041_競いたいわけではないね
競いたいわけではないね、私は、私の世界で楽しみたい、これは確かではある、けれども、全く他人の評価がなくても良いのかというとそうではない、なんというか面倒臭いのであるかな?
誰にも知られずに自分自身だけで楽しめばよいのであるならば、公の目に触れないように注意する必要があるというかそうしたいけれども、偶然誰かが目にする可能性までは否定したくないというか、それを0にしたいということではない、これはなんなのであろうかなというと、承認欲求が弱いけれどあるということなのではなかろうか?
いやまあ、あるいは、バックアップ的な何かである可能性はあるのか?せっかく作った世界であるなら、単に消えてしまうのは勿体無いから、どこかに控えを取っておきたいという気持ちなのではないかなと分析するんですよ、自分。
残しておきたいという気持ちがあるのだろうかなとか、消えてしまうことは勿体無いとか、誰かの目に触れて何かに影響を与えることが楽しいと思うとかにはなるのではないかなとか、その程度のお気楽な、些細な願いのようなものがあるからこそ、全くのクローズドで世界を作ろうとは思わないということなのであろうか?
探しても見つからないではなく、偶然に目に入る可能性がある程度の世界を作ってみたいということではあるのであろうかなとは思うのだけれども、基本自己満足ではあるので、その性質については、趣味に走ってしまうものになる、ということではあるのかな?いや、趣味以外に世界を作り理由があるのかという話でもある?
そう、なぜに世界を作るのか、その価値をどこに求めるのかという話ではあるのかなとか思うわけではあるものの、それは自分が楽しむためであるという答えが一つは考えられるわけなのか。
だから自分が楽しいと思うものはなんなのかといあたりを、はっきりとさせないといけない、いや別にあやふやなままでも良いのか、なんとなく楽しそうなものを手探りで作るという楽しみも、普通にありそうではあるし。
ただ、そのような世界を作るにあたって、登場人物とかその辺り、そこに生まれる者達の幸せをどう考えるのかという話ではあり、この辺りは、またループしている問題ではあるなぁ。
創造神にとっては作り物であるわけではあるけれどもそれは、その中では十分以上の現実でしかないわけであり、こちらの楽しみだけのためにそれを、弄んで良いのであろうかとか、おもちゃにして良いものであろうかという悩みが出てくるわけではある、まあ、偽物であるというか、全て終わった後に救われるというか、演目であったことが分かるのであるなら、良いのか?
それはそれで、怒られそうではあるなぁ。




