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76 教会前での決戦

 ーー今の轟音は何だ?


 俺は『魔物図鑑』を取り出し最後のページを開いた。

 このページは『魔物図鑑』全体に関する情報が浮かび上がっている。

 シェアリングクロウ(伝播烏)たちの視界を元に、周辺の状況が図鑑へと記載され始めた。


 どうやら広場ではなく、国の中央で広範囲に及ぶ爆発が起こったらしい。

 そして、広場付近にはメルガーナ(鋼鱗蛇)とシールドエレファント(鎧象)の2体がいるが、双方ともに甚大なダメージを受けている。

 

 俺は『回復』機能で2頭を癒しながらシェアリングクロウの能力で現場の状況を覗いてみる。

 

 映し出されたのは教会の前で魔法陣を展開する女の姿。

 教会はボロボロに崩落しており、司祭らしき純白な服を着た男達が呆然と立ち尽くしている。

 

 魔法陣からは火の玉が発射され、着弾した場所から火柱を起こしている。

 衝撃も凄まじいようで、重量級魔物2頭の体が一瞬宙に浮くほどだ。


「ナイト。こっちは片付けたよ」


 不意に空から声が聞こえたかと思うと、ブランカが屋根から飛び降り俺の横へと姿を表した。

 

「ブランカ。今からお前を教会前に召喚する。ドリアも合流させるからメルガーナ達と一緒に魔法陣使いを攻撃しろ」


「うー。わかったよ。でも私は無理して踏み込まなくていいんだよね?」


「あぁ。止めはホーンホエール(角鯨)の雷撃だ。空間移動も魔法障壁も使う猶予を与えず一撃で倒す。そのためにもお前たちは魔法陣使いの動きを止めてほしんだ。もちろん決められそうならお前達で止めを刺していい」


「ナイトはどうするの?」


「俺も教会へ向かうよ。5分もあれば到着する」


 図鑑を操作し、ブランカの姿が消える。

 ドリアの操作も済ませ、俺は走り始めた。


 ーーいつもより足取りが軽い気がするな。


 道中そんな感覚を覚えつつ、俺は怯える国民達を無視して街中を駆け抜けた。






 教会前へ辿り着くと、凄まじい光景が広がっていた。

 崩壊した教会の入り口には魔法陣使いが連続で魔法陣を展開している。

 輝く魔法陣からは雷、炎、冷気など様々な性質の魔法攻撃がブランカ達に向けて放たれている。


 いずれもかなりの威力で放たれたらしく、教会前の敷地は穴だらけ。

 ブランカ達は各々攻撃を避けつつ、魔法陣使いへ攻撃を加えている。

 

「はああああっ!」


 ブランカの拳が放たれる。

 ドリアや他の魔物の攻撃は魔法障壁で防いでいた魔法陣使いも、フルパワーで攻撃するブランカの攻撃を防ぐことは諦めているようだ。

 空間移動で攻撃を回避している。

 4匹の背後をとった魔法陣使いは今度は突風の魔法で4匹へと反撃した。

 その表情はまだまだ余裕そうに見える。


 ーー危険度「高」以上の4頭を相手にしてまだ余裕かよ。

 

 正直驚きだが、これはまだ想定内だ。

 

 俺は魔法陣使いに見つからないように崩落寸前の建物の陰に隠れながら、交信魔法で4頭へと指示を出した。


 ブランカは接近戦をやめ、木材を投擲する中距離攻撃へと切り替えた。

 メルガーナも地中からの攻撃をやめ、尻尾を振り回す攻撃を主体とするスタイルになる。

 全体的に4頭はできるだけ魔法陣使いと距離を開けて戦い始めた。


 ーー追い詰めすぎてはいけない。この女には余裕でいてもらう。


 この20日間。

 戦力を増やしながら、俺は魔法陣使いと対決する際の作戦を考えていた。

 一番厄介な点はこの女はいざとなったら安全に逃げることができる事だ。


 どれだけこちらが有利をとっても、不利と分かれば魔法陣使いは空間移動で遠くへと避難できる。

 そうなれば追い詰めるために俺たちが使っていた作戦も魔物の能力も知られたまま、相手へと再チャレンジのチャンスを与えることになる。

 次に対峙する際に同じ作戦は通じなくなるだろう。


 魔法陣使いにとっての勝利条件はこの俺を仕留めることだ。

 

