↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
94/106

脳の地殻変動?

 そのあと彼は「印象に残っている話が、いくつかあるんだ」と言った。

 海難事故で死んだ亭主を、六十年も待ち続けるシュークリーム店の老婆の話。

 拾ってきた黒猫に、女房を取られてしまった男の話。

 予約が取れないことで有名なレストランで鉢合わせした、二組の家族の奇妙な関係。

 真夜中にトイレの中から伸びてくる白い手。

 使い古しの安全靴を履いたペテン師。

「このあたりは、誰に聞かせても、ベストテン入りは確実だろうな」と言ったあと、帰りに買ってきたフライドチキンに手を伸ばして、同意を得るように言った。「な、最後まで聞きたいと思うだろう? 起承転結がどうなっているかも気になるよな」

 そんな設定の話を、本当にこの僕がしたのだろうか。という疑問が湧いたが、それは別にして、その中身をちょっと覗いてみたくなったのは確かだった。

「いくらなんでも、たったそれだけじゃ分からないだろう。勿体ぶらないで、もう少し詳しく教えてくれよ」と言うと、Pは真面目な顔で「でも、今のが全てなんだ」と答えた。

「なんだよ、おい」期待を裏切られた僕は、飲もうとしていたコーラをテーブルに戻した。「俺に言わせれば、今のは、出来損ないのタイトル。そんなものを、断片話とは、誰も言わないぞ」

「確かにそうだな」Pは指についたチキンの脂を、ティッシュで拭いた。「じゃあ、これから、出来損ないの帯タイトルと呼ぶことにするよ」と言ってから、僕をじっと見つめた。「それを断片話と呼ぼうが、帯タイトルと呼ぼうが、この俺には、その後ろに、本編がドーンと控えていることが分かるんだ」

 自信に満ちた声だった。僕は一番大きな骨付きチキンを選んで、一口食べた。「分かるって、どんな風に?」

「勘だよ。勘。俺の直感」

 また肝心のところで、肩すかしを食らったような気がした。

「そんな裏付けのない、あやふやなもので、断定するなよ」

 と言ったものの、僕の記憶の中に、断片話の欠片も残っていない状態で、この話を続けていても、埒があかないのは明らかだった。このままこの話を続けても時間を無駄にするだけ。話を切りかえよう。

 そういえば、今のベストテン候補の中に、ちょんまげロボットの話が入っていなかった。その理由を訊こうとしたとき、もっともっと大事な質問があったことを思い出した。

 トリエステの件だ。

 僕はチキンを半分くらい食べたところで、単刀直入に切り出した。

「昨日、トリエステの名前を出したとき、最初は、飛び上がるほど驚いていたよな。でも、そのあとは、何も反応しなくなった。あれは、なぜ?」

「おっ!」ピンクの長椅子に寝転んでいたPが、ガバッと跳ね起きた。「あの話を思い出したのか?」

 いつもは冷静なPが、珍しく目を見開いた。どうやら、今の僕の言葉の中に、何か重要なものが含まれていたらしい。

 

 ちょんまげロボットの話が、断片話の中に出てこなかった理由と、トリエステという言葉に飛び上がった理由が、同時に分かった。

 トリエステと言う名前の女の子は、ちょんまげロボットが出てくる話の主人公だったのだ。

「あのときの話は、断片話じゃなかった。かといって粗筋でもなかった。完成した映画の予告編のようなものだった。お前の口から出た言葉は、すべて俺の頭の中で、明確な映像になった。たぶん、プロダクションの人間も同じだったはず。だから、お前の機嫌を伺うような表情で、原案が、どうのこうのと言いだしたんだよ」そこでPは、声のトーンを少し下げた。「だけど、昨日のトリエステは、音声認識ソフトに成り下がっていた。デビュー作が新鮮だっただけに、ある意味、がっかりしたんだ」

 僕は少し考えてから言った。

「でも、お前が衝撃を受けたトリエステと、音声認識ソフトのトリエステは全く関係がないと思うよ。だって、音声認識ソフトのトリエステは、俺の記憶の中に、はっきりと残っているわけだからさ」

 僕の話を聞きながら、Pは何度も首をひねった。反論してくるのだろうと思ったが、違った。

「ちょっと、待っててくれ」Pは十秒ほど天井を見上げてから「ひょっとすると、何かが変化し始めているのかもしれないぞ」と言った。

「変化? 何の?」

「決まっているじゃないか、お前の頭の中だよ」

「ほほーう」僕は大げさに驚いてみせた。「すげーな、お前の目。まるで、CTスキャナーだな」

 しかし、Pは僕のジョークには反応しなかった。

「地球で言えば、地殻変動かな」

 僕は小学生のころから算数は苦手だが、理科系はなんとか理解することができた。

「仮に俺の頭の中がそうなったとしたら、どんな現象が起きようとしているんだ」

「頭の中心にあったものが、表面に現れる」

 僕は自分の頭の真ん中にある、ドロドロに溶けた溶岩を想像した。「中から出てきた熱い溶岩で、俺の脳がやられてしまうんじゃないのかな?」

「いや」Pは即座に否定した。「その逆だと思う。お前の記憶の扉が開くことになるかもしれない。とすれば、断片話の全てが姿を現すことにもなる」

 それが本当なら、僕にとって都合の良いことのような気がする。しかし、世の中は良いことばかりではない。厚生省が認めた薬品の中にも、副作用の恐れがあるものが混じっている。

「マグマが上昇してくると言うことは、噴出したマグマが、地表を覆うことだよね。もし、表面に記憶が集まっているとしたら、その全てが、消えてしまうということになるんじゃないのかな」

と言ったところで、自分の言葉の重大さに気づいた。急に不安になった僕は「俺の考え、間違っているのかな?」と言って、Pのフォローを待った。

 Pがにこっと笑ったとき、さすがは、Pだと思った。僕の不安を、一発で払拭する言葉を用意してくれていたんだ。

 だが、僕の期待はもろくも崩れた。

 彼は爪楊枝で、歯の掃除をしながら「やっぱり、フライドチキンだけじゃ、足りないな。出前の寿司を頼んでみるよ」と言ったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。