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6.答えが出ない

 玄徳にとって、仁威のこともまた気がかりの一つであった。突然珪己の警備を辞めると言いだしたことはずっと気になっていたし、落ち着いたらまた自室に呼んでお茶を理由に会話をしなくては、と考えていたくらいには。


 今目の前にある案件とは無関係であるが、仁威は玄徳の手によってその生き方を定めさせられた一人である。だから直属の部下である侑生を気にかけるように、仁威のこともまた気にしていた。侑生のように玄徳にその身を捧げているわけではないが、仁威もまた武官であることのみに己の人生を捧げている。ただ一つのことに己を捧げているという点では二人の青年はまったく同じだった。――それ以外のことを切り捨てて生きているという点でも、また同じ。


 玄徳の瞳の色が確かに変わったことに気づき、すぐさま隼平は降参した。昨夜の宴でもう十分経験している。こうなった玄徳には抵抗しても無駄だ。


「昨夜会ったときによくよく話も聞かずに責めてしまったのですが、私が間違っていたようです」

「なぜ今、急にそのことに気づいたんだい?」

「はい、皇族である黒太子に失礼となることは重々承知していますが……袁仁威もまた同じであったな、と気づいたのです」

「というと?」

「その身を挺してでも、他人を傷つけてでも、大事な何かを護ろうとしている……というところがです」


 その答えがあまりに分かりやすい言葉で構成されていたので、玄徳は思わず笑ってしまった。


「そうだね、そうかもね。二人とも頑固で不器用だから」


 当然、龍崇は皇帝のために。


 かたや仁威は……何のためであろうか。

 やはり武芸者としての矜持のためか。

 珪己もこのところよくそのことで玄徳に怒りをぶつけてくる。


 今度会ったときに訊いてみよう、そう玄徳は思った。


 と、その真逆の性質を持つ部下のことが玄徳の頭に浮かんだ。芯があるようで惑いやすく、己を信じきれずにその器用さを活かしきれない青年のことだ。『頑固と不器用って……』『さすが楊枢密使』と目を白黒させている目の前の二人は、その青年の直属の部下である。


「侑生は……今日休んでいるのは体調を崩しているからだって聞いているけど、それは本当かい?」


 だしぬけの話題の転換に、二人の表情は真実を語るしかなかった。が、それは玄徳の知りたいすべてではなかった。


「なるほどねえ。侑生は仕事ができる状態ではないのは本当で、だけど君たちにも理由はよく分からないってところか」


 ずばり言われ、二人は口もごった。確かにそのとおり、二人は侑生の家人によってもたらされた文によってしばらく休む旨連絡を受けただけだった。


 昨夜仁威に対して行った問答無用の追及劇を、今こうして二人は玄徳にやり返されているかのようだった。が、当の玄徳は二人の屈辱的な心持ちなど気にもとめず、その椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げながら頭をめぐらせはじめた。


「なんでかなあ……。芯国の重臣に黒太子、確かに昨夜、珪己の周りは騒がしかったけど、でもきちんと考えればそんなものすべて未遂や虚偽で、気にしすぎるほうが自分にとって損だってことくらい、侑生には分かりそうなものだけどねえ。仕事ができないくらい深手を負うようなことでもないと思うんだけどなあ」


 きこきこと背もたれを揺らしながらつぶやかれるそれらは、珪己の実の父親の発言にしてはやけに軽いものだったが、言われてみれば確かにそのとおりで、思わず隼平と良季はお互いを見た。


「……もしかして、楊枢密使って相当な恋の手練れ?」

「そうかもな。あの冷静な分析力は軍政のみではなく他分野でも余すところなく発揮されているのだろう」


 ひそひそと会話する二人をよそに、玄徳はまだ己の思索の中にいる。


「やっぱり侑生はまともな恋をしたことがないから仕方ないのかなあ……。いや、でも、それでも、いくらなんでも、仕事を休むほどじゃないと思うんだけどなあ。ねえ、呉枢密院事はどう思う?」


 突然話をふられ、隼平は条件反射で答えた。


「いえ、休むほどのことがあったのだと思います」

「え? なんでそう思うの?」


 心底不思議そうに尋ねる玄徳は無邪気な幼児のようだが、彼の本質は枢密使である。答えに至る道筋が必ずあるはずで、それをきちんと説明しろと言っているのである。


 迷わず答えた隼平は、しかしそれが正解だと信じ、良季に目をやった。目を見れば、良季もまた同じように思っていることが分かった。そして二人は玄徳に向き直ると、その答えを裏付ける出来事を一つずつ説明していった。


 まず、昨夜の宴から袁仁威に呼び止められるまで。


 そしてその後に起こった侑生の変化の様子を。


 一人の人間が見せるにしては、その変化の振り幅が極端すぎた。無感情から大きく喜ぶまでにいたり、しかし一気に絶望へと突き落とされた。傍で見ていても心配になるほど落差が激しすぎた。


 それでも気丈に行動し、西宮に珪己を迎えに行った先で黒太子と謁見し――そこまではたしかに玄徳の考えるとおり、侑生は己を保つことができていた。


 だが隼平と良季が去った後でも侑生は長い間西宮にとどまっていた。そして珪己を正門前に誘導し、門前で突如姿を消し、宮城からも立ち去ってしまい――。


「私たちが西宮から去った後、侑生が立ち直れなくなるほどの何かがあったのかもしれません。……いえ、あったのだと、そう思います」


 話の間、玄徳は椅子に背をもたれさせ腕を組み、その目をつぶっていた。彼らの話が終わっても、沈黙の中、しばらくそのままでいた。


 やがて玄徳がその目をそっと開いた。


「……難しいね。明瞭な答えがでてこない」


 今夜帰宅してすぐに、いや、明日の朝にでも珪己に直接訊けば不明点を減らすことはできるだろう。しかしそれでも答えは出そうにない。手持ちの情報が少なすぎる。


(……それに、答えを出す権利は私にはないのかもしれないな)


 十中八九、侑生の心を折ったのはその恋心所以のことだ。であれば、親でもなんでもない玄徳が、上司の威光をもって根掘り葉掘り問いただすなどしてはならないこと。いや、たとえ親でも、侑生を、そして珪己を、恋に関して操作するような真似はしてはならない。


 昨夜のように助言くらいはすることもあるかもしれない。だが、何かあったからといってすぐに手を差し伸べていてはきりがない。大人であれば、自分の恋くらい己の力で守ってほしい。それも含めて玄徳は侑生に言ったのだ、『恋をしなさい』と。恋で悩み苦しむことは辛いけれど、きっと自分のためになることもある。直面した壁を乗り越える強さはきっと侑生にはある。その壁は自力で超えてほしい。


 しかし二人のことが心配なのは事実だから、今夜、玄徳は可能な範囲で動くことにした。


「明日は休日だけど二人に頼みたいことがある。いいかな?」


 もちろん、二人が断るわけがない。

次話から最終章です。

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