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3.きっと君たちは好きになる

 そして貴青きせい八年、二人の緋袍の青年はよう玄徳げんとくに呼ばれ、そして来期からの枢密院事すうみついんじへの就任――一つ上の位への昇進――を命じられた。


「いやったあ!」


 恥じらいもなく大声をあげ頭上に拳を突き上げたのは呉隼平、隣で唇をひきしめてしかし誇らしげに小さくうなずいたのは高良季である。


 まだ二十代後半で緋袍の最高官吏にまで登りつめたのだ。誰もがたどり着けるわけでもない高位に、この若さで到達してみせたのだ。ゆえに二人の興奮のほどは当然のことであった。


 が、二人は先に気づいておくべきだった。このような重要な内示がなぜ各々ではなく二人揃う場でされる必要があるのかを。


 だから玄徳の次の言葉は、二人のその興奮に沸いた熱を一気に冷ました。


「君たち二人には侑生ゆうせいの元で働いてもらいたい」

「……李、侑生?」


 めったに動揺することのない良季の口から、思わずといった感じでその名が漏れた。対する隼平は、見ればひどく顔をしかめて口の端をひくつかせている。


「も、もしかして。李侑生も昇進……枢密副使すうみつふくしに任じられるのですか」


 その声音にはあからさまな嫌悪の色があった。枢密使すうみつし、つまり枢密院の長官である玄徳と対峙しているというのに、隼平の口からたらたらと不満が漏れていく。


「李侑生って、確かまだ二十二、三ですよね。そんなに若いのに紫袍になっちゃうんですか。確かに李侑生……殿は天子てんし門正もんせいだしそれなりに有能な官吏のようですけど、あいつ裏では相当いやらしいことしているみたいだし、同じ男としてそういう奴の下で働くのは……ちょっと」

「おい、隼平。口が過ぎるぞ」


 良季の言葉に、隼平があわてて口を押さえた。そのまましばらく無言で常のごとくほほ笑む玄徳をちらちらと見ていたが、やがてむっとした様子で手をおろすと、またその口を開いた。この陽だまりのような長官を相手にしているせいか、本来であれば隠しておくべきであろう本音を、今ここでぶち撒けたい衝動に勝てなくなったのだ。


「……なんでまた俺らなんですか。李侑生みたいな若い奴には、逆に年のいった枢密院事のほうが適任じゃないですか」

「私もそう思います。私たちでは李侑生殿の持つ貴重な価値を活かしきることはできないように思います」


 さて、ここで言葉は違えど二人の青年は明瞭な拒絶を示した。李侑生の元では働きたくない、上司として認めることができない、と。これに玄徳は少し目を見開いて、やがてにっこりと笑った。


「君たちは枢密院事とはどのような職であるか分かっているかい?」


 問われ、二人はお互いの顔を見た。


「それはもちろん、枢密副使のために働く最高位の官吏ですよね」


「枢密副使の管理下のもと軍務に関する各種案件を処理することが枢密院事の仕事かと。つまり、実行手法の詳細検討、担当者の選定と承認、進捗状況の監視や視察、そして結果の評価と報告といったことですよね」


 端的に分かりやすく答えたのは隼平、事細かく語ったのは良季である。


 玄徳が一つうなずいた。


「では、枢密院事となる者にはどのような素質が必要だと思う?」

「素質……ですか?」


 黙り込んだ隼平に代わり、良季が答えた。


「枢密副使の命令を確実に実行するだけの能力を有していることかと」


「そうだね。そのとおり。君たちにはすでにその才はある。だがね、もっと大切なことがある。枢密院事となる者にとって絶対に必要なことがある。それが何かは分かるかな?」


 思案に入った良季に代わり、隼平がさっと手をあげた。


「分かりました! それは枢密副使と信頼関係を作ることですね。だってお互い信用できなければ仕事になんてならないでしょう」


 勢いよく答えた隼平に玄徳が深くうなずいた。ただ、隼平はその目をあさっての方向にやりながらその頭を無造作にかきむしった。


「でもそれは無理だなあ。俺は李侑生殿を信用できそうにないです。みんなはあいつの外面の良さに騙されているけど、俺はあいつの本性はそういうところにあるとはどうしても思えないし」

「……私も呉隼平の意見に概ね同意します。数々の情報を組み合わせると、李侑生殿は仕事に女を利用しているふしがあります。それにしばしば手当たり次第に女を食っている様子もあります。私は倫理に反する色狂いの上司を信じることなどできません」


 と、玄徳がぷっと吹き出した。目を細めてくつくつと笑いだす。


「あはははは。やっぱり君たちは私が思ったとおりの人間だ」


 きょとんとする二人にかまわず玄徳はひとしきり笑った。


 そして笑いがおさまるとこう言った。


「君たち、侑生の本当の姿と、そして心を知ってあげてくれないか。そして侑生のことを信じて助けてあげてほしい。信じることを私は君たちに強制することなんかできない。だけど君たちならきっとそうしてくれると思う。あの罪に怯えて生きる彼のことを、きっと君たちは好きになるよ」


 そして玄徳は二人に話をして聞かせた。


 それは盛夏のとある一日の話だった。


 だが長い長い話となった。


次話からは本編、前巻のつづきとなります。

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