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037_本能というか性質というか、

 本当というか性質というか、そう自然になってしまうものであるのかもしれない、創造をすることが止まらないというか、それが生物としての本質というような生き物であるのが、創造神というものではないか?とか思ったりもする。


 息をすることと同じくらいに自然に、何かを作り出す生き物であるという過程であり、そこに意味とか価値とかそういうものはなく、ある意味現象に過ぎない、のであって、そこに付随する感情とかは、無視されてしまうのではないかなとか思うのだけれどもどうであろうか?


 作ってしまった後で何やかんやと思い悩むことはあるけれども、それを創ることはやめられないというか、何も思わずに反射的に、そこに存在しているが故に、創造してしまう、何らかな装置のような機械のような生き物であるのではなかろうかなとか、定めてしまえば良いのではなかろうかとかぼんやり思うのだよね、こう生理現象に近いというかまんま生理現象そのものであるわけだ、こう食べて出すようなものであるとか、吸って吐くようなものであるとか。


 となると、こう、世界とかそういうものは、創造主の排泄物なのではなかろうかという見立てもできるわけであり、生きていると自然にできるものに対して、それは止めることができないので、肝心なのは、その出てしまったものをどう処理するかということになるのではないかなとか、思うわけであるのよね。


 止めることは存在をやめることに等いわけであるから、これはもう止められないのであるよ、いや止められることは止められるのではあるけれども、そのうちに止められなくなるようなものであり、永遠の時間があるからこそどこかで漏れるものであるものではあるのかな、いや、これはどうなんだろう?


 そもそも止めることができないからこそ創造神とかに成り下がるわけであり、我慢ができない未熟者の証とか言われたりするのであろうかなとか、いや創られなければ存在できなかった者からみれば、感謝することはあるけれども、非難することは、まあありそうではあるか、さまざまな感情を寄せる可能性はあるよな、うん。


 誰も創ってくれとは頼まなかったという言い分は至極正しいのではないかとは思う、創った方も、創りたくて創ったのではなく、生き物としての特質上、創らざると得なかった、ということでしかない、ある意味、被害者というとなんか変ではあるけれども、どうしようもない運命のようなものではあった、とか開き直れる素地はありそうな気がする。


 いや、そのどうしよもなく創らざるを得なかったという感情そのものもまた設定できるのではとか、言われてしまうけれども、そうやったならば、それは創造神とは呼ばれていない存在に成り上がっている、んだよな。


 つまりは創造神であるということは何かを創ってしまったから言われるものであり、それ以前があるんじゃないかということであり、おそらくは、私は今その状態であるのではないか。


 いや既に何か創っているじゃんか私。

 うーん。

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