コペルニクス
参考にしたいから、その、致命的な欠陥って奴を、教えてくれないかな。
皮肉も込めて、そう言おうと思ったのだが、途中で気が変わった。
今閃いたことが、荒唐無稽な話でしかないということを、ほのめかすより、P自身にそのことを気付かせた方が、彼のためになると思ったからだ。
ということで、作戦を切りかえた。徹底的に褒めまくることにした。
「話を戻して悪いけど」と言ってから質問した。「俺が記憶と引き替えに、何かを仕入れてくると思っていた期間は、何年くらいだったんだ」
Pは怪訝そうな表情を浮かべた。どうして、そんなことを訊くんだ、とでも言いたそうな表情だった。
「お前と出会って、しばらくしてからだから、十数年だな」
嬉しくなった。望んでいたとおりの言葉だったからだ。僕は、用意しておいたセリフを、情感たっぷりに言った。
「偉いな、お前は。さすがだな」
「どうしたんだ、気色悪い」
「普通の人間は、信じ切っていた自説に、いつまでも拘り続ける。その点、お前は潔い。違うと思った瞬間、何の未練もなく、スパッと切り捨てる」
一気に言うと、彼は苦笑いを浮かべた。
「なんだ、そんなことか」
そのあと、何か言おうとしたが、僕はそれを無視して、誰でも知っているコペルニクスの話を始めた。
しかし、後から考えると、そのエピソードは、この場面にはそぐわないものだった。ピントはずれも甚だしい。はっきり言えば、自分の無知さ加減を、さらけ出しただけだった。
もし、例に出すなら、不確定性原理を認めなかった、アインシュタインの「神はサイコロを振らない」の方だろう。
しかし、当時の僕は、量子力学の不確定性という言葉さえも知らなかった。仮に知っていたとしても、それを、平たい言葉で伝えられるほど、僕の知的水準は高くない。
「大昔の人間は、自分たちが、宇宙のど真ん中に住んでいると思い込んでいた」
「ほほう」
Pは興味深そうな顔で、僕を見た。彼との会話の中で、僕が宇宙という言葉を出したのは、その日が初めてだった。
彼の目を見返すうちに、学習意欲に燃えた生徒を前にした熱血教師になったような気がしてきた。ついつい言葉に力が入ってしまったのは、そのせいだ。
「でも、あるとき、それまでの常識を根本から覆す学説を唱えた学者がいた」話にメリハリを付けた方が良いと思った僕は、そこで言葉を切った。「それが、かの有名なコペルニクス」
Pはうなずきながら、僕をじっと見つめていた。当然僕の声は、力強くなる。
「だが、当時の人間は、コペルニクスの「天動説」をまったく信じなかった」
そこで、数秒間の間を置いてから、どうしてだと思う? とつづけるつもりだったのだが、Pが「ちょっと、いいか」と言った。
その時点で、僕が感じたのは、どうして、このタイミングで話を遮るんだ。という苛立ちだけだった。
つまり、自分の間違いに、全然気づいていなかったのだ。
「どうでもいいようなことだけど、今の話の中で、間違っているところがある」Pは申し訳ないというような声で言った。
どうでもいいようなことだったら、黙っていろよ。と言いたかったが、熱血教師気取りの僕は、優しい声で「どこが?」と訊ねた。
「コペルニクスが唱えたのは、天動説じゃない。地動説」事務的な声だった。
「え?」僕は眉を ひそめた。そして祖母から教えてもらった言葉を、そのまま声に出してみた。「平らな地球から丸い地球へ。地動説から天動説に」
言いながら、自分の間違いに気づいた僕は、指摘される前に弁解した。
「頭の中では、太陽の周りを回っている地球のイメージができているんだ。でも、どうして、地動説が先で、天動説が後って、思い込んでいたんだろう」
僕を気遣ったのか、Pは「よくあることさ」と言った。「相手の言い間違いが、勝手に頭の中に記録されることもあれば、自分の聞き間違いに気づかないまま、暗記することもある。俺はつい最近まで、姉貴の冗談を、そのまま信じていたんだ。犬が西向きゃ尾は地べた、と人前で言って、大恥をかいたことがある」
優しさは時として、人の気力を奪う。
自分が情けなくて、何も言えなくなった僕の脳裏に、生兵法は大怪我の基、という言葉が浮かんできた。
そういえば、これも祖母から教えてもらった。でも、この状況に相応しいことわざなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、Pが「どうする?」と言った。
「何を?」
「お前の脳の中身についてだよ」
そこで、まだ、あの質問をしていないことを思い出した。
それより、トリエステのことで訊きたいことがあるんだ。と言おうとしたのだが、言えなかった。
Pのスマホが鳴ったのだ。
弾かれたように起ち上がって、直立不動の姿勢でスマホを耳に当て「すぐ参ります」と答えたPに、思わずため息がもれた。
その時の僕は、話の腰を完全に折ってしまった電話の主を、恨んだわけだが、結果的にはそれが良かった。
なぜならその電話のおかげで、連続運転が苦手な僕の脳に、半日程度の休養を与えることができたからだ。