032_情熱がない、
情熱がない、つまりは、何がなんでも物語を作らなければならない、世界を作らなければならない、というような、動機というか、道因というか、パッションが見当たらない。
このままダラダラと何もないような空間でくっちゃべっていたい、のんべんだらりと生産性のないことを続けていたい、何もしないをしたい、おひとりさまで遊んでいたい、息抜きをし続けたい、そういうことではないかなと思うのだけど、賛同する人は多いんじゃないか?
なんでもできるなら、ないもせずに、なにかできるなんでもできるという可能性を残し続けたまあ、遊び惚けたいという気持ちがあるんだけれども、これは間違っているのであろうかな?
何をしてもいいのであるならば、何もしなくてもよい、何もしない、を選択することも選択肢に上がるというか、結構上位にくる選択肢ではなかろうかとか思うのだけれども?
怠惰であるとか、そういう感じではあるけれども、どれだけでも怠けることができるのであるならば、そうであるならば、どこまでも怠けたくなるのではなかろうかという気持ちがあり、しかもそれを止めることができる存在が、少なくとも、この周りにいないということが、話が進まない、原因ではなかろうか?
設定上、私こと神様を動かしうるものがいないということが問題ではあり、その動くための動機やら原因やら、情動、パッション?熱量?そのようなものすら自分自身で設定ができるとなると、いやもう、動きたくないので何もしなくてよいのではなかろうかという流れになることは必定であったわけですよ、ええ。
娯楽快楽悦楽その辺りを自由にできるのであるわけであるから、ここでどうして他人の不幸やら幸福やらドタバタ喜劇、悲劇を鑑賞して楽しむという選択肢が生まれるのであろうかな?
それもその舞台を整えなければならないわけで、いやまあ、神様だからそれほどのリソースも要らなく、簡単にできる、かもしれないわけではあるけれども。
とにかくそれは面倒臭そうではあり、やってみれば簡単ではあるのであろうかなとか、むしろ始めれば楽しく、趣味に走れそうではあるものの、結果として、楽しむことが優先させるのであるならば、別に苦労する必要はないんじゃないかなということになるわけであり。
人選というか、神選を間違えているのではなかろうかという気がひしひしとしてくるわけであり。
むしろこのように、始まらないグダグダ感を楽しみにしているのではなかろうかという予想すら立つのであるな。
よし、今度はお酒でも飲んで酔っ払ってみよう、あれだあれ、幸せスパイラルというやつですね。




