049_矛盾をどうにかする
矛盾をどうにかすることが大事なのでありましょうかね?いやそうではなく矛盾をそのまま飲み込んでしまうことが求められる、感じなのでしょうか?
創造神は存在しない、しかし、私は創造神である。とかなんとかこの辺りをどうやって納得のいくように説明とか論理とかを言語化することが求められているのではなかろうかという話であるんじゃないかな?とか。
なんらかな命題というか、この問題を端的に表現する語句がすでにありそうではあるというか、あるな。
ともあれ、創造神的な能力のあるものがなぜにわざわざ実際に現実として世界を構築する必要があるのかという問題は避けては通れないわけで、いやそれはそう、自分の満足する何かを自ら作り出すことができるのであるにもかかわらず、迂遠な行為をなぜにしなければならないのかという話であるんだよな。
自分が幸せになることができる能力というか、設定を好きに作れるのであるならば、ただただ、自分は常に最後まで永遠幸せに過ごせるということにしてしまえば良いわけであり、余人というか他の存在に依存することはないわなんだよなぁと。
寂しいとか賑やかなのが好きとかそのような好みでさえ自分自身で設定できるのであるわけであるから、それそのものが世界を作り出す理由にはならない、わけではあるし、作り出すことが好きというのもまた自分でどうにかできてしまう感情というか、趣味嗜好ではあるんだよね。
であるならば、創造神というものが世界を創造してしまうのである理屈としては、それは、全知全能ではないということになるのではないかなとか、神様的ではないというか、絶対的ではないものであるということになるわけであり、しかし、実のところ私自身は絶対的であるというか、それに近い存在ではあるわけで。
なにしろ好きに全てを設定できる、構築できる、世界を作り上げることができる、失敗するということを除いて全てのことをやり遂げることができる能力があり、状況次第では失敗をすることすらできるわけであり、となると、そのような存在がどうやって世界を創造する気になるのかという、また最初の疑問に戻ってくるわけであって、いやどうしたもんだろう?
そもそも世界を創らなければならないという設定を決めた、過去というか別人格というか、因果関係がどうにかなっている関連性のある、創造神の創造神とも言える存在の、くびきから脱しなければならない、のかな?
いやまあ、このように、自然にそれに反している時点で、囚われてはいないような気にはなっているし、この自問自答そのものを楽しんでいる私がいることも確かではあるけども。
こう、本能というか、そういう生き物であるということでいいんじゃないかなという思考停止をしそうにはなっているが、それで良いのかなぁ?




