第23話 オークの骨鍋と、白銀の決意
王国海軍士官学校の敷地の外れに、
誰も寄りつかない古い倉庫がある。
今、その倉庫からは、
言葉では説明できないほど“濃い臭気”が漏れ出していた。
扉の隙間から、ゆるく白い湯気が立ち上がっている。
中には、巨大な鍋が二つ。
その中で、オークの骨が三日三晩、休まず煮立っていた。
火の番をしているのは、
白銀の髪を揺らしながら膝を抱えるエルノア一人だ。
「……これが……命を……使い切る香り……」
そう呟きながらも、
耳まで真っ赤にして鼻をつまんでいる。
目は涙目。
鼻は限界。
でも、心は折れていない。
(カイト様が言った……
“命を全部使い切るのが礼儀だ”……
わたし……負けません……!)
そこへ扉が開いた。
「おーい、エルフのお姉さーん! 野菜くず持ってきましたー!」
「こっちもー! ネギの青いとこー!」
生徒たちが、桶いっぱいの野菜くずを抱えて入ってくる。
キャベツの芯、ネギの青い部分、玉ねぎの皮、人参の端、じゃがいもの皮。
そして──よく分からない山菜。
「ありがとうございます……!
そのすべてが……命の恵み……!」
エルノアは目をうるませ、ひとつひとつ丁寧に受け取る。
生徒たちが少し引いた。
「お姉さん……やたら感動するな……」
「まぁ、先生の命令だからさ。“くずは全部倉庫へ”って」
「“無駄な食い物は敵だ”って言ってたな、先生」
「敵……! なんて……崇高な教え……!」
エルノアの感動が止まらない。
生徒たちは顔を見合わせて苦笑した。
昼休みになると、食堂の方から歓声が聞こえてくる。
「うまっ!!」
「これ本当にオーク肉かよ!!」
「衣サクサクだぞ!!」
その声に、エルノアの耳がぴくんと動いた。
(カイト様……また新しい料理を……作っている……)
食堂ではカイトが、
生徒たちに料理を教えていた。
とんかつの衣のつけ方。
煮豚の縛り方。
血を固めて作る“血の豆腐”スープ。
ベーコンの塩漬け。
モツの下処理。
そして麺の仕込み。
作ったチャーシューは、
カイトの「インベントリ」に次々と吸い込まれていく。
生徒は震えながら言った。
「せ、先生……今のでチャーシュー何本目ですか……?」
「もう数えるのやめた。
いま俺のインベントリには、王国のどの城よりチャーシューがあるな」
「怖ッ!」
夕方になると、カイトは倉庫へ差し入れを持ってやってくる。
「エルノア。生きてるか」
「……し、死にかけ……て……います……!」
「ほら、マイセンだ」
エルノアはふらふらと紙袋を受け取る。
中には、カイトが作った揚げたてのカツサンド。
(まい泉……? マイセン……これが……?)
一口かじった瞬間、
魂が身体に戻ってきた。
「っ……!!!
おいしい……! 生き返りました……ッ!」
次に、チャーシューの端が渡される。
「生徒の練習で出た切れ端だ。悪くない」
「おいしい……! わたし……まだ戦えます……!」
さらに血の豆腐スープ。
「温まるぞ」
「温まります……! 尊い……尊すぎます……!」
焼いたモツまで差し入れられる。
「これ食っとけ」
エルノアは膝を叩いた。
「……カイト様……!
わたし、再誕しました……!」
カイトは小さく笑った。
「食わせれば元気になるってのは楽でいいな」
三日目の夕暮れ、
倉庫の扉が開き、カイトが静かに入ってきた。
「どうだ」
「……臭いです……でも……火は絶やしませんでした」
カイトは鍋をひとすくいし、味を見る。
「いい出汁だ。
お前が丁寧に煮た味だ」
その声に、エルノアは胸がじんと熱くなる。
夜。
仕上げの作業が始まった。
骨スープを漉し、別の鍋に移す。
塩だれ──それは三日間、生徒と作り続けたチャーシューの煮汁の濃縮液。
生姜、ニンニク、香草が加わり、
倉庫の臭気は一気に“料理の香り”へと変わっていく。
カイトは、冷蔵庫のように静かなインベントリから
完璧なチャーシューを取り出す。
麺も生徒と練り上げたものだ。
細く、美しい黄金色。
器の底に塩だれを落とし、
そこへ熱いスープを注ぐと、
湯気がゆらりと立ちのぼった。
チャーシューが静かに沈んでいく。
完成した。
世界初の──
オーク塩ラーメン。
「エルノア。
食ってみろ。飛ぶぞ」
エルノアは震える手で箸を取り、
そっと麺をすする。
瞬間、全身が震えた。
骨の深み。
塩だれの丸い甘さ。
生姜とニンニクの香り。
麺のなめらかさ。
「……っ……!」
膝から崩れ落ち、
そっと意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、
カイトの穏やかな声だった。
「よくやったな。
この一杯は、お前の三日間だ」
その言葉を胸に抱えたまま、
白銀のエルフは静かに意識を手放した。
倉庫には、湯気の香りだけが残った。




