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記憶Bの中の、理想のオンナ

 提案自体は、大歓迎だった。

 Pの話を総合すると、僕の記憶Bの中は、夢と現実と妄想が、ごちゃまぜになっているだけではなく、その中には、僕の知らない自分が、何人か住んでいるらしい。

 この機会を利用して調べておけば、専門家の診察を受けなければならなくなったときに役立つかもしれない。しかし、僕もPも、脳についての医学的知識は持ち合わせていない。

「どうやって、掘り下げるんだ」

「そこんとこは、俺に任せろ」Pは、数枚の新しいコピー用紙をテーブルに並べた。「俺たちのチームが、新しい企画を立ち上げるときの要領でやればいい。思いついた言葉を、片っ端から言うだけでいいんだ。そうすれば、脳の中身が見えてくる」

 そんな簡単なことで、脳の内部が分かるのなら、脳内科なんて必要ないじゃないか、と言おうとすると、Pは、ボールペンの先でテーブルをコツコツ叩きながら、催促するように「どうぞ」と言った。

 頭の準備ができていなかった僕は「どんなことを言えばいいんだ、例を教えてくれ」と頼んだ。

 しかし返ってきたのは、素っ気ない言葉。「決まりはない。何でもいいんだ」

 初めてのレストランで、人気メニューを訊ねたら、真面目な顔で「どの料理も美味しいです」と言われたような気分になった。

 しばらく考えてから「じゃあ、三日続きの夢から順番に言うよ」と言ったのには、理由がある。

 この際、記憶Aも再調査。

 自分では現実に起こったと思っている記憶の中に、違うものが紛れ込んでいるかもしれない。順番通りに言えば、何かが抜けたり、付け足した場合、Pがそれに気づいてくれるだろう。そう思ったからだ。

「了解でーす」夜中過ぎだとは思えないような、明るい声で答えたPは、手前にあった用紙の左上に『三日続きの夢』と書いてから「はい、次、どうぞ」と言った。

「相性の悪い自動販売機。美しすぎる郷土史家。奇妙なお婆さん登場」

 僕が口にする言葉を、Pは次々に書きとめていったが、行列の出来ないラーメン屋と言ったところで「ちょっと待ってくれ」と言って顔を上げた。

 腕が疲れたのかと思ったが、そうではなかった。Pは、新しい用紙に、行列のできないラーメン店と書き込んだ。

「どうして、用紙を変えたんだ。余白はいくらでもあるのに」と言うと「これから後のことは、現実の世界が混ざっている可能性がある」という答が返ってきた。

 僕としても、異存はなかった。声だけオンナの夢から覚めて、最初の食事だったし、あのラーメン屋でのことも、半分夢の中だったような気がしていたからだ。

「つまり、ラーメン屋に行くまでのことは、全部夢の中の出来事だったっていうわけだな」

「完璧に、と言ってもいい。なにしろ、お前が三日続きの夢を見た頃の鹿児島は、連日、大雨注意報発令中だったし、美しすぎる郷土史家がいたコンビニがあった場所は、昔から墓場だったわけだからな」


 赤いスーツと、青いスーツの美女二人に囲まれて、鹿児島空港に着いた『空港にて』を口にしたとき、Pが「ここまでで、いいよ」と言って、ボールペンを置いた。

 そして、目元に用紙をもっていくと、項目を数え始めた。

「ざっと数えて、百七十あった」そこでPは、苦笑いを浮かべて「お前の頭の中は、想像以上に複雑に絡み合っているみたいだな」と言った。

 二時間近くかけて出た答えが、お前の頭の中は、ゴミ屋敷状態。

 そんな風に言われたと思ったが、違ったようだ。

「これからが、本格的な仕分け作業」

 Pはボールペンの色を赤に変えると、超ハイテクわらぶき家と、13秒の遅れが生み出したものの横に丸印を付けた。

「何の印?」

 Pは顔を上げずに答えた。「閃き」

「閃き?」思わず聞き返した。「閃きって、寝ている間に起きるものなのか?」

「たまに、そんなときもある」Pは確信に満ちた声で言った。「たぶん、お前には企画力が備わっている。それにお前が気づいていないだけ」

 そんなことはない、と言いたかった。でも、この話を続けると、東京に残れ、東京に引っ越して来い。仕事の面倒は見るからさ。また、そんな流れになっていきそうな予感がした。

「だらだら坂の消え女の横にある、はてなマークは、何?」と言って話題を変えた。

「こいつは、お話玉手箱から漏れ出してきたものだろうな」

 すらすら答えたところをみると、Pの頭の中には、僕の脳の仕組みが、うっすらと浮かんできているらしい。

「何だよ、その、お話玉手箱ってやつは?」

「今思い出したんだけどな」Pは、項目の一つをペン先で押さえた。「これだよ、これ。空から声が聞こえてきた日」それから僕の顔を見た。「この日、お前の耳に、熱い息を吹き込んだ奴がいたって言っていたよな」

 確かにその日のことは、覚えている。太い声の持ち主だった。僕のことを、坊主と呼んでいた。頭の中で、何かが膨れあがったことも記憶にある。

「でも、あれ自体が夢だったような気がする」

「そうかな」Pは否定するような声で言った。「あの日を境に、お前の性格が変わったんじゃなかったのか?」

 言われてみれば、祖母が、そんなことを言っていた。

 そういえば、あの後から、ときどき、空からいろんな人の声が聞こえてくるようになった。

「あいつが、お前の耳の中に、吹き込んだのが、お話玉手箱。たぶん、断片話も、それと関係あると思うよ」

 話としては通る。でも、所詮、Pの思いつき。

「ちょっと、俺にも見せてくれ」

 書かれているのは、今、僕が喋ったものだけ。新しい発見は何もないと思ったが、一応用紙に目を通した。

 用紙は三枚だった。最初は話を聞きながら『夢』と『現実』と『妄想』に分けて記入しようとしたらしい。でも、途中でその見極めがつかなくなったらしく、シュールストレミングから後は、僕が喋った順に書かれていた。

 と、僕は、あることに気づいた。

 僕が喋っていない項目がいくつかあったこと。小さいが、とても目立つマークが付いた項目があったこと。

 僕は迷うことなく、優先順位に従って質問することにした。

「何だよ、このハートマークは?」

 ギヒヒヒ、

 コーヒーを淹れようとして起ち上がったPは、嬉しさを隠すように笑うと、意外なことを口にした。

「そいつら二人が、お前の理想のオンナだってことさ」

「二人?」

 僕は反射的に、美しすぎる郷土史家の項目に目をやった。しかし、どういうわけか、そこには、何の印も付いていなかった。


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