、昨夜はなかなか寝付けなかったのだ。
まだ13時過ぎなので充分に眠れる。
今夜の配信は22時半からだから、念のために21時にスマホのアラームをセットした。
21時半になったら七重の部屋に行かないと、色々と『終わって』しまう可能性がある。
まぁ、寝ようと思ってもそんなに長くは寝れないだろうけども。
――で。
起きたら20時20分だった。
「嘘だろ……」
アラームより前っちゃ前だが。
多分7時間ぐらい寝たぞ。
Vtuber活動という新たな趣味に没頭していて、疲労が蓄積していたのか。
それにしても寝すぎた……。
もう沙都もとっくに家を出ているはずだ。
「何か食ったら、七重んとこだな」
今日は絶対に遅刻が許されない。
あいつのスマホには俺の女装画像が大量に保存されている。
起きたばかりでそんなに食欲がなかったので、台所にあったレトルトのおかゆを食べた。
こういうの、たまに食べると妙に美味いんだよな。
腹ごしらえを済ませた俺は、風呂に入った。
服を借りるので、いつもより心持ち丁寧に頭と体を洗う。
儀式の前に身を清めるような感覚だった。
風呂から上がり、お茶を飲み、歯を磨いてから自室に戻った。
「行くぞ」
自らを奮い立たせ、ベランダを渡る。
多々良まひるになるために。
___
8月30日 21時25分
◆多々良まひるの部屋◆
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☆長月夜長Channel☆
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活動報告もこまめにしていくつもりです。




