創意と工夫
このソフトを買った当初の目的は、暇つぶしを兼ねてパソコンとの会話を楽しむというものだった。
しかし、Pの話を聞いたあとでは、とてもそんな気にはなれなかった。
今現在、僕の脳裏にはっきり刻み込まれている記憶でさえも、何かの拍子にどこかにいってしまう恐れがあるらしい。
どこのラーメンが美味いとか、不味いといったようなものならまだしも、高い授業料を払って習得した撮影技術やノンリニア編集。銀行の暗証番号。運転の仕方までもが記憶から消えるとなると、僕の人生の基板が崩壊してしまう。
そうならないうちに、ただちに手を打たなければならない。誰だって、そう思うはず。
その作業を効率的にこなすには、ICレコーダーと音声認識ソフトの組み合わせは最強かもしれない。
まず頭に思い浮かんだことをレコーダーに録音。そのデーターをパソコンのフォルダーにコピー。そのあとソフトを立ち上げて、文字変換のアイコンをクリックする。
たったこれだけで、原稿用紙十枚程度の音声なら、缶コーヒーを飲み終える前に文字に変換してくれるのだ。
もちろん、録音せずに、そのままマイクで入力することもできる。
ソフトは完璧に近かった。
レコーダーのデータを変換する前に、短い新聞記事を声に出して、いくとおりか読んでみて驚いた。
訛りがあっても構わない。アクセントが間違っていても、イントネーションがおかしくても関係ない。突っかかったり、言い淀んだりしなければ、記事とまったく同じ文章に変換してくれる。
ものはついで。ネットで調べた難解な四文字熟語も試してみた。
カンコンイッテキ。チミモウリョウ。チョウリョウバッコ。グンユウカッキョ。
今まで一度も書いたこともない、画数すら分からない文字が、音声だけで漢字に変換された。
これなら、これまでの記憶を何とか文章で残せそうだぞ。
と思ったが、そうはうまくいかなかった。
僕には、自分が喋ったことが、文章になるような喋り方ができなかったのだ。
その夜、何度チャレンジしても、文章らしきものは出来なかった。
気合いを入れると、逆につっかえてしまい、言い淀んでしまう。話がグチャグチャになる。文字変換はされるが、そのまま文章としては使えない状態が夜中まで続いた。
このままじゃ、何も記録に残せないぞ。
しばらく真剣に悩んだ末、ふとひらめいた。
これは他人に見せるための文章ではない。自分だけ分かればそれでいい。
その方向でトライすれば、何か良い方法が見つかるはず。
とりあえず、今夜は寝よう。
開き直ったことで気が楽になったのか、それから三日ほどあとに、良いアイデアが浮かんできた。
幼稚園のころ、レ・ミゼラブルを絵本で読んだのを思い出したことが、きっかけだった。
キーワードは、脱、漢字変換。
年相応の言葉ではなく、まず、小学校の低学年レベルの言葉で吹き込んだらどうだろう。そしてそれを基にして、中学、高校のレベルにバージョンアップしていく。
急がば回れのことわざ通り 僕はこの方法を使うことによって、しだいにマイク入力のみで文章らしきものを作れるようになっていった




