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074_意味や意義を

 意味や意義を定義する必要があるかないかというなら、明確にないと宣言できるわけではある、のかな?


 そもそも自分の存在を明確に定義できない状態でそれに紐づいたものをどう考えるのかというと、これはまあ、砂の上に建物を適当に立てるようなものであり、すぐに崩れ去ってしまって、意味がないのではないかとかは、意味なく思ってしまうわけですよ、これが。


 いやまあ、別に崩れても良いという発想でとりあえず建ててみる、そうじゃなくて、崩れることを目的にして建ててみるという逆転の発想はどうなのだろうか?


 あえて崩れやすい建物を建築する意義とか意味とか、それは崩れる様が楽しげであるからということに他ならないわけであり、破壊される、自壊する、儚く消える、瓦礫が残る、そういう楽しみ方があるのではないかな、そうドミノを並べて、最後に倒すような感覚ではないであろうか?


 あーでもわざわざ砂の上にドミノは立てないか、ドミノは例えであって、本来は崩れるようなものでもない何かを、崩れるようにそれも意図せず、意識せず、あからさまではなく、崩してみて笑うような愉しむような、そんな感覚があるのかもしれないとか思うわけであるけれど、それはつまり、崩壊することが決定しているその様を見て愉しむために世界を創造するということになるのであろうかな?


 どうせ完璧なものをつくても面白くないのであるならば、不安定ないつ崩れるかわからないものを作ってスリルを愉しむような感じなのであろうかな、そうであるならば、結構適当にというか、いやそうではないな、繊細に計算をして、美しく楽しげに崩れるような世界を構築するという、楽しみが見出せるのではないか?


 そういう世界に生きている者達にはひどい迷惑ではあるわけではあるが、崩れることを前提に消え去ることを前提に作られたのであるならば、作り手としては罪悪感に襲われることはないのではないか、計画通りであるのであるから、いわば覚悟して作っておいたのであるから、むしろかわいそうであるなと同情するあたりも含めての楽しみであるのかもしれず、うん、邪神っぽい思考ではあるな。


 目的として破滅がある世界であるのであるならば、そこに作り手としての責任を感じるのであるならば、きっちりと滅ぼすことがむしろ推奨されるのではなかろうか、少なくとも筋は通っているわけであり、不安定な世界をどうにかして維持するという遊びよりは健全ではなかろうかとか、思うのであるけれども、どうなんだろうな?


 うん、やはりこれは趣味の問題であるということではないだろうか?


 好きにやれば良い、とはこういう意味なのかな?

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