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019 一山超えて

 5日が過ぎ、8月29日。


 Vtuber(ブイチューバー)活動は順調といっていい。

 『人が人を呼ぶ』という言葉の意味を、身をもって学んでいる。

 そう劇的に配信の質が上がったというわけではないと思うのだが、YowTubeチャンネル登録者は安定して増えてくれた。

 現在は602人。

 ここ数日で100人以上増えているのだから、これで不満を漏らしていたら罰が当たる。

 tuiitterのフォロワーは1002人。

 昨日の配信中に1000人を超えたので、リスナーみんなが祝ってくれた。

 次回はその記念配信だ。


 ただし、いいことばかりではない。

 23日に切り抜き動画がバズったあとの俺の配信は、26日と28日の2回。

 視聴者数は28日より26日の方が多かった。

 これはつまり、バズりをきっかけに26日の配信を見てくれた人の多くは、昨日の配信には来てくれなかったということだ。

 

「贅沢な悩みっていうか、強欲なのは分かってるんだが……」


 チャンネル登録者数10000人いきてぇ~!

 元々、七重(ななえ)がさほど根拠もなく掲げた目標だ。

 本人もその数字自体に明確な意味はないと言っていた。

 しかしだ。

 おぼろげながらも1000人が見えてくると、今度はなんとしても10000人という頂(いただき)に立ちたくなる。

 それが人間の欲望ってものだ。


 もし夏休み中には無理だったとしても、Vtuberを続けていつか辿り着こう。

 リスナーと過ごす時間は俺にとって大事なものになっているし、登録者数を増やすのもゲーム的な楽しさがある。

 ――現実味のない話ではあるが、もし10000人を達成したら100000人を目指したくなるんだろうか。


 夜長(よなが)の現状は、チャンネル登録者が541人、tuitterフォロワーが1072人。

 こちらも伸びている。

 あれから配信をしていないが、また何やら企画を練っているらしい。

 配信をしていない間に登録者やらが増えている理由はと言うと、これまた切り抜き動画だった。

 実写配信を始め、服を完成させ、最後に2Dモデルを披露するところまでが過不足なく2分にまとめられていた。

 誰が作ったかって?

