やっと、たどり着いた折り返し地点における、重要なお知らせ
「この状況を、どう捉えたらいいんだろう」困惑したような顔で、Pが言った。
「何が?」
「実を言うとな」Pは僕が書き殴った文字に視線を落とした。「これと同じ文字が、さっきから、俺の頭の中にも浮かんでいるんだ」
別に驚きはなかった。映像を学んでいた頃、これと似たようなことを、何度も経験していたからだ。
たとえば、どちらかが、もんじゃ焼きを食べに行こうか、と言おうとすると、相手の方が、それを言いだす。互いに、同じ日に、同じ専門書を買ってくる。
どちらかと言えば、日常的なものが多かったが、不思議なのは、その前に、それに関する話をしたとか、そういった番組を見たとかと言うようなことは一度もなかった。そのすべてが、お互いの頭に、ふと、浮かんだものばかりだったのだ。
僕はしばらく考えてから、むかし言っていたセリフを口にした。
「いずれにしても、お前の脳波が、俺に影響を及ぼしたか、俺の脳波が、お前の脳に侵入したかの、どちらかだろうよ」
「そうだろうか」やわらかな否定の表情を浮かべてそう言ったPは、しずかに目を閉じた。そして十秒ほど間を置いてから「そのどちらでもない様な気がする」と言った。
しばらく待っても、Pは何も言わなかった。
でも、何となくだが、彼がどのようなことを考えているのか、あるいは、どんなことを言おうとしているのか、分かるような気がした。
「俺が、自分のことを、第三者的な目で見ることができるようになったって、言いたいんじゃないのか?」
しかし、僕が思っていたことと、Pの考えは、少しだけ違っていたようだ。
「それもあるかもしれないな」Pはにこっと微笑んでから言った。「さっきも言ったけど、お前の脳の仕組みが、変わりつつあるのかもしれない」それからテーブルを回って、僕の隣に腰を下ろすと、レポート用紙を僕の前に置いて「試しに、この言葉を元にして、自分の頭の中を分類してみないか」と言った。
Pが言ったとおりだった。
それからしばらくの間、僕の脳は、Pも舌を巻くほどの滑らかな回転をみせた。
「まず、これからいこうか」僕は、思いつくままに、Pが書いた『無口な、出しゃばり兄ちゃん』をボールペンで囲んだ。そしてそれを線で『現実』と繋げた。
自分で考えている。という感じはなかった。口と手が勝手に動く。そんな感じだった。Pには、僕の中に他の誰かが入り込んだように見えていたのかもしれない。
「出しゃばり兄ちゃんって、現実の世界の人間なのか?」Pが、興味深そうに訊いた。
またしても、僕の口が勝手に動いた。「本腰を入れて映像を学べば、このお兄ちゃんは、今の俺と一体化するってことだよ」
「なるほど」
同意見だったらしく、Pは満足そうに何度もうなずいた。
それから僕は、両端の『夢』と『妄想』を線で結んだ。そして「この二つに関わっているのが、これだと思う」と言って、その下に『空から声が聞こえてきた日+断片話』と書き加えた。
「ほほう」ボールペンの先と僕を交互に見ていたPが、興奮を押さえたような声で「次に、お前が何をするのか、当ててみようか」と言った。
彼がそう言わなければ、僕の方から(今度は、どうすると思う?)と言うつもりでいた。でも、それを言うと、逆に嘘っぽく聞こえそうだったので、やめた。
「いいよ」それだけ言って、彼をリラックスさせるために、付けくわえた。「どうせ、当たらないと思うけどな」
僕の思いが功を奏したのかどうかは分からないが、Pは見事に当てた。彼のすごいところは、それだけではなかった。僕の二手、三手先まで読んでいたのだ。
「ちょっと借りるぞ」
Pは、ボールペンを受け取ると『夢』と『空から声が聞こえてきた日』と『断片話』の三つを一つの線で結んだ。
そして「寝ているとき見た夢の殆どは、記憶に残らないようになっているんだ」と言ってから、僕をじっと見つめた。「どうしてだと思う?」
「現実に起こったことと、夢を区別するためだろ。寝ているときに見た夢は、脳によって自動消去される運命にある」
