78 戯れのカタストロフィ
ブランカの指差す先ーー『凪の国』の上空にそれは現れた。
巨大な生き物だった。
ホーンホエール(角鯨)も大きかったが、現れたそいつはさらにデカい。
一対の翼を優雅に羽ばたかせるそいつは視界どころか国全体を覆い尽くしてしまうほどの存在だった。
黄金色に輝く鱗に覆われ、全身は照明魔法以上に眩しく煌めいている。
4足2翼という特徴的な体。
長い首と尻尾を持ち、頭部には3本の凛々しい角がある。
鋭い牙と合間って荘厳かつ威厳のある顔つきは思わずひれ伏したくなるほどの迫力があった。
現れた巨大すぎる存在に、先ほどまでワイバーン達を見て恐慌していた国民達も口を半開きにして空を見上げる。
「ドラゴン……?」
群衆から呆けたような声が聞こえてきたが、それも無理のないことだろう。
俺たちの頭上にいるその生物の姿は伝え聞くドラゴンそのものだったのだから。
『凪の国』上空へと現れたそのドラゴンは羽ばたきながら1箇所で浮遊を続けている。
その双眸は『凪の国』から急いで離れようとしているワイバーン達へ向けられていた。
するとーー
ドラゴンの口が開き、その口元へと光の玉が形成されはじめた。
同時にドラゴンの全身が強く発光する。国全体が昼間になったかのように明るくなり俺は思わず目をすぼめた。やがて、ドラゴンの光が口元の光の玉へと力を注ぐように収束されていく。
そしてーー
大気を破るような轟音とともに、光の玉が形を変え光線となって放たれた。
光線は空を飛び逃げる20頭近いワイバーンの群へ向かいーー
ワイバーン達は一瞬で焼き尽くされ姿がなくなった。
悲鳴をあげる間も無い刹那の出来事。
生態系の頂点種がまるで虫ケラのように殺されるという事態に俺も国民達も一瞬理解が遅れた。
金縛りにあったかのように誰もその場を動けない。
遠くから微かに魔物達の鳴き声が聞こえる。
ただ数分前に聞いたような獰猛さは感じられず、その鳴き声には圧倒的な存在への恐怖に染められているように感じられた。
唖然とする人間達を他所に、ドラゴンは『凪の国』の上空を旋回し始めた。
小国とはいえ『凪の国』と同じくらいの巨体が翼を広げ空を飛ぶ。
圧巻とも言えるその光景はあまりにも現実感がない。
誰もがドラゴンの挙動に注目する。
超然としたその姿に手を合わせ祈りを捧げている国民もいた。
どこかの国ではドラゴンを神とする宗教があるそうだが、天を舞うその姿は確かに恐ろしくも神々しかった。
やがてドラゴンは国の中央へとやってくると、くるりと回転しながら上昇し教会跡地上空へと停止した。
翼を大きく広げその全身が発光する。
口が開かれ再び光球が形成されていくが、ドラゴンの視線はどうみても『凪の国』へ向けられている。
その意味を理解する前に俺の体は強い力に引っ張られた。
何か柔らかいものに抱きしめられる感覚と共に、俺の体がフワリと浮きその場から移動する。
超高速の移動によって視界が歪んでみえる。
ちらりと目を動かし、俺はようやくブランカに抱きかかえられているのだと気付いた。
ちなみにブランカの反対の手にはドリアが抱えられている。
「お、おいブランカ!」
話しかけてもブランカは反応を見せない。
俺を抱きかかえる力を強め、さらにスピードを速める。
ブランカの表情に余裕はなく、逃げることで精一杯といった感じだ。
そしてその判断は正しかったと言わざるを得ない。
ブランカが速度をあげて5秒もしないうちに、地面が大きく揺れ世界が白くなった。
何が起こったのかを理解する前に、俺たち3人は衝撃波によって吹き飛ばされる。
ブランカの手を離れ、俺の体は草むらの上を2回3回だけでなく10回以上回り続けてしまった。
衝撃で左足が折れてしまい激痛に俺は呻く。
衝撃波が過ぎ去り、俺は痛みをこらえながら上半身を起こした。
どうやら俺は『凪の国』周辺を囲む平原地帯にいるらしい。
全身の痛みに襲われる中で、俺は轟音のする方向へと振り返った。
平原地帯の先に光の柱が立っていた。
雲の切れ目から差し込む陽光とは段違いの明るさで光の柱は輝く。
天に向かって伸びる柱は次第に細くなり、10秒もすると姿を消した。
その上空には黄金色に輝くあのドラゴンがぐるぐると飛び回っている。
あのドラゴンが移動していないのなら、奴の下にあるのは『凪の国』であるはずだが、
「……国が消えた?」
俺はぼそりと言葉を吐いた。
ドラゴンの真下には何もなかった。
木造の家も、国を覆う柵も何もかも存在していない。
地面は大きくえぐれてしまい、とてつもなく巨大な穴があるだけだ。
少なくとも国と呼べる物は何もない。
「ナイト! 大丈夫?」
呆然とする俺の横へとブランカがやってきた。
怪我をしている様子はないが、その表情はまだ堅い。
ブランカの左脇にはドリアが抱えられている。高速移動によって目を回しているらしく、ドリアは呻いていた。
「あぁ…………いや、足が折れた。自力じゃ動けそうもないな」
