聞いて驚く意外な事実2
話によると、その現象は結構頻繁に起こっていたらしい。
「知らないうちに、お前にはずいぶん迷惑をかけていたわけだな」
十年ほど前のことを謝ると、Pは「迷惑? とんでもない」と言った。
驚いたことに彼は、僕がたまに陥るその状態を異常だとは捉えていなかった。
「お前が俺以外の人間と話をしたところをほとんど見たことがないから何とも言えないけど、お前の脳が切り替わった時の話は、他の連中にも大受けしたはずだぞ」
脳が切り替わった僕って、一体どんな状態になるのだろう。
酔っ払いが、意味不明のことを言い出すことがあるが、あんなふうになるのだろうか。
わけが分からないまま、話は意外な方向に向かっていった。
「お前にやったICレコーダーを覚えているか?」
「もちろんだよ」
と答えたところで、そのレコーダーに吹き込んだデーターが、そのままになっていることに気づいた。
「じゃあ、何のためにプレゼントしたかも覚えているよな」
なぜ今頃になって、こんな質問をしてきたのか分からなかった。
あのレコーダーは、Pが映像コンクールで特別賞を受賞したときの副賞だった。
そのとき、こんな会話があった。
「いつか、こんな賞をとってみたいもんだな」と僕。
「トロフィーは親父に見せなきゃならないからダメだけど、このレコーダーは、お前にやるよ。そのかわり、お前が受賞したときの副賞は、俺にくれ」とP。
「ああ、よく覚えている」と答えた僕は、新しい機種を買ったことは、内緒にして話をつづけた。「でも、俺は全部予選落ちだったから、賞品をもらうこともなかった。あの当時のICレコーダーは結構高かったよな。もらいっぱなしで悪いけど、災難だったと思ってあきらめろ」
冗談交じりに言うと、Pはしょうがないな、と言うような口調で「そんなことだろうと思っていたよ」と言った。「道理で何の音沙汰もないわけだ。ということは、話は一本もできていないってことだな」
「話? なにそれ」
「決まっているだろう。お前の断片話さ」
自信たっぷりな声で、決まっているだろうと言われても、僕には「何が?」と言うしかなかった。
Pとの会話は、それから三十分ほど続いたが、その中には、僕の記憶とは違っている部分や、僕の記憶からこぼれ落ちていた話があった。
あのICレコーダーは、僕が口走る断片的な話をまとめさせようとして、Pが自分で買ってプレゼントしてくれたもの。
昭和残侠伝は、ミスダツのアパートに招待された時見た映画。それを教本にして、僕とPとミスダツの三人で、朝まで語り明かしたこと。ミスダツが教えてくれたこぼれ話に一番食いついたのが僕だったことも、全然覚えていなかった。
「でも、心配することはないと思うよ。記憶の中から昭和残侠伝がこぼれ落ちているのには、何か深い理由があると思うんだ」
その言葉は、慰めにしか聞こえなかった。
「実を言うと小さい頃、崖から落ちて脳震盪を起こしたことがあるんだ。やっぱり精密検査を受けた方がいいのかな」
本当にそう思った。
「その件については何も言えないけど。これだけは言える。運転中や歩行中に脳が切り替わったところを見たことはない。あの現象はTPOをわきまえている。あれが、お前の人生に影を落とすことはないと思うよ」
結局その日、昭和残侠伝についての話は何も出なかった。と言うより、Pはあえてその話をしなかった。
「ミスダツのアパートでの一部始終を思い出したとき、お前に何かが起こりそうな気がするんだ。もちろん良い意味でな」とPは言った。
言われてみると、自分でも、そうかもしれないと思うようになった。
電話を切ったあと、パソコンデスクの引き出しから、Pに貰ったICレコーダーを取りだした。
「悪いことをしちゃったな」
両手でしっかり握りしめながら謝った。
「でも、そのうちお前を必要とする状況になりそうな気がする。それまではここから見守っていてくれ」
と言って、ICレコーダーをお婆さんから貰ったノートパソコンの横に置いた僕は、音声認識ソフトのインストールに取りかかった。