即座に答えると、Pは「しかし、お前の頭の中には、」と言いながら、ボールペンの色を赤に変えて空いたスペースに『隠しフォルダ』と書き入れた。
想定外のフォルダーに、面食らった。
隠しフォルダ、隠しフォルダ、頭の中で繰り返しているうちに、閃きに似たものが走った。
「このフォルダには、消去されたはずの夢が、そっくりそのまま保存されているって、言いたいのか?」
Pが大きくうなずいたので、僕はそのまま続けた。
「と言うことは、美しすぎる郷土史家も、奇妙なお婆さんも、トリエステも、だらだら坂の消え女も、俺が見た夢の中にでてきた登場人物だったということになるわけだ」
するとPは、急に焦ったような声で、話を変えた。
「いつからなんだ。夢と現実の区別が付かなくなってきたのは」
僕は記憶を辿ってみた。
「小さい頃は別にして、つい最近だよ。三日続きの夢を見た、あの辺りから」と言ったところで、あわてて「十年前から、そんな症状がでていたぞ、と言われそうだけど」と付けくわえると、Pは少しだけ笑って「このまま、ずっと話し続けていたいんだけどな」と言いながら、ゆっくりと腰を上げた。
見ると、壁時計の針は、午前十時を少し回っていた。
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【重要なおしらせ】
突然ですが『ふくしき七回シネマ館』は、次回から、タイトルが変わります。
その理由は、次のようなものです。
初投稿が、去年の6月。それから、あっという間に月日は流れて、もうすぐ、一年と五ヶ月。なのに、話は、やっと折り返し地点。
俳句は十七文字。
短歌は三十一文字。
たったそれだけで、ひとつの世界観を表現するというのに、小説とも呼べない、ふくしき七回シネマ館は【1】と【2】合わせて、約、44万文字。
このままの調子でいくと、100万文字を越えても終わらない可能性もある。
話が長いだけなら、タイトルは変えません。
ここ数ヶ月の間、パソコンの調子が悪かったこともあって、何度か、最初から読み返してみました。
いくつかの発見がありました。
文章から映像が見えてこない場面が、ほとんど。
まあ、そのことは想定内でしたが、我ながら呆れたのは、これだけの文字を使っているのにも関わらず、まだまだ書き足りない。そんな感想を持った事でした。
映像の世界で編集と言えば、タイムライン上の映像を極限まで削ること。そんな話を耳にします。
文章の世界においても、それが当てはまるのかもしれません。でも、僕の場合、削ろうとすればするほど、文字が増えていくのです。
頭に浮かんでいる映像を文字にしたら、どうなるのだろう。
そんな単純な気持ちから書き始めたわけですから、成り行きに任せるしかないのかもしれません。でも、このままではいけない。なんとかしなければならないという気持ちが強くなってきました。
何か方法があるはず。
自分なりに、色々考えてみました。
と、閃きのようなものを感じました。
タイトルだけでも変えてみたら、どうだろう。
洋服を着替えるように。髪型を変えるように。
そうすれば、本体の何かが、変わるかもしれない。
一つの発想が、次の発想を呼びました。
タイトルだけでなく、場面ごとに、視点を変えるというのは、どうだろう。
あるときは、Pから見た主人公。第三者から見た主人公とP。
三人称はどうだろう。敷居は高そうだけど、チャレンジする価値はありそうだ。
これだけ書き続けても、文章がうまくなる気配はありませんが、最後まで書き続けることにします。
と言うことで、次のブロックの数回は『太平洋上空3200フィートでの出来事』というタイトルで、新規にアップする予定です。
なお『ふくしき七回シネマ館』の続きだということが分かるように、タイトルの後に(ふく七シネマ3)という文字が付きます。
誠に勝手なお願いですが、今後とも、よろしくお願いします。
南まさき。
『ふくしき七回シネマ館 2 夢と現実と妄想が意味するもの』
【了】