 そう。ここ好き侍だ。


 実は俺もやろうと思っていたのに、先をこされてしまった。

 配信終わって数分後にはtuitterにアップされてたからな……。

 多分、配信中にはもう編集を始めていたんだろう。

 字幕まで付いてたし。

 ご丁寧にも『今回の実写、じゃなかった3DCG配信以外もかわいいのでござる。ニンニン』という文章まで添えられていた。

 至れり尽くせりだ。


「『ニンニン』は侍じゃなくて忍者だけどな」


 その切り抜き動画は650RTと、そこまで爆発的に伸びたわけではなかった。

 だが、夜長には以前から約1000人のtuitterフォロワーがいた。

 面白いことをやれば見てもらえるだけの土壌(どじょう)はできていたのだ。


「にしても、俺らどっちもチャンネル登録者よりtuitterフォロワーの方が多いのか」


 俺も七重も、Vtuberとして王道は歩んでいないからな。

 かたやバ美肉(びにく)萌え声画伯Vtuber、かたや半分実写のコスプレ絵師Vtuberだ。

 『こいつどんなやつなんだ?』という興味本位でチェックしてくれている人が多いのかもしれない。

 そういう層が一度見たら思わずハマってしまうような配信がしたいものだ。


 ――というわけで。

 そろそろ何度目か分からなくなってきた作戦会議だ。

 時刻は21時。

 七重の部屋に入ると、パンッ!という破裂音と紙吹雪に見舞われた。


「フォロワー1000人、おめでとう」


 クラッカーだった。

 大学生にもなると、こんなサプライズもなかなかない。

 けれども、今そんなことはどうだっていい。

 俺が硬直していた理由は他にある。


「……何か言いなさいよ。似合ってなくはないでしょ」


 七重が、濃紺のロリータ服を着ていた。

 先日の配信で完成させていたものだ。

 なるほどなるほど……。


 真紅のものと同じワンピースタイプだが、腰のあたりがよりキュッとすぼまっているのでシルエットはだいぶ違う。

 スカートの丈もやや短く、白タイツに包まれた脚がよく見える。

 とはいえ膝のあたりまでは隠れており、上品さが損なわれてはいない。

 青系と白の組み合わせはともすればぼやけた印象になってしまいそうだが、濃紺であるためコントラスト差が大きく、むしろ清涼感を醸し出していた。

 欲を言えば黒タイツバージョンも見てみたいところだ。

 頭には小さなリボン付きのカチューシャ。

 これもよく似合っている。

 10点満点中、1億点です。

 レビューは以上。


「えっ? ねぇ、ホントにどうしたの? 生きてる?」

「すまん。見蕩れてた」

「ふーん?」


 まんざらでもなかったらしく、くるっと一回転してみせる七重。

 円形に広がるスカートのシルエットが美しい。

 よしよし。

 脳内で長々と講評していたのは誤魔化せたな。 


「今日って配信してないよな?」

「うん。でもせっかく作ったし、誰にも見せないのももったいないでしょ」


 それもそうか。

 オープンにしている趣味でもなさそうだし、俺以外に見せる相手もいないのか。

 なんか、嬉しいというか、優越感があるな。

 独り占めじゃん。


「お前も最近伸びてるよな」

「実写のあと配信してないのにね。切り抜きのお陰かしら」

「それもあるんだろうなぁ」


 おそらく、実写配信の効果は本人が思っている以上に大きかったはずだ。

 正味の話、本人にはやや言いづらい意味で。


 Vtuberとしての長所と言っていいのかよく分からないが、客観的に評価して、七重の容姿は魅力的だ。

 そ(・)う(・)い(・)う(・)理(・)由(・)でチャンネル登録&tuitterフォローをした人間も多いと思う。

 お面で顔は見えずともスタイルは分かるし、若い女性であることは分かるだろう。

 見えていない顔だって、隠されているからこそ勝手に美人を期待してしまうものだ。

 付け加えさせてもらえば、なんだかんだオタクはロリータ服とか好きだし。

 ソースは俺。

 まぁ、外見の良さも含めての七重であるのだし、ことさらに隠すこともないよな。


「でさ。明日はフォロワー1000人記念配信するんだけど」

「うん」

「なんかアイデアないか?」

 

 昨日の配信の反省会を済ませたあと、俺はそう切り出した。

 人頼みなのは申し訳ないが、素直に借りられる力を借りるのもまた努力の一部ということで。

 ここは先輩Vtuberの意見を参考にしたい。


「あるわよ。しかも2つ」

「天才か?」


 ドヤ顔でピースしてくる七重。

 かなり自信ありげだ。


「1つは、台詞リクエスト企画」

「なんだそれ」

「リスナーからリクエストしてもらった台詞を読み上げるの。そういう配信、見たことない?」


 寡聞(かぶん)にして知らなかったが、Vtuberとの相性はよさそうだ。

 好きなVtuberに好きな台詞を言ってもらえるチャンス。

 ファンなら逃したくないだろう。

 俺だって、たとえば四つ葉うさぎがそんな配信をすると聞いたら絶対に見逃さないし、リクエストも送る。

 ――ん?


「それ、俺がやるのか?」

「あんたの配信でしょ」

「男だぞ」

「だから面白いんじゃない」 


 どんなリクエストが届くか想像しているのか、クスクスと笑っている。

 他人事だからってお前よぉ!

 『お兄ちゃん、大好き。一緒にお風呂入ろ?』とか『どこ見てるの?変態』とか、そんなのばっかり届いたらどうすんだよ!

 ……でも、確かに美味しいな。

 どう転んでもネタとして成立するし。

 

「やる。俺、やるわ」

「偉い偉い……んふっ」


 鼻で笑うんじゃねぇ。


「もう1つは?」

「聞きたい?」

「なんだよ。もったいぶるなって」

「聞いたら、絶対にやってほしいのよね」


 嫌な予感しかしない。

 だってそれ、台詞読み上げよりも実行が躊躇われるような企画ってことだろ?

