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日ごとに強まる、何か

 何が何だか、訳が分からなくなった。

 頭の中が、真っ白。目の前は、真っ暗。

 どうにか冷静さを保つことができたのは、すぐそばにPがいたからだろう。僕は心の準備を整えてから、彼に質問した。

「お前には、この映像が何に見える?」

「墓」

 間を置かずに返ってきた答に、ほっとした。もしそれ以外の言葉だったら、専門病院に直行しようと考えていたからだ。

 しかし、安心している場合ではなかった。一月ほど前、この場所を訪れたとき、間違いなくコンビニがあり、ファッション雑誌から抜け出たような店員がいた。

 もし、あそこが墓だったとすれば、あの日、僕が見たもの、接したものは、一体なんだったんだろう。

 混乱する頭の中で、墓と、コンビニの繋がりについて、考えてみた。

 まず、この映像が、三年前のものだと仮定する、

 と、次の瞬間、納得できる答が見つかった。あまりのあっけなさに、笑い出したくなるほどだった。

 三年もあれば、高層ビルだって可能。コンビニぐらいなら、どんな場所にでも建設できる。

 しかし、そのあと、あることを思い出した。あのコンビニは、新築ではなかった。古い木造住宅を改造したような造りだった。

 気は進まなかったが、仮定を、反対側に切り替えてみた。

 今も、あの場所に、墓があるとすれば、どうなる。

 だが、その考えをすぐに頭から振り払った。それを基準にすると、話がおかしくなる。 今こうして、東京にいるのは、森伊蔵と一緒に送ったDVDの中に、会長の両親の姿が映っていたから。

 しかし、あのコンビニがこの世に存在しないとなれば、当然、あの女の子も、会話機能付きのノートパソコンをプレゼントしてくれたお婆さんも、トリエステという名前のパソコンも存在しない。

 だが、実際に僕は、会長の招待で東京に来ている。Pのマンションにいる。Pと一緒にいる。

 東京にいることが、現実の世界で起きていることに間違いないのは『街の風景』のDVDが、会長の『迎賓館』の神棚に飾ってあったことと、自分の左腕で、それを試してみたからだ。痛いというレベルではなかった。ペンチでつねったかと思うほどの痛みが、脳天を突き抜けた。左腕の内側には、血の滲んだ爪痕がくっきりと残っている。

 となれば、ストリートビューに映っている墓と、この僕は、何かで繋がっていなければならない。

 だが、いくら考えてみても、思い当たるものは、何もない。その繋がり具合は、例によって、僕の記憶から消えているのだろうか。

 気分転換のつもりで、半分ほど飲んだ野菜ジュースに代えて、コーラのキャップを開けた。そしてそれを一口飲んだところで、ひょっとすると、と思った。

 今の僕は、とても深刻な状態なのかも知れない。Pは、脳の地殻変動だと言った。しかし、夢と現実と妄想の区別がつかなくなっているということは、脳の破壊が始まっている証拠のような気もする。

 詳しいことは分からないが、こんなとき必要なのは、たぶん、早めの手当。しかし、救急車は、大げさ過ぎるのは分かっていた。

 タクシーを呼んでくれ、

 と言おうとして、気が変わった。Pが、とても余裕のある表情を浮かべて、僕を見ていたからだ。

 僕は、もう一口コーラを飲んだ。そして、無理に笑顔を作った。「もし、この墓が、今でも同じ場所にあるとすれば、どうなる?」

 Pはにこっと笑った。「その質問なら、もし、という言葉はいらないと思うけどな」

 意味が分からなかった。僕が本気で、自分の脳の状態を心配しているのが伝わっていないのかと思ったが、そのあとの言葉が、僕をさらに苛つかせた。

「それにしても、いいよな、お前は」なぜか、羨ましそうな声で、そう言った。

「俺の、どこが羨ましいんだ?」

「お前の中には、お前の知らないお前が、何人も隠れているからだよ」

 まるで中途半端な早口言葉。このような言い回しは、何度も聞いた。僕が聞きたいのは、その言葉に隠されたPの本音なのだ。

「ちょっと、待てよ、おい」僕はコーラを置いた。「お前には、俺の体の中が、透けて見えるのか?」

 すると、またもや、がっかりする言葉が返ってきた。

「見えるわけがないだろ」

「またかよ」僕は意識して語気を強めた。「これで、何回目だと思う? そうやって、俺の質問をはぐらかすのは」

「はぐらかしてなんかいないぞ」珍しくPはムキになってつづけた。「そりゃ、視覚的には見えないさ。でも、感じるんだ。その強さが、日ごとに強まるのも含めてな」


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