「そうなの? でも、早くここを離れたほうがいいよ。まだあいつの射程距離だもん」
そういうや否や、ブランカは俺をおんぶすると再び走り出した。
動こくたびに折れた足が痛むが文句を言っている場合ではない。
俺は痛みをこらえつつ、ブランカへと話しかける。
「ブランカの高速移動のおかげで助かったな。じゃなかったら今頃俺たちもドラゴンの攻撃に巻き込まれてたぜ。それにしても国の中央から草原地帯まで数秒で辿り着くとか、ブランカって音よりも速く動いたんじゃないか?」
「まだ安心できないよ。あいつは私たちの存在を把握してる。今は別のことに興味を持っているみたいだけど、いつ私たちを攻撃してきてもおかしくない。早く逃げないと」
ブランカの口ぶりはあのドラゴンのことを知っているかのようだった。
「おい、ブランカ。大山脈のドラゴンに戦いを挑んだって前に言っていたよな? ひょっとしてあのドラゴンがそうなのか?」
ブランカは頷いた。
「なんでこんなところにドラゴンがいるんだ? 大山脈まではワイルドボアで走ってもあと4日はかかる距離があるんだぞ」
俺の疑問に対し、
「多分、国を守っていた魔法陣があったでしょ? あれが消えたの察してから飛んで来たんだと思うよ」
「飛んで来たって……結界が解かれてから5分も経ってないのに」
「うー。5分あればあいつには十分だったんだよ」
「マジかよ。それにしてもこんなに離れた場所へわざわざ来るなんてどうなっているんだ? ワイバーンどころか国まで攻撃しやがった。意味がわからない」
「うー。でもドラゴンなんてそんなもんだよ。さっきの攻撃も『なんか飛んでるな。面白いから撃ち落としてみるか』とか『なんか足元にうじゃうじゃ小さいのがいるな。ちょっと攻撃してみるか』くらいの気持ちでやったんじゃないかな?」
ブランカは続ける。
「ドラゴンは基本的には大山脈住んでいるけど、興味があればどこにだって行ける。『凪の国』にやってきたのも結界が消えたことに興味をもって様子を見に来ただけじゃないかな? 深い理由はないと思うよ」
「そんな軽い気持ちで国を滅ぼすとか冗談きつすぎだろ」
呆れる俺だったが、不意にぽんぽんと俺の足を何かが叩く感覚を受け下を向いた。
どうやらドリアが俺の足を叩いているらしい。
「なんだよ、ドリア?」
「なぁなぁ、ナイト! ドラゴンに会えたぞ!」
満面の笑みを見せるドリア。
「すっごいなー。ワイバーンなんかあっという間にやられちゃった! ナイトはドラゴンを仲間にするんだろ? これであの杖女にも楽勝だな!」
言われてようやく俺は目的を思い出した。
ーーそうだった。俺はドラゴンを仲間にするつもりだったんだ。
考えてみれば大チャンスだった。
大山脈という過酷な場所に行かずとも、ドラゴンの方から人里へやって来るなんて貴重なこと。
その現場に居合わせたのだから、これはもう奇跡を超えて運命とすら思える。
慌てて『魔物図鑑』を取り出し俺は追加されたページを覗き込んだ。
世界最強の種族ドラゴン。
そいつを仲間にするチャンスに俺は一気に緊張し始めた。
だがーー
『種族名:・オ・タ。シ・ノ・鬣エ・
危険性:?ǰ?
捕獲条件:㿢늦㿈ꐿ슿㼿㼿쪪㿲붾ꐿ㼿㼿㼿㼿㼿㿏ꓒꐿ㿞꓅ꐿ
状態 :極めて落ち着いている
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鮴阪◆縺。縺ッ蠕?▲縺ヲ縺?k縲り?繧峨r遐エ貊?&縺帙?∝?隱輔&縺帙k縺九?繧ゅ?繧 』
浮かぶ上がる文字は意味不明だった。
当然捕獲条件など分かるはずもない。
さらに言えば、他の魔物たちのページにはあるはずの『図鑑に戻す』『回復する』などの楕円形で描かれた操作項目すら記載されていない。
ーーなんだよこれ?
驚く俺だったが、後方から強い光を感じ振り返った。
ドラゴンが再び光を放っている。
こちらに背を向けているため詳細は分からないが、聞こえて来た轟音から察するに北側にいる魔物の大群へと攻撃しているのだろう。
ドラゴンより北部からは無数の光の柱が見える。
攻撃された魔物たちは蹴散らされたと考えるのが妥当か。
恐るべき攻撃範囲と威力。
そしてこれだけの攻撃をしているにも関わらず、ドラゴンの状態は『極めて落ち着いている』と記載は変わっていない。
つまり本気を出していないどころか、攻撃をしているという意識があるかも疑問だ。
あれだけの攻撃が欠伸やくしゃみのような動作の1つに過ぎない可能性もある。
「ナイト。まだドラゴンを捕まえるとか言うつもり?」
俺を背負うブランカが問いかけて来た。
俺は『魔物図鑑』をしまいながら首を横に振る。
「いや……やめておくよ」
ーーあれは人が従えられるような存在じゃない。
後方から瞬く光を浴びながら俺は認めるしかなかった。
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