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アズ・ティアーズ・ゴー・バイ

 アパートに戻ると、すぐに、デスクトップとモニターの電源を入れた。

 先日の異音を思い出した僕は、思わず祈った。

 どうか、ハードデスクが壊れていませんように。

 祈りが通じたのか、パソコンは、何ごともなく立ち上がった。

 ひょっとすると、こいつのおかげかな。

 僕は、机の隅に置いたままにしてある黒い箱に目をやった。お婆さんから貰ってきた古いノートパソコンだ。

「久しぶりだね、トリエステ。君がなだめてくれたのかい」

 呼びかけた後、しばらく眺めていたが、返事はない。当然のことなのに、がっかりする自分に驚いた。

「トリエステは、あんたの妄想の産物だったんじゃなかったの?」

 気持ちを切りかえるために、声に出してそう言った僕は、映像編集ソフトを立ち上げた。

 あのまま、残っていますように。

 今度は頭の中で言って、映像が保存されているはずのハードディスクのアイコンをクリック。

 ふーっ、思わず出る安堵のため息。

 ファイル名『街の風景』は、ちゃんと存在していた。

 だが、確認が終わるまでは安心できない。

 息を詰めたままファイルを開き、編集ソフトのタイムライン上に並べた。

『街の風景』は十年ほど前の、いづろ通あたりを映したもの。映像の長さは、約三十八分。

 最初にしたのは、映像の中身のチェック。

 モニター画面に映しだされた映像を、四倍速で二回確認。どこにも異常なし。絵の並びが分かったところで、映像のすべてを、保存用としてDVDに書き込む。

 十年前、民生用としては最高のスペックを誇っていたパソコンだったが、書き込み終了まで、実時間の数倍以上かかった。

 作業の間に、おばちゃんに電話を入れた。

「森伊蔵は、明日の昼過ぎに取りに伺います」

「あら、もう買い物は済んだの?」と言ったおばちゃんが、おじさんからのことづけを口にした。「せっかくだから、他の珍しい焼酎もプレゼントしてあげるって言ってたわよ」

 話によると、幻の焼酎と呼ばれるものは、森伊蔵だけではないらしい。

「魔王と伊佐美もあるの。その三本セットで送ってあげれば、相手の人も喜ぶんじゃないかしら」

 僕はしばらく考えてから「今回は森伊蔵だけでお願いします」と言った。

 小さい頃、欲しかったテレビゲームのソフトを三本同時に貰ったときのことを思い出したのだ。祖母としては、喜びが三倍になると思ったらしい。でも、僕としては、失望感の方が大きかった。楽しみは、後に残しておいた方が良い場合もある。

「必要になったら遠慮なく言ってね」

「何から何まで、ありがとうございます」

 僕は携帯に頭を下げてから電話を切った。

 

 映像を学んでいた頃、月に一度の割合で、生徒だけの映像コンクールが行われていた。

 約束事は、ひとつ。上映時間は三分以内。それだけだった。

 生徒たちは、自分なりの工夫を凝らして、それにチャレンジした。

 カメラを固定したままの、ワンカット撮影。エフェクトを駆使した映像加工。フラッシュバックのような、短いカットの繰り返し。その他色々。

 その中で一番人気があったのが、音楽に映像を被せる手法。いわゆるミュージックビデオ。

 それは邪道。音楽に頼っていると、基本がおろそかになる。初心者は、現場音だけで処理するのが鉄則。

 ミスダツは口を酸っぱくして言った。でも、だれもその忠告を聞かなかった。自分が創った作品の善し悪しで、留年になったり、退学になる心配がなかったからだ。

 使用曲は決めていた。

 あの日、ミスダツからもらったCDの中で、僕の耳に引っかかっていた曲。ローリング・ストーンズの『アズ・ティアーズ・ゴー・バイ 』

「俺個人としては、史上最高のロックグループは、ビートルズだと思う。でも、そのビートルズを凌ぐグループがローリング・ストーンズなんだ。だって、彼らは今でも、バリバリの現役だからな」

 ミスダツはそう言いながら、自分の部屋から持ってきたCDを、僕たちの前に並べた。

「で、そのビートルズとローリング・ストーンズ。よかったら、もらってくれ」

「なんで?」

 Pは訝しがるような視線を、ミスダツに向けた。

「お前たちは知らないと思うが、俺の趣味は、人にプレゼントすることなんだ」

 Pは僕をちらりと見てから、視線を戻した。

「つまり、今日俺たちを呼んだのは、不要品を処分するため?」

「いいな、いいな」ミスダツは嬉しそうに笑った。「お前の、そのひねくれ具合、サイコー」

 それをファン心理というのかどうかは分からないが、デビュー当時からビートルズとローリング・ストーンズをリアルタイムで聴いていたミスダツは、彼らのアルバムの宣伝を目にするたびに購入していたらしく、同じものがいくつもあるとのことだった。

「要らなきゃ、他の奴にやるだけだ」

 CDを引っ込めようとするミスダツを見て、Pは僕に顔を向けた。

「お前は、どう?」

 Pの父親は、ミスダツとほぼ同年配。Pの家には、1960年代から1970代にかけてヒットしたビートルズとローリング・ストーンズ以外の曲もほとんど揃っているらしかった。

 というわけで、あの日のCDは今、僕のベッドの下の収納ケースにある。

 

 アズ・ティアーズ・ゴー・バイに決めたのは、自分の思いつきだけだと思っていた。だが、CDラジカセで聴いているうちに、考えが変わった。

 曲が長かったら、途中で音を絞ればいい。そう考えていたが、曲の余韻を残しながらエンドマークを出しても、三分以内に収まりそうだった。

それともう一つは、昭和残侠伝との繋がり。

 世界的に有名なロックグループの曲にしては、静かすぎると思って、ネットで調べてみると、日本で昭和残侠伝が上映されていた頃の曲だというのが分かった。

 この曲を、このような状態で使うことは昔から決まっていたことかもしれない。もしかすると、あのPの言葉『ミスダツのアパートでの一部始終を思い出したとき、お前に何かが起こりそうな気がするんだ』とも繋がるのかもしれない。

「きっと、そうだ、そうに決まっている」

 自分の両膝をパチンと叩いて立ち上がった僕は、冷蔵庫から、コーラを取りだして、勢いよくキャップを捻った。


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