 

「そんなにやばい案なのか?」

「うーん。別にどうってことないかも? 誰にも迷惑かからないし」


 ハードルを下げてくるのが逆に怪しい。

 じゃあ飛びますってジャンプしたところで急にバーを上げられて、股間を強打するやつだ。

 いやしかし、俺はなんとしてもチャンネル登録者数10000人を目指そうと決意したばかりだ。

 手段を選り好みしている余裕はない。


「やめとく?」

「……やります」


 喉の奥から声を絞り出した。

 うわぁ。言っちまったよ。

 こうなったら、七重は絶対に俺を逃さない。

 そういうやつだ。


「聞いたよ? もうやらないって言ったってダメだからね」


 座布団から立つと、七重は部屋の隅に移動してクローゼットを開けた。

 中には例の真紅のロリータ服や、今まで見たことのない衣装が並んでいた。

 七重が普段着るような服には見えない。

 もしかして、全部お手製のコスチュームか?

 10着はあるぞ……作ったのだとしたら大したものだ。


 七重はその中の1つをハンガーごと取り出し、自らの体にあてがう。


「どう?」


 ミニ丈の黒いメイド服だった。 


「どうって……いいんじゃないか」


 彼女に服の感想を求められた男のようなコメントをしてしまった。

 しかも0点のやつ。

 けどさぁ、しょうがないじゃん?

 マジで『あっ、いい!』って思ったときって、意外とそんなもんなんだって。

 うっかり『それ着て俺の前で階段を上がってほしい』なんて口走るよりはいいに決まっている。


「これも前から少しずつ作ってて、さっきやっとできたのよ。サイズ大丈夫かしら」

「着てないのか?」

「そりゃそうでしょ」


 七重はそう言って俺に近づいてくる。

 メイド服の裾は膝より上。

 さぞかしニーソックスとの相性が良さそうだ。

 合わせるなら、やはり黒のニーソ。

 それでこそ、メイド服とニーソの間の肌の輝きが強調されるというものだ。


「やっぱ着ないと分かんないかなぁ」

「着てみればいいんじゃないか?」

「いいの?」

「俺は構わんよ」


 いいのかって、そりゃいいに決まってるだろ。

 普通に見たいわ!

 お前絶対に似合うだろうが!!

 とはいえ、あまりがっついてもからかわれてしまいそうなので、平静を装って応えた。


「そんな素直だとは思わなかったわ……はい」


 七重はハンガーからメイド服を外すと、俺に手渡してきた。


「後ろ向いてるから。着るなら早く着てよ」

「は?」


 何言ってんの?

 俺に背を向けた七重とメイド服を交互に見る。

 ん? んん……?

 もしかして、今まで勘違いコントみたいなことが起きてなかったか?

 なぁ、七重。

 お前『着るなら早く着てよ』って言ったか?


「七重。確認させてくれ」

「なに?」

「これは、『そ(・)う(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)』か?」


 そう尋ねると、七重は肩越しに振り向いた。


「どういう意味よ」


 はっきりさせたくない。

 だが、問いたださないわけにもいかなかった。


「これは、誰が着るための服だ?」

「そんなの決まってるじゃない」


 勘違いであってくれ……!

 俺は存在するのかも分からないVtuberの神に祈った。

 祈りながら、七重の唇を見つめた。


「多々良(たたら)まひるの衣装を、あんた以外の誰が着るのよ」


 祈りは届かなかった。


「無理無理無理。絶対無理!」


 メイド服を突き返す。


「なんでよ! ノリノリだったじゃない!」

「お前が着るのかと思ってたんだよ!」

「なんでそんなサービスしないといけないのよ!」


 俺の方へ向き直り、詰め寄ってくる七重。

 その迫力に圧されそうになったが、ここで退いたら女装デビューだ。

 負けられない戦いが、ここにある。


「やるって言ったわよね?」

「言ったけど、配信の質を上げるアイデアだったらだ。女装したって配信は面白くならんだろ」

「はぁ」


 俺に飛びかからんばかりの剣幕から一転して、七重は静かに深い溜息をついた。

 こいつ何も分かっちゃいない――そう言いたげな表情だった。


「私ね。今までだいぶ伸び悩んできたけど、ようやく認知されてきて嬉しいの」

「ん?」

「でも、初期にやってきたこともムダじゃなかったなぁって」


 なんだ?

