誰?
魔法が日常に溶け込んだ世界。
照明も交通も通信も、すべては魔力を電力へ変換することで成り立っている。
そして魔法は防犯や仕事などに使われる。
便利になった社会の裏で、人々は一つの脅威と共存していた。
―擬態型生物。
中でも“フェイカー”と呼ばれる存在は特別だった。
そいつは対象の姿形だけでなく、能力・癖・声・記憶の断片まで模倣する。
だが、完全ではない。
性格だけは、どうしても真似できない。
だから見抜けるはずだった。
―本物を知っていれば。
ヴェルトは探偵だ。
まだ若いが、擬態系の案件を専門に扱う変わり者として知られている。
理由は単純だった。
二年前、親友が消えた。
アルファ。
優しくて、少し抜けていて、でも誰よりも人を気にかける少女。
彼女は、あの山へ向かったまま帰ってこなかった。
山は今も封鎖されている。
半径100メートル以内は鉄柵で囲まれ、近づくことすら許されない。
麓では、異形の魔物が頻繁に発見されていた。
そして、戻ってきた人間は今のところいない。
「アルファを見つけてほしい」
その依頼を受けたとき、ヴェルトはすぐに違和感を覚えた。
“見つかっているはずの人物”を探せと言われたからだ。
指定された場所にいた少女は、確かにアルファだった。
顔も、声も、仕草も。
懐かしい笑い方まで、何一つ違わない。
―ただ一つを除いて。
「ねえヴェルト。そんな顔、前はしなかったよね」
その言葉に、温度がなかった。
アルファなら、そんな言い方はしない。7歳からの仲だ。それくらい分かる。
もっと柔らかくて、もっと相手を気遣う。
それが、ヴェルトの知る本物だった。
(こいつは違う)
確信は一瞬だった。
だが、ヴェルトはそれを表に出さない。
「……久しぶり。アルファ」
あえて笑う。
フェイカーは、対象の隣に居続ける。
観察し、学習し、完全になるために。
なら、利用するだけ。
ヴェルトはその日から、アルファの隣に居続けた。
親友として。
再会を喜ぶ“フリ”をして。
だが内心では、ずっと探している。
こいつの綻びを。
化けの皮が剥がれる瞬間を。
「…悪い。急だったから片付けが間に合わなくて」
ヴェルトは、アルファの自宅のリビングで、埃の被ったソファを指差した。
主がいなくなってから二年間、ヴェルトが管理し続けてきた場所だ。
魔法式の防犯結界を更新し、空気を入れ替え、いつか彼女が帰ってきた時のために、あの日のまま時を止めていた。
「ううん、全然! ボクの家だもん。」
「…あ、ヴェルトがボクの帰りを待っててくれた証拠だね。嬉しいな」
アルファはそう言って、慣れ親しんだはずのソファに、弾むような足取りで腰掛けた。
その軽やかな動き、少しだけ外側に跳ねた髪の毛。綺麗な短い銀髪と金色の瞳。
記憶の中にあるアルファそのものだ。
だが、ヴェルトの視界の端では、ポケットに入れた魔力測定器がかすかに震えていた。
家庭用電力として供給されている魔力エネルギーが、彼女の周囲で不自然に渦巻いている。
「どうしたの? ヴェルト」
「…いや。お前、少し痩せたかと思って」
ヴェルトは、あえて視線を外しながら言葉を絞り出した。
この部屋の空気を吸うたび、二年前のあの日がフラッシュバックする。
「ねえ、あの山に行ってみようよ! 絶対何か面白いものがあるって!」
このリビングで、無邪気に笑うアルファに、俺は呆れ顔でこう返したんだ。
「バカ言え。あそこは立ち入り禁止だ。危険だからやめとけ。俺は行かないぞ」
俺があっさりと断ったから、彼女は一人で山へ向かい、そのまま消えた。
(俺が、あの時止めていれば。あるいは、無理にでも連れ戻してやれば)
その悔恨を糧に、俺は探偵になった。なのに、今目の前に座っているのは、俺が一番拒絶したかったはずの、山からの“偽物”だ。
「ボク、あそこでのこと、あんまり覚えてないんだ。気づいたら柵の外にいて、誰かに『ヴェルトに会いに行け』って言われた気がしてさ」
アルファは、ソファの上で膝を抱えて笑う。その笑顔に、ヴェルトの瞳には冷たい光が宿った。やはり、この偽物を送り込んだ「意志」が山の向こう側に存在する。
「そうか。…なら、今日はもう休め。俺は、お前の部屋が使えるか確認してくる」
「うん、おやすみ。ヴェルト」
彼女は素直に横になり、目を閉じた。呼吸の音、寝返りの癖、すべてが本物と同じリズム。
ヴェルトは彼女の寝室へ入り、ドアを閉めた。暗い部屋の中で、かつての親友が使っていた机を指でなぞる。
(……剥がしてやるよ。その完璧な皮を)
あの日、俺の言葉を無視して山へ行った本物のアルファは、どこへ行ったのか。
その本当の続きを暴くために、俺はこの偽物の隣で、親友のフリを演じ続ける。
あいうえお
かきくけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬねの
はひふへほ
まみむめも
やゆよ
らりるれろ
わをん




