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4.文通の提案

 珪己が清照と別れて自宅に戻ったのは夕刻になってからだった。しかし最近は日も長くなっており、冬であれば真っ暗なこの時間帯、いまも太陽は空の隅でその身を蕩けさせながらも存在を主張している。空の真上だけを見れば、まだ昼間のような明るさがある。


 帰宅すると家人から荷を渡された。先ほど袁仁威がやってきてこれを置いていったという。言付けも文も何もなく、ただこの荷を置いていったそうだ。その名に少し戸惑いを感じつつ、自室に戻りその荷を解くと、そこには珪己が礼部で使用していた文具が入っていた。そして荷の一番上には同僚であった張温忠からの文があった。


 温忠は珪己の突然の官吏補辞任に驚き、そして悲しんでいた。その気持ちのありのままが文にしたためられていた。荷をまとめて馬祥歌経由で返却するけれど、これからも友達としてつきあいは続けたいからよかったら住まいを教えてくれないか、そうも綴られていた。個人的に文を交換しようと提案されていた。


 珪己はさっそく返事を書いた。わたしも温忠さんと友達になりたいです、と。これから旅に出る予定だが、文は自宅に送ってほしい、家人に転送させます、住所は……。


 楊家は中級官吏の暮らす最奥にある。隣に道場、そして道をはさんですぐ向かいからは商家が立ち並ぶ。そういう高位の者にとってはあまり喜ばれない立地に楊家はある。


 だが玄徳は蔡蘭さいらんと添い遂げてから暮らしてきたこの家に非常に愛着を持っていた。だから八年前の事変をものともせずここに住むことに固執している。その理由は言葉にされずともなんとなく分かる。道場から離れたくないのもあり、珪己も父と同様、この屋敷を好んでいた。


(まあ、この住所を見ても私が枢密使の娘だなんて分からないわよね。それに分かっても困ることもないだろうし)


 珪己は特に深く考えることもなくそう結論づけ、『便りを楽しみにしてます』と続けた。文を書き終えると家人の一人に届けるように依頼した。


「張温忠様、ですか? お嬢様のご友人か何か?」


 さりげなく初耳の届け先の素性を問うのは上級官吏の家人たる義務だ。それに答えるのもまた上級官吏の娘の義務だろう。


「ええ。礼部の官吏補の方なの」


 それを聞き、家人は満足そうにうなずいた。官吏補と聞けば、その身が保障された人物であることを証明したも同然だからだ。官吏補になるためには六位以上の官吏もしくは貴族や有力者の推薦が必須なのである。


 家人が下がったところで珪己は腕まくりをした。


「よおし、それじゃあさっそく華殿に入る準備をするとしますか!」


 以前使った女官の衣を出して、化粧品を揃えて――、ああそうだ武芸の稽古もするのだから武官の服も必要だ、いや道場で使っている稽古着でもいいか……などとやっていたら、すべての荷を用意したところで、珪己は疲れきってしまった。部屋の中はすでに薄暗くなっている。夜はすぐそこまできていた。


 ぐったりとその身を寝台に投げ出す。と、その目がとある棚のほうへと向いた。


 珪己はしばらくじっとその方を見つめ、やがて意を決して起き上がった。


 棚の引き戸を開け、取り出したのは一本のかんざしだ。


 小さな薄桃色の珊瑚の玉がついただけの、幼子用の丈の短いその簪を、珪己は手巾に丁寧に包み、そして荷の奥にそっとしまった。



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