 今、奴は魔物4頭を相手にしながら俺を探しているはず。

 気配を探る魔法。体温を察知する魔法。魔力を検知する魔法。

 人を探す魔法はたくさんあるが、遠方まで揺がすほどの魔法を派手に使って自分の居場所をアピールしてきた点から見て、この女はさっきまで俺を見つけることができていなかった様だ。


 俺は全身に『封魔の鎖』を巻いていた。

 どんな探知魔法を使ったとしても、鎖の力で魔法はうまく作用しないはず。

 それでも魔法が打ち消されている感覚から、正確な位置は分からなくとも魔法陣使いは俺が近くにいることを察するだろう。


 ーー坊やの居場所が分かれば勝てる。


 奴がそう思いこの場を逃げないことが重要なのだ。

 俺の位置が分かった瞬間、奴は俺の近くへと現れ俺を殺そうと攻撃を仕掛けるはず。

 それは勝利を確信し、隙が生まれる瞬間だ。

 そこを雷撃による一撃で倒す。


 戦場へ目を向けると、ドリアの種弾丸とシールドエレファントが放り投げた木材が魔法陣使いを挟撃しているところだった。

 魔法陣使いは魔法障壁で攻撃を防いでいたが、


「っ⁉︎」


 一瞬で詰め寄ったブランカの一撃離脱の高速攻撃で障壁に亀裂が入った。

 余裕だった表情が崩れ魔法陣使いはとっさに空間移動を発動させ、姿を消す。

 再び4頭の背後をとった魔法陣使いへと俺は姿を見せ、光弾を撃ち込んだ。


 魔法陣使いはにんまりと邪悪に笑い再び空間移動をしてみせる。


 俺の背後に気配が現れた。


 ぞわりとする鋭い殺気を背中に浴びながらも、俺は勝利を確信した。


 ーーやれ! ホーンホエール!


 俺の念に応じ、空から雷が降ってきた。






 雷撃が教会付近へと落下する。

 空気を切り裂くような雷鳴とともに、落下地点には破裂音が響き渡った。

 

 訓練によって可能な限り攻撃範囲を狭めたとは言え、やはりそこはホーンホエールの雷撃だ。

 地面がえぐれ、衝撃波によって俺は前方へと吹き飛ばされる。

 素早くブランカが俺の体を起こしその場から離れてくれた。


 土煙が舞い、教会前の視界が悪くなる。


「……やったか?」


 ブランカ達に囲まれながら、俺は土煙が落ち着くのを待った。

 数秒程度で土煙が消え、俺たちの眼前に煙の奥の景色が見えてくる。


 雷撃落下地点には、魔法陣使いが立っていた。

 杖に身を寄せ、息を荒げているが生きている。


「なんだと……」


 その光景に俺だけでなくブランカ達も息を飲んだ。

 雷撃のタイミングはばっちりだったはずだ。

 にも関わらず魔法陣使いに怪我をしている様子はない。

 呼吸は荒いが、ほぼ無傷と言える。


「……今のは…………危なかったわ………………最初からこれが狙いだったわけね……」」


 魔法陣使いは苦痛に顔を歪めつつ、それ以上の憎悪の視線を俺たちへ向けた。

 鋭い殺気に皮膚がぞわぞわと騒めくような感覚を俺は感じた。

 

 俺たちが呆然としている間に、魔法陣使いは地面を一度杖で突いた。

 緑色に輝く魔法陣によって、魔法陣使いの表情から疲労の色が消えていく。


「ふふふ……あはははははははははっ! すごいわ! 想像以上ね! どういう手段で雷を発生させているかは知らないけど、見事な威力と命中性だった! それだけに残念ね。表情を察するに、今のがあなたたちの切り札だったようね。あはははははははっ!」


