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7 『石畳の国』を脱出せよ

「ちょ、お姉さん。その光もう少し弱くできない? メチャクチャ眩しいんだけど」


 橋の下を照らす魔法の光。

 発生源である祭服の女へと俺は抗議した。


「ヴィオ、光を弱めてやってくれ」


 隣に立つ男が指示を出すと、女は不満げではあったが光を弱めてくれた。

 やはり男の方が偉い立場にいるらしい。

 光が弱まると、俺は目をしょぼつかせながらベンチから体を起こし、立ち上がった。


「さっきは休憩しているところを呼びかけて。今度は寝ようとしているところに現れるとはね。俺に何か恨みでもあるんですか?」

 

 俺の言葉に男は澄ました顔で、


「何度もすまないね。それにしてもこんなところで野宿とは。風邪を引いてしまうよ?」


「お気遣いどうも。でも宿がいっぱいでしてね。どこも泊めてくれないんですよ」


「そうか。それは残念だね」


 ところで、と男が続ける。


「さっきも聞いたが狼人間を見かけなかったかい? 君が若い女性と歩いているのを見たと言う証言者がいてね。話を聞くとどうも連れの女性の服装は、僕らが追う狼人間と似ているような気がするんだ。何か知らないかな?」


 朗らかな笑みを浮かべるが、男の目は笑っていない。剣を思わせる鋭さがあった。

 邪悪な感じこそしないが、疑惑に染まっているように思える目だ。


 ーーこの人たちは俺がブランカと一緒だと思っているらしいな。何故だ? 目撃者って料理屋の店主か?


「知らないね。人違いじゃない? 野宿しているのを見れば察しているでしょうけどね。俺はそんなに裕福じゃないんすよ。夜中に女の子連れて遊ぶ余裕なんてない」


 俺の言葉に男はふむ、と指で唇を抑える仕草をしてみせた。どんな仕草でも様になるタイプらしい。憎たらしいくらいのイケメンっぷりだった。


「そうかもしれないね。そうだ! ここで再会したのも何かの縁だ。僕らの宿を紹介しようか? 一室くらい空いていると思う。何度も休憩を邪魔してしまったからね。宿代は僕らが払うよ!」


 急にぱぁっと子供のような笑顔を見せて男が提案してきた。

 疑惑に染まっていた瞳も心なしか澄んでいるような気がする。

 正直なところ急な雰囲気の変化とその落差に俺は唖然として即答できなかった。

 なんと言うかいまいち距離感が掴めない男だ。


「…………いや。いいですよ。他人に借りを作るとろくな目に合わないんで」


「遠慮しなくてもいいよ。宿屋の女将さんが作る卵料理が美味いんだ。朝食は期待していい」


「いや、だからいいですって。今夜はこのベンチで寝るから。つーか。寝かせてくれ」


「いいのかい? 僕の提案だからメンバーも宿屋も了承してくれると思うよ?」


「人望があって羨ましい限りですね。でも結構ですよ」


「無欲だな。こんな日なのに」


 そう言って男は寒そうに体をさすってみせた。


「別にどうってことないっすよ。この程度の寒さ。野宿はしたことないけど、冬の廊下を一晩中立たされたこともあるんで」


「ん? いや、寒さのことじゃないよ。狼人間が逃げ込んでいるのに野宿しようだなんて、君は随分と肝が座っているんだね」


 その声はーーもはや隠す気がないほど敵意に染まっている。

 俺は言葉に詰まった。


「普通寝られないよ? 魔物が徘徊している場所になんてさ。まして君は1人。安眠するにはいささか無謀だよね? それとも君は狼人間くらいあしらえるくらいに強いのかな? もしくは自分は襲われないという確信でもあるとか?」


