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音声認識ソフト購入

 それから約三十分、彼女は僕一人のためにソフトの実演を披露してくれた。

 自分の声を事前登録する必要はない。インストールするだけで使用できる。

 音声だけでパソコン操作や、インターネット検索が可能。

もちろん文字データーの読み上げ機能付き。

 ICレコーダーなどの外部音声データーも、簡単に文字に変換できる。

 展示用のパソコン画面を、ぽかんと見つめる僕に黄色いジャンパーの女の子は、笑みを浮かべたまま言った。

「ここまでの機能は、決して珍しいものではございません。当社のソフトの特徴は、これからです」

 彼女がマウスをクリックすると、画面の雰囲気ががらりと変わった。 

 いきなり色鮮やかな、お花畑のイラストが現れた。と思った。

 しかし、よく見てみると、画面を埋め尽くしていたのは、小さなアイコンだった。

 人、犬、猫、象、パンダ。十二支、太陽、月、星、花、魚、恐竜。机、椅子、洗濯機、飛行機、潜水艦。その他、色々。

 そのすべてに、目と鼻と口が付いていた。

 笑顔、泣き顔、怒り顔、無表情。

 僕の視線が、ひとつのアイコンに釘付けになったのが、自分でも分かった。

 モニター画面に顔を近づけようとしたところで、彼女が訊いた。

「お好みのキャラクターが、ございましたか?」

「いえ」僕はとっさに嘘をついた。「全部で何種類あるのか数えようと思っただけです」

 画面全体を眺めるふりをした。

「基本の形はこれだけですが」彼女は場面を指差した。「設定でいくらでも増やすことができます。無限と言っても過言ではありません。この赤いボタンをクリックして、キーボードかマイクで入力するだけです。たとえば、」

 彼女はシフトキーを押しながら、マイクに向かって「宇宙人」と言った。

 すると、あっという間に、ぶきみな顔がモニター上にびっしり並んだ。

 この手のソフトに疎い僕には、結構なショックだった。

 音声認識ソフトなのに、ワンタッチで、こんなことまでできるのか。

 だが、担当者としては、今ひとつ納得がいかなかったらしい。

「顔だけでは、宇宙人に見えませんね」

 彼女はその中のひとつをクリックして言った。

「手、六本。足、八本」

 今度は、漫画やアニメでも見たことがないようなユニークな宇宙人たちが、画面いっぱいに現れた。

 これは音声認識ソフトというより、キャラクター作成ソフト。こんなところで客を待つより、パソコンゲーム会社か、アニメ関係者に見せた方が良い結果を生むはず。

 そのことを言う前に、彼女が口を開いた。

「この中のどれかを選んで、性別、年齢、性格などを入力していきますと、世界にひとつ、というより、自分だけの宇宙人キャラクターを作ることができるんです。名前を付けて登録しておけば、いつでも呼び出して、会話を楽しむことができます」


 以前も言ったが、僕は衝動買いをするタイプではない。

 でも、躊躇することなくそのソフトを買うことにした。

 決め手は、もちろん自分が作ったキャラクターと会話ができること。しかし、そのことは言わないことにした。

「お買い上げありがとうございます」

 レジまでついてきて、深々と頭を下げる彼女に、僕は電器店の袋を広げて見せた。

「このICレコーダーは、さっき買ったばかりなんです。このソフトと組み合わせれば、僕の弱点をカバーすることができそうです。こんな優秀なソフトが、一万円未満で買えるなんて、夢みたいです」

「そうおっしゃっていただけると、私としてもとても嬉しいです」

 恥ずかしそうにそう言った彼女の笑顔は、すこし涙ぐんでいるように見えた。

 ひょっとすると、

 と思った僕は、ひとつだけ質問をすることにした。

「このソフトの開発に関わっていらっしゃるんじゃないですか?」

「あら」彼女は驚いたような表情を浮かべた。「どこでわかったんですか?」

 まさか自分の勘が、当たるとは思っていなかった。

 さっきのイラストの中に、あなたそっくりの女の子のアイコンがあったからです。

 と言おうとしたが、あまりにもストレート過ぎるし、僕の思い込みかもしれない。

 自分を前面に出すような、そんな真似はいたしません。

 そんな女の子、どこにいましたか? 確かめてみましょうか?

 せっかくのいいムードが、その一言で吹き飛んでしまう。

 僕はしばらく考えてから「なんとなく、そう思っただけです」と答えた。

 すると彼女は、かすかに笑った。

「私、なんとなくっていう言葉、大好きなんです」

 思ってもいない反応に、思わず訊いた。

「どんなところが……、ですか?」

 彼女はクスッと笑った。

「理由はないんです。ただ、なんとなく」

 それだけ言うと、彼女は元の場所に小走りで駆けて行った。

 もしPが僕の立場だったら、彼女の後を追いかけたに違いない。そして適当な理由をみつけて連絡先を聞く。

 しかし、僕にそれはできない。

 彼女の背中を眺めながら、無言で独り言を言うのが精一杯。

(妄想の中に出てきたトリエステの会話部分を受け持ったのが、あの子だったら、いいのになぁ)


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