途中下車
あの日、ミスダツのマンションにいたのは、およそ十二時間。
その前半部分を、地べた里庵で。後半部分を、自分の部屋で思い出した。
僕は、蘇ってきた記憶を時間軸に沿って何回も辿った。
そして、それを用紙に書きとめ、重要と思われる部分にアンダーラインを引き、それをレコーダに吹き込んだ。その作業は、夜中の二時前まで及んだ。
「よし、これで全部終わった」
シャワーをさっと浴びたあと、録音したものを聞き直して、愕然とした。
時間にして、三分にも満たなかった。
でも、僕の記憶の中身が、すかすかだったわけではない。あの日の会話のほとんどが無駄話。心に残るようなことが、ほとんどなかったからだ。
ミスダツと、昭和残侠伝の結びつきだって、そうだ。
手提げ金庫から取りだしたDVDを前に、神妙な顔つきで、
「この映画は、俺の恩人の」
と切り出されたら、誰だって、その恩人は昭和残侠伝の制作に直接関わった重要人物だと思うはず。
ちなみに、そのときの僕は、その恩人というのは映画監督のことだと思ったし、Pは、あの高倉健が恩人なんだな、と勝手に思い込んだ。
「今日が恩人の命日なんだ、その人を弔うために、俺は毎年この中のどれかを、観るようにしているんだ」
その言葉で、自分の予想が外れたことを知ったPは、もしかすると、この映画に若い頃のミスダツが映っているのかもしれないと思ったらしい。
あとでその理由を訊くと、笑いながら答えた。
「だって、この手の映画に出てくるのは、人相の悪い奴がほとんどだろう」
ミスダツと、昭和残侠伝との結びつきは、どうでもいいようなことだった。
「俺の恩人の人生を変えたのが、この9本の映画らしいんだ」
「あのさ」話を遮ったPが、面倒くさそうな口調で言った。「言い方を間違えているよ。恩人の人生を変えたんじゃなくて、あんたの人生を変えた映画だろう。それに何だよ、その、らしい、って言う言葉は」
「間違い?」
ミスダツは、自分の言葉を思い出すように、しばらく黙った。そして「いや、間違っちゃいない」と言った。
話を聞いてみると、ミスダツの言った通りだった。
「その恩人から直接聞いたんだ。『私の人生を大きく変えたのが、この昭和残侠伝なんです』その方は、こうもおっしゃった。『この9本を繰り返し繰り返し観ていると、色んなものが見えてくるんです』ってな」
その話の最後に、ミスダツは言った。
「俺を思い出したければ、この映画を見てくれ、そうすれば、お前たちにも、何かが見えてくるかもしれないぞ」
結局あの日、ミスダツは、恩人の名前も、その人とのエピソードも話さなかった。
ミスダツの個人的なことなんて、どうでもいい。それに、古いやくざ映画なんて、俺たちの世代には関係ない。
帰りの電車の中で、僕たちはそんな結論に達した。
でも、寮に戻るとPの部屋へ直行。着替えもそっちのけで、彼のパソコンを立ち上げ、検索サイトを開いた。
電車の走行音が変わった。
目を開けると、高見馬場交差点を右折するところだった。
いつの間にか乗客が増えていた。一つ前の電停が市立病院前だったから、そこから乗り込んだ客が、けっこういたのかもしれない。
僕が降りるのは、ふたつ先の電停。
小銭を取り出そうとして、何気なく運転席側に視線を向けた僕は、はっと息を飲んだ。
電車の軌道敷内の、鮮やかな芝生の色。
バイクにまたがって車道脇を走るときと、視点の高さがまったく違うからだろう。見慣れた風景が、まったく違うものに見えた。
交通量の多い片側三車線の道路の真ん中に、ほぼ一直線状に緑の絨毯となって敷かれていた。
この眺めだけでも、観光客は喜ぶだろうな。
そう思ったとき、何の脈絡もなく、あの日ミスダツが言った言葉が浮かんできた。
「古い映像には、貴重なものが映っているときがある」
何で、こんなときに?
疑問を持った僕の脳裏に、蘇ったものがあった。
十年前、この辺りを撮ったときの映像だ。
それが手つかずのまま、デスクトップの中に残っていることを思い出した僕は、
「あ、次、降ります」
と叫ぶように言っていた。