 唐突に自分語りが始まった。


「夜長と同じ格好をしたのも、自分でも最初は何やってるんだろうって思ったの」

「だろうな」

「けど……そうやって夜長になりきって深く考えたからこそ、今があるのよね」

「それで?」

「佑人もまひるになりきってみるといいんじゃない?」

「説得が雑すぎる!」


 いい話っぽい流れにしても、無理なものは無理だ。


「ってか、似合わない女装ってギャグにしたってキツいぞ」

「それなら心配ないわよ。似合うもの」


 七重はそう言ってのけた。


「童顔で背もひ……高くないし。肩幅狭いし」

「全部俺が気にしてる部分じゃねぇかよ」

「今日から長所にできるわね。安心して、ウィッグも貸すし化粧もしてあげるから」

「いや、でも……」

「でも? まだ何かある?」


 いかん。外堀を埋められている。

 このままではいけない。

 なんやかんやで言いくるめられる恐れがある。

 ――よし。


「分かった。着よう」

「ホントに?」

「ただ、覚悟を決める時間が必要だな。今日はこの辺にしておこう」


 ここは逃げの一手だ。

 とりあえず今日のところは退散して、後日またゴネるなりなんなりしよう。

 俺はよいしょっと立ち上がろうとして――

 腹部に強烈な衝撃を受けて、後ろに吹っ飛んだ。


「かっ……」


 肺の中の空気を出し切ってしまい、声が出ない。

 胴にタックルを食らったのだと分かったのは、天井が見えてからだった。

 頭こそ打たなかったものの、あまりに突然の出来事に理解が追いつかなかった。


「逃さないから」


 気づいたときには、七重が腰に跨がっていた。


「お前……!」

「私が優しくしてる内に着替えたほうがいいんじゃない? 別に、力づくでもいいのよ」


 言うが早いか、七重は俺のTシャツをめくり上げる。


「馬鹿、ふざけんなって! 酔ってんのか!?」


 俺は七重の腕を掴んで抵抗するが、止まらない。

 少なくとも2年前まで陸上部で人並み以上の運動をしていた七重と、オタク趣味に明け暮れていた俺。

 力の差は歴然だった。


 おかしい。

 こういうシチュエーションって、普通は『やっぱり力じゃ男に敵わないな』みたいになるものじゃないか?

 そもそも上下が逆だろ!

 あっさりとTシャツを脱がされ、ぽいっと部屋の隅に投げ捨てられた。


「これならウエストも調整いらないかな……やっぱり私とあんまり体型変わらないわね」


 体つきを確認するように、ぺたぺたと俺の体を触る七重。

 手が温かい。


「で、どうするの?」

「なにがだ」

「下も脱がせてほしいのかって聞いてるの」


 こいつ……調子に乗りやがって。

 なんでも力でどうにかできると思うなよ。

 こういうやつには毅然(きぜん)とした態度で立ち向かわなくてはならない。

 俺は、七重が聞き間違えることのないよう、はっきりと言ってやった。


「自分で着替えます」

___

 8月29日 22時

 ◆多々良まひるの部屋◆

 YowTubeチャンネル登録者数:602人

 tuitterフォロワー数:1002人


 ☆長月(ながつき)夜長Channel☆

 Yowtubeチャンネル登録者数:392人

 tuitterフォロワー数:1072人

もし面白いと感じていただけましたら、最新話下部の評価・作品ブックマーク・感想などよろしくお願いします。


活動報告もこまめにしていくつもりです。

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