 高笑いをする魔法陣使いが見たこともないような恍惚とした表情を浮かべる。

 

「素晴らしかったわ。魔物との連携も抜群ね。てっきり狼娘で止どめを刺しにくると思っていたからびっくりよ。わざと居場所を明かして私を誘ったのもお見事。でも残念ね。私は日頃から空間移動するたびに自分の周囲へ自動的に障壁を展開するように魔杖『ヴァーティン』に設定しているのよ。空間移動の瞬間が一番無防備なのは分かっているからね」


 魔法陣使いは続けた。


「それでも実際のところ危なかったわ。自動設定の障壁は普段使うものよりどうしても弱くなってしまうから。実のところ障壁は突破されたのよ。ただ電撃の威力はだいぶ弱められたから致命傷にはならなかったわね。ギリギリだったわ。危ない危ない」


 にやりとほくそ笑む魔法陣使いの姿。

 俺は悔しさから歯を食いしばってしまった。


「くそっ!」


 こうなったら正面からの殴り合いに持ち込むしかない。

 俺は気を取り直し、『魔物図鑑』を取り出した。


「あら? まだ抵抗するの?」


 愉快そうに笑いながら魔法陣使いが杖を突く。 

 その瞬間、地面へと巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 複雑な文字と図形の並んだその魔法陣が紫色に輝くとともに、


「がっ!」「わっ!」「えっ!」


俺たちの体が地面へと吸い寄せられる。

 驚きの声を上げつつ、俺たちは地面へと這いつくばる形となってしまった。

 

「うふふ。あなた達の体重を増加させる魔法よ。今は約5倍ってところかしら。どんどんきつくなるわ。早く逃げないと潰れちゃうかもね」


 魔法陣使いの言うように、体がどんどんと重くなり、地面から起き上がれそうもない。肺が圧迫されているのか、呼吸もし辛くなっている。


「ナイトぉぉぉ……」


「ガ……ガアッ……」


 ドリアとシールドエレファントが呻く。

 魔法陣の中で俺たちが悶える。

 そんな中で、


「はああああああっ」


 気合いの声をあげて立ち上がったのはブランカだ。


「そうね。狼ちゃんは強化魔法で立ち上がれるか。もぅ! 大人しくしてくれればいいのに」


「食らえ!」

 

 ブランカが拳を撃ち込もうとする。だが、


「もうそれ飽きたわ」


 魔法陣使いが杖を突くと、地面から水の塊が出現し、ブランカを包んで空中を浮かび始めた。


「うふふ。そのまま溺れちゃいなさい。何秒もつかしら?」


 水球の中でブランカが脱出しようと悶えている。

 強化魔法でパンチを打ち込んでいるようだが、水球はブランカにまとわりつき離れようとしない。


 ーーまずい。溺れる前に図鑑へ収容してやらないと。


 俺は図鑑を操作しようとするが、頭部を圧迫され次第に意識がぼやけてきた。


 ーーくそっ……力が入らない…………っ……


 視界が歪み、俺は図鑑を手放してしまった。

 

 骨が軋む感覚に死を意識してしまう。

 拳を握ることすらできない。


「えっ? なによ、これ?」


 不意に聞こえてきたのは魔法陣使いの声だった。

 余裕だったはずの声音が一気に緊張している。

 

 そして、次に俺が感じたのは地面の揺れだった。

 ほぼ同時に全身に襲いかかっていた重さが消え、意識がはっきりとしてきた。

 息を荒げつつ、俺がのっそりと体を起こそうとするが、地面の揺れはどんどん激しくなり立ち上がることができない。


 見れば魔法陣使いは姿を消していた。

 首を動かし周囲を探すと、奴はまだ崩落していない建物の屋根へと移動している。

 

 やがて地面には大きな亀裂が走り、そこから赤い液体が溢れ出した。

 そしてーー遠くから獰猛そうな雄叫びが聞こえてきたのだった。

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