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Pの独断と偏見

 自分の声を聞きながら、しまった、と思った。

 僕たちはまだ、互いの話をほどんどしていない。彼に訊きたいことが、いくつもあった。

 まずは、将来が約束されていた映像の世界を蹴って、畑違いの不動産業に飛び込んでいった理由。長者番付の常連、会長の第一秘書に上り詰めるまでの苦労話。ミスダツを含めた映像学校時代の仲間たちのその後。暴走族の一員だったかもしれない彼の高校時代。

 Pは独特の物の見方をする。話題も豊富。僕の知らない世界のことを知っている。プロジェクトEDOの話ひとつとっても、三日や四日じゃ終わらないような気がした。

 明日帰ると、後悔が残りそうだ。しかし、一旦、声に出したものを引っ込めるわけにはいかない。でも、Pが引き留めてくれそうな気がした。彼も、僕と同じような気持ちを持っているはずだからだ。

 彼は、 僕が無職だということは知っている。だとすると、そこを突いてくるかもしれない。でも、彼は、どうせ、暇なんだろう。後二、三日ぐらいは、いいじゃないか。なんてことは言わない。言うとしたら、こうだ。

 さては、可愛い彼女が帰りを待っているんだな。

 まさかだろう。お前じゃあるまいし。と返せば、それで一件落着。

 だったら、御曹司のことは抜きにして、俺と付き合えよ。だって、俺たち、十年ぶりに会ったんだぞ。

 分かったよ。お前がそう言うのなら、仕方がない。でも、一日だけだぞ。で、めでたしめでたし。

 しかし、僕の願いは届かなかった。

「あ、そう」Pはあっさりと受け入れた。そして、そのあとに、意味不明な言葉を口にした。「俺がお前だったとしても、そうするよ。自分の目で確かめなきゃ、信じられないだろうからな」

 後の言葉の方が重要な意味を含んでいたのだが、引き留められなかったことにショックを受けた僕は、そのことに気づかなかった。

 昨日から僕に付き合っていたから、仕事が溜まっているのだろうか。それとも、会長か、社長から、接待は明日までと言われていたのだろうか。

 そんなことを考えていたとき、コーヒーが運ばれてきた。ファミレスの飲み放題のコーヒーに慣れてしまった僕には、久しぶりの本格的なコーヒーの香りだった。

 もしかすると、Pも、これに気を取られていたのかもしれない。Pは酒を飲む。でも、コーヒーも大好物なのだ。

「確かめるって、何を?」

 僕は、コーヒーの香りを楽しむふりをして訊いてみた。

「え?」Pは呆れたような顔で僕を見た。「何をって、お前が三日続きの夢を見たころの……」そこで言葉を切ったPは、何かを考えるような目を、窓の外に向けた。そしてしばらくしてから「やっぱり、あの話をした方がいいかもしれないな」と言った。

「何の話?」

「昨日言いかけたあの話だよ」

 しかしそれ以外のことは、何も言わなかった。熱いコーヒーを、一気飲みした彼は、レシートを掴んだ。そして喫茶店を出ると、タクシーを拾いながら、予約していた焼き肉屋に断りの電話を入れた。


「これは、俺の独断と偏見だ。笑い話と思って聞いてくれ」

 で、始まったPの話は、次のように続いた。

「お前の中には、飛び抜けた才能を持った奴がいて、ときどき無断で顔を出す。お前が最初に撮ったプロダクションでのあれと、会長の両親を撮ったときの映像は、偶然では説明ができないほどの完璧さを備えている。でも、そのときの活躍は、お前の記憶の中には残っていない。一見、不思議な話のようだが、その理由は簡単に説明できる。そいつには、言語能力というものが備わっていないんだ。だからお前は、覚えていない」

 確かに、荒唐無稽な話。しかし、映像センス抜群のPに褒められて、悪い気はしなかった。でも、間違っているところは、きちんと訂正しておかなければならない。

「そんなことはないと思うよ。俺の中には俺しかいない。十年前のことは、昔のことで、よく覚えていないけど、会長の両親が映っていたのは、本当に偶然なんだ」

「最初のカットは、どんな風にして撮ったんだ?」

 撮ったんじゃない。映っていただけ。僕は心の中で言ってから、場所の説明をした。

「カメラを構えていたのは、中央駅から一直線に続く線路が、真正面に見える特等席。いづろ電停を過ぎると、電車は、ほぼ直角に曲がるんだ。すると当然、車体の側面が見える。俺が狙ったのは、車体広告。だって、オレンジと茶色のストライプ柄の、チキンラーメンのパッケージそのままの電車が走っている光景なんて、どこでも見られるものじゃないからな。東京での二年間、ほとんど山手線だけを見ていた俺の目には、見慣れていたはずの市電が新鮮なものに見えたんだ」

「あのさ、そこは省いてもいいよ」とPは言った。「あのDVDを何度も見たから分かっている。三脚の高さは、お前の目のあたり。俺が知りたいのは、その後のことなんだ」

「その後?」

「地べたにカメラを置いた理由だよ」

「理由なんてないさ。電車広告を取り終えたからだよ。良いカットが撮れたから、三脚から外して、下におろしただけなんだ。ただその時、録画ボタンを切り忘れていただけ。だから、横断歩道を渡りきれずに、線路の横で佇んでいた二人が映っていたのは、偶然だったと言うんだ」

「じゃあ、後のカットは?」

「あれも、そう。バッテリーが少なくなったんで、交差点の信号の下にカメラをセットして、何を撮ろうかと、迷っているときに、知らないおばちゃんに、このあたりに、美味しいラーメン店があるはずですが、と話しかけられたんだ。相手は旅行客。知っている限りの店を教えたよ。話が終わってカメラを見たら、いつ誰が押したのか分からないけど、録画ボタンが押されていたんだ。後の方のカットをDVDに入れたのは、二人を追い越していった乳母車の若夫婦との対比が面白いと、」

 なおも続けよとする僕の話を、Pが遮った。

「じゃあ、もう一人の、お前の話をしよう」

 訊いても無駄だと思ったが、一応訊いてみた。「俺の中には、何人の俺がいるんだ」

「さあね」Pはにやっと笑った。「でも、二人以上いるのは間違いない。で、俺が注目しているのは、ときどき断片話を聞かせてくれる方のお前なんだ」


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