070_創造に至る病
創造に至る病である可能性も捨てきれない、つまり何かを創り出す、創り出さねばならないという欲求は、病気なのであると、精神的な疾患である可能性も高そうではあるか?
生き物が生きるためには創造は必要ないというかむしろ邪魔なのではなかろうかという発想ではあり、いやそれは違うだろう、創意工夫がなければ容易に死滅してしまうではないかという反論も当然あるのではあるが、それはどうなのであろう?
知恵というものがない方が群れとしては強固なものではなかろうかというか、環境の変化やらに対応できるようになるのではなかろうか、そのような強い肉体を持つ個体が生き延びるからこそ、適応できるようになるのではなかろうかという、考えもありそうではあるんじゃないかと。
生物としての強さだけを持ってして生き延びる戦略をとる方が、知恵を磨き創意工夫をし、資源を高効率で活用するそれよりも、長期的にみるならば生き残る確率が高いのではなかろうか、そしてそのような個々の強さを極めたような社会であるならば、というか社会がかなり緩く設定されそうではあるが、何かを創り出すという行為はかなり無駄が大きいというか、必要とされないものではなかろうか、逆に何かを生み出そうとする事は、資源の浪費につながるのであるから、それはそもそも不具合ではなかろうか?非効率ではなかろうかという、発想があるんだよね。
つまり創造することは最初からイレギュラーであったのではなかろうかという発想があるわけであり、何も考えない、周囲の状況からのフィードバックだけで生きていく方が、生き物としては正しい姿なのではなかろうかというか、省エネというか、理にかなっているのではないかなとか、思うんだけれどもどうだろう?
何かを作り出そうとする発想やら行動やらは、これは後から付け足されたオマケというか余分な部分であり、ある程度資源に余裕があることによって生まれた、不具合であり病気のようなものであるのではないか?とか思うんだよね。
文化とか技術とか名前をそのようにつけて、広がっていくことは、病気の感染にも似ているわけであり、先々でまた干渉しあって新しい何かが生まれて、蔓延していくところも結構そっくりではあるかなと、思うんだなぁ。
結論創造神は病気にかかった神様の成れの果てである、いやそうはならんやろう、乱暴すぐるような気もするが、あながち間違ってはいないということではなかろうかしまもそれを診察して治療してくれる医師がいないからこそ、世界が蔓延するようになったとかどうだろう。
私は病気ですかと聞かれるならば、
はい病気ですと答える、神様とかどうなんだろう。
いやまあ自分のことを神様だと思っているという時点で疾患があるのではなかろうかという話になるのか?
大丈夫ですよ、神様です。




