053_迷路を作るような
迷路を作るような楽しみがあるのかなとか、いやまあ、誰かがそれを解いてくれることを前提に問題を作るようなものかもしれない?
答えは自分の中にはあるというか、道筋も綺麗に決まっているのであるけれども、それを第三者に解かせてみるとどうなるのかという、好奇心があるからこその世界創造なのでありましょうかね?
あえてコントロールから外すことによる意外性を楽しむというやり口ではあるものの、問題は、意外性がない可能性が高いというか、まずないのであるよね?
全ての確率を知っている、というか、運命と呼べるまでの、何が起きるかを知っている存在であるところの創造神が、どうやって、その世界に生きる、登場人物たちの活動を純粋に楽しむことができるのか?
いやまあ、その点は自分自身の能力を制限してみることで十分対応ができるわけではあるけれども、要は、全てのことを知るという識るでも良いか、そういう能力を一時的に封じたまま世界の行く末を見守ることであるというか、見守ってないな、こうストーカーじみた、観察をしているということになるんだろうか。
趣味が悪い?ほっといてくれよ、世界の創造なんで基本悪趣味なものであはあるわけなんだから、前提が違うのよ、良い神様悪い神様がいるとするなら、創造神て結構悪い方の神様なわけだから、良い神様なら、そもそも完結しているので、他に何かを作ろうとはしないんだよなぁ。
生まれたいと思っていたのかというとどうなのであろうかなと、生まれたからこそそれが良いか悪いか判断できるわけであって、それ以前にそうなりたいかどうかと考えることは、できないわけであり、じゃあ生まれた後にそれを感謝するのかというと、どうなんだろう、感謝してもしなくても生まれてくるのであるならば、そのような感情は実は不必要というか、無駄というか、邪魔になるんじゃないだろうか?
生き続けるためには生きることに感謝した方がやりやすいとは思うわけであるけれども、いやそうすると、創造神は自分がそこにあることに対して感謝しているのであろうかな?
感謝の対象はなんなのであろうか?さらに上位の神様がいるという前提でなら、それであろうし、自分を生み出しが、円環の元か先の自分自身に感謝するということになるのかな?
ここに創造神がいてその創造神自身が自分があることを何者かに感謝するのであるならば、それが良いと思うのであるならば、同じように存在することを感謝するような対象を創造する、動機になるんじゃないだろうかという発想はあるね。
自分がして嬉しいことは他にもしようとする、という考えなのかな?
問題は自分が今この状態であることを感謝しているかということなのか?




