表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/106

良い方法がありまっせ

 それから数時間後。

「まあ、そんなことがあって、今こうして、にいちゃんと話をしとるちゅうわけや」と言って話を終えたおじさんは、長い息を吐いてから、にやっと笑った。

「全部、わしの作り話やと思って、聞いとったんやろ」

 意外な言葉に驚いた。

 どや、面白いやろ、わしの人生。

 僕は、そんな言葉を予想していたのだ。

 さっきまで僕のことなど気にもしない口調で、自信満々に喋っていたのに、どうしたのだろう。

 おじさんの視線を受け止めたままで考えているうちに、何となくだが、その理由が分かったような気がした。

 たぶん、僕が相槌を入れるのも忘れて聞き入っていたからだろう。

 そう、僕は、ここ数週間の間に、自分に起きた出来事と照らし合わせながら、話を聞いていたのだ。

 僕の顔に表情がなかったのかもしれない。それがおじさんの目には、気乗りしない顔に映ったのだろう。

「いえ」僕は首を振った。そして笑顔を浮かべた。「今まで聞いた中で、一番面白い話でした」

 これは本当だった。ミスダツの話も面白いが、それとは次元の違う面白さがあった。

「特に、駅の階段で転んだ瞬間の話は最高でした。おじさんを助けてくれた人が、パッと消えたあと、鹿児島弁訛りの関西弁でしか話せなくなったところも、そうです」

「ほんまに、そう思うか?」

 おじさんは、疑ったような声で言った。

「もちろんです。この手の話は、実体験がないと語れないと思います」

 それでもおじさんは、探るような目で僕を見た。

「ほんまか、にいちゃん。ほんまに、信じてくれたんか?」

「はい」

 即座に答えると、おじさんは本当に嬉しそうな声で「嬉しいなあ」言って、ちらりとおばちゃんの方を見た。そして、すねたような声で言った。

「これまで、わしの話を信じてくれた人間は、誰もおらん」

「そりゃそうよ」おばちゃんが笑いながら言った。「でも、今、分かった。あんたの話は、全部本当だったってことが」

「おおきに、にいちゃん。よめはんが認めてくれたのも、にいちゃんのおかげや。ついでに言うと、最後まで話を聞いてくれたのは、にいちゃんが初めてなんや」

 僕に握手を求めてきたおじさんには、どこか少年の面影が残っているような感じがした。

 この人に、僕の体験話を聞いてもらおうか。

 と思ったが、窓の向こうが暗くなっていることに気がついた。

「ちょっと、失礼します」

 携帯で時刻を確認してみると、店に着いてから七時間以上が経過していた。

「あ、もうこんな」僕は、あわてて立ち上がった。「貴重な話をありがとうございました。それに、晩ご飯まで頂いてしまって」

「何言っているの」おばちゃんが、話を遮った。「お礼を言うのは、こっちの方よ。あんたが来てくれたから、看板が上がったのよ。ねえあんた」

 話を振られたおじさんは、大げさにうなずいた。

「ほんまや。わし一人じゃ、何もでけへんかったで」

「もう飽きちゃったかもしれないけど、これ、おみやげ」

 おばちゃんは、カウンターの上におでんが入った発泡スチロールの容器を二つ置いた。

「すみませんね」僕は頭を下げた。「開店の日には必ず伺います。7人の枠の中に、僕も入れてくださいね」

「あなたの場合は、いつでもオーケー」おばちゃんは右手でオーケーマークを作ったあと、メモ用紙を差し出した。「忘れるといけないから、明日の朝一番に郵便局に行ったほうがいいわよ」

「なんや、それ?」

 おばちゃんから受け取った紙を、おじさんに見せた。

「予約番号です。森伊蔵に当たったらしいんです」

「そりゃ、おめでとさん」おじさんは人差し指を丸めて、お猪口で酒を飲む真似をした。「にいちゃんは、いける口か?」

「残念ながら、一滴も」

「なんや、それ」とたんに、がっかりしたような顔になったおじさんは、素朴な質問をしてきた。

「飲めん男が、なんでまた」

 ここでトリエステの話をしようかと思ったが、やめた。

 幾重にも重なった複雑な話を、うまく伝えることができそうになかったからだ。

「友達にプレゼントしようと思ったんです」

「ええ心がけや」そこでおじさんは、僕をまじまじと見た。「知っとるか? 森伊蔵が届くのは、まだまだ先のことやで」

「そうらしいですね」僕はインターネットで調べたことを口にした。「二ヶ月くらいかかるらしいですね」

 しばらく僕の顔を眺めていたおじさんが、にやりと笑った。

「もっと早よう届けばいいのに、と思わへんか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