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無口な、でしゃばり兄ちゃん救出作戦

 サウナで一汗流した後、僕たちは、大型テレビの前のマッサージチェアに腰をおろした。

「ああ、ごくらく、ごくらく」

 マッサージボタンを押したPは、中年オヤジが言いそうなセリフを吐いて、くすぐったそうに体をよじらせていたが、しばらくすると、思い出したような声で「あの件だけどさ」と言った。

 唐突だったが、彼が何を言おうとしているのか分かった。このタイミングでの前置きなしの話となれば、アレ、しかない。

「いらないよ」僕はリクライニングを倒しながら言った。「お前と一緒に二日間いられただけで十分だよ」

「そうくるだろうと思ったよ」

 Pは、ニッと笑うと、僕と同じように、リクライニングを、ほぼ水平に倒した。そして、天井に語りかけるように話を続けた。

「だから、俺は会長に言ったんだ。あいつは、絶対に謝礼金は受け取りませんよ、ってね。会長もあんな人だから、じゃあ、あとはすべて君に任せる。の一言で、おわり」Pは、そこで僕の方を見た。「それが、何を意味するのか分かるよな」

 分からないでもなかったが、そのことに興味はなかった。

「全然」

 天井を向いたまま、そう答えると、Pは、ギヒヒと笑った。たぶん、僕がそんな言い方をすると思っていたのだろう。

「つまり俺は、このプロジェクトの最高責任者に任命されたんだ」そこで言葉を切ったPは「でもよ」と言った。

 とくれば、このあと、どのような手順で話が進んでいくのか、予想はついた。しかしここで、もういいよ、その話、と言ってしまうのも、芸がない。

「それは、おめでとうございます」僕はそう言ってからつづけた。「最高責任者として、現金の代わりになるものを探すために、毎日頭を悩ませていたと言いたいのか?」

「お前が相手だと、話が早いな」Pは嬉しそうな声で言うと、再び天井を向いた。「値段抜きで考えろ。欲しい物があったら、何でも言え」

「本当に、何でもいいのか?」わざと、そう言ってみた。

「そうだ」Pはゆったりとした声で答えた。「言葉を変えれば、お前の夢は、何でも叶うということだ」

「ありがたい話だな」僕は一呼吸置いて、しみじみとした声で「お前と友達で、よかったよ」と言ってから、Pに顔を向けた。「パンツが欲しい」

 えっ?

 Pの驚き具合は、予想していたよりも、ずっと大きかった。僕は、笑いをこらえながら、バスローブの腰のあたりを片手でポンポンと叩いた。

「昨日買ったやつは、えらくゴムがきつかったんだ。もう一回り大きい奴が欲しい」

 

 それから僕たちは、ラウンジの喫茶コーナーに移動した。会員制のサウナ。しかも平日の早朝。そのせいなのか、僕たちの他に客の姿はなかった。

「トラック一台分のパンツを買ってやるから、俺の話を聞け」

 拍子抜けした顔のPは、ウエイトレスが運んできたホットココアを飲みながら、勝手に話し始めた。

 結論から言えば、経費はこっちで全部持つ。だから、もう一度映像の勉強をしろ。そういうことだった。

 Pの話をまとめると、こうなる。

「お前には、瞬時にベストアングルを見つける才能がある。カメラワークだってそうだ。次に何が起きるのか、事前に知っているような撮り方をする。構図に迷いがない。ピントもビシリ。お前が撮った映像は、クオリティが高い。編集無しでも使えるくらいだ」

 Pは、僕が映像学校時代に撮った、いくつかの作品を例に上げながら、そんなことを言った。でも僕には、そんな自覚はまったくなかった。

「あれは、偶然だよ」

 その度に、そう言って否定した。しかしPも、その都度反論してきた。

「何言ってんだ、なんであれが偶然なんだ。全部、お前の体が、無意識のうちに反応していたんだよ。だいたい、偶然があんなに長い間続くわけがないだろう」

 そして話の最後を、こう締めくくった。

「無口な、でしゃばり兄ちゃん救出作戦を始めようぜ」

 冗談を言っているような顔ではなかった。映像の世界に戻る気は毛頭なかったが、救出作戦という言葉には興味を覚えた。

「無口なでしゃばり兄ちゃんっていう奴は、俺の知らない、もう一人の俺ってことなんだよな?」

「ピンポーン」Pに笑顔が戻った。「俺は、お前の才能を引き出してやりたいんだ」

 声が大きかったのか、カウンターの中でグラスを磨いていたウエイトレスが、こちらに視線を向けて、くすっと笑った。

「なあ、おい」と僕は言った。「億万長者の、第一秘書なんだから、そのピンポーンだけは、やめたほうがいいんじゃないのか」

「ご忠告ありがとうございます」Pはおどけたような声で応じた。「しかしながら、このワタクシ、相手によって、言葉を使い分けております。無駄なご心配は、なさりませぬように」それから壁時計に目をやった。「本当に、今日の便で帰るつもりなのか?」

 帰ったところで、何もすることはなかったが、僕は「もちろんだよ。できれば、昼一番の便で」と答えた。

「分かった」

 大きくうなずいたPは、右手をあげて、ウエイトレスを呼んだ。そして「メモ用紙と、ボールペンを貸してくださいませんか」と言った。


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