 こちらの反応を確認するためなのだろうか。ゆっくりと、男は歌うように喋る。

 もうその顔は笑っていなかった。

 騎士を思わせる毅然とした表情。隙あらば一太刀浴びせてきそうな、切っ先鋭い眼光と殺気。

 それら全てが圧力となって俺の全身へと突き刺さる。


「別に……」


 その一言を口にするのが俺の限界だった。

 余計な言葉はこの男には逆効果。本能が俺にそう警告したのだ。


「そうか……邪魔をして悪かった。気をつけて野宿してくれ」


 俺の言葉をどう解釈したかは不明だが、男はくるりと振り返し、祭服女を連れて通りへと去って行った。


 ベンチへと倒れこむように俺はへろへろと座った。

 脇と手の平から汗が止まらない。


「何だあいつ……殺されるかと思った……」


 深呼吸を繰り返した。まずは落ち着かなければ。

 数分も深呼吸をすると、ようやく俺は平静を取り戻した。


 俺は『魔物図鑑』を出現させると、『狼人間(純血)』のページを開いた。

 ページの左上にあった黒い正方形の図形。さっきまで真っ黒だったその中にはーー、


『おーい! 出してよー!』


 2頭身となったブランカの絵が書かれていた。

 絵本の登場人物を思わせるデフォルメされたデザインとなったブランカの絵。

 ブランカの口から吹き出しのような物が出て、セリフを表現していた。


「ブランカ。すまないけど最低でも朝までは図鑑の中にいてくれ。『七色の風』に俺はマークされたかもしれない」


『えぇー! うー。しょうがないな。朝までだからね』


 俺の声はブランカに届いているらしい。

 吹き出しの中のセリフが変わり、イラストのブランカも腕を組んでちょっと怒った様子に変化している。と言うより生きているかのようにイラストが動いているのだ。


 『図鑑に戻す』


 ページの下部に書かれた操作項目の1つだ。

 『七色の風』が声をかけてくる寸前に、俺はこの項目のことを思い出し一か八か使ってみることにしたのだ。

 結果は期待通り。瞬きする間もなくブランカの姿はベンチから消え、図鑑の中に収容された。


 ーー図鑑を消せばブランカの存在を完全に隠せるわけだ。とりあえず窮地は脱したか。


 俺はため息をつくとベンチへと寝転がった。汗をかいたせいかだいぶ寒い。


「ブランカ? 図鑑の中はどうだ?」


『メチャクチャ快適だよ。春みたいに暖かくてさ、ふわふわのお布団もあるし、お水もお湯も泉みたいに沸いてるよ。おやすみぃ』


 イラストのブランカが変化し、布団らしきものを画面内に引っ張ってくるとスヤスヤと眠り始めやがった。


「なんだよそれ。主人より快適な環境で寝やがって」


 世の不公平を呪いながら、俺は体を丸め寒さに耐える。

 やがて疲れからか俺は眠りについた。





 翌朝。

 橋の上を荷車が通る音が響き渡り、俺は目を覚ました。

 幸い風邪を引いてはいないようで、軽く体操を済ませると俺は『魔物図鑑』を開いてみる。


 イラストのブランカはよだれを垂らしながら眠っている。

 そしてページの下部にある項目がまた変化していた。


『回復』『強化』『図鑑に戻す』『召喚』『逃がす』『装備』


「『装備』ね。服装とかを変えることができるってことかな? あぁ、それなら」


 俺は『装備』の項目を押してみる。すると正方形の中が変化し、二頭身のブランカが正面を向いた状態で出現した。それと同時に右側に複数の服装の選択肢が出てくる。

 俺は出来るだけ平凡な外見の服装を選んだ。選択肢にある服装は、全て耳を隠すためのフード付きである。ブランカ用ということらしい。


 作業が終わると、再び枠内は間抜け面で寝ているブランカに切り替わった。服装が変化している。


 ーー腹の部分が血で染まっていたからな。服屋に行く手間が省けた。


 図鑑をしまった俺は通りに出た。

 屋台で軽く食事をとると、城壁の方向へと歩き始める。

 目的は『石畳の国』からの脱出だ。


 『七色の風』のリーダーは俺を疑っていると考えたほうがいいだろう。

 図鑑の力でブランカを隠している限り決定的な証拠がないので、連中も俺に強く接することはしないだろう。しかし、このままではブランカを出してやることが出来ない。


 それに『七色の風』に疑われていることが周囲に知られれば、仕事どころか国内で生活するのに支障がでるだろう。俺と『七色の風』では世間からの信頼度が違いすぎる。


 それになにより、『魔物図鑑』のことがある。

 折角起動したこの宝具を腐らせる気はない。おそらくこの図鑑は魔物に遭遇することでページが増えるはず。『石畳の国』の平和さは魅力的だが、『魔物図鑑』を持っている俺にとっては能力を発揮できない監獄だ。


 魔物が住む外界。そこでこそ、この宝具は輝くだろう。

 

 城壁までやってきた俺の前には国を出ようと手続きをする長蛇の列が広がっていた。

 行商人。旅人。冒険者などなど。

 俺は出国管理窓口の列に並ぶ。


「名前は?」


 管理官の窓口にで俺は中年女性職員に問われた。


「ナイトだ。昨日、魔法学校を卒業した。研究と研鑽のために旅に出たい。城壁を通してほしい」


「未成年者の単独出国は認められていないわ。下がってちょうだい」


「え? そうなの? じゃあ、どうすれば出られるんです?」


「大人の方が同伴なら良いわよ。はい、次の方どうぞ」


 事務的に処理され列から外された俺は近くにあったベンチへと座った。

 歩いて出国しようとしていたのに、いきなり出鼻を挫かれた感じだ。

 大人の同伴。これは厳しい条件だ。

 どうしたものだろう。


 腕組みをして俺は考える。行商人の一団に雑用でもするから連れて行ってくれと頼んでみようか? でも身動きが取れなさそうだな。ブランカを出してやるのも厳しそうだ。


「おい、兄ちゃん」


 思考を巡らす俺へと呼びかける声が一つ。

 声のした方へと顔を向けると、


「出国を拒否されたみたいだな。こっちに来ないか? 出国できる方法があるぜ」


 熊のような筋骨隆々の男が1人、ニヤリと笑みを浮かべて立っていた。

 